第3.2話 歌詞と未練 -Shizuku Side-
「ごめん、そろそろ曲作りを再開しないと。また電話するよ」
香坂の言及から半ば逃げるように切電した戸松に対し、若干の苛立ちを覚える。
「あの歌詞の内容、間違いなく私との思い出じゃん。あんな風に言い逃れすることないじゃん……。私はただ……」
気が高ぶり、口に出るのは怨嗟ばかり。
しかしながらそうしたところで気分が晴れるでもなく、手の上で持て余していたスマホで件の曲の歌詞を検索する。
“あの日君と食べたアイス。僕のバニラと君のチョコが口の中で混ざりあうけど、味わう余裕なんてなく”
何回目かのデートで訪れた遊園地での、ソフトクリームの食べ合いっこ。
今となっては、小恥ずかしいやり取りであったと回顧する。
(ん?よくよく考えてみれば、アイスの食べ比べなんて恋人では珍しくもないし、あれからトモに新しく恋人ができて同じことをしていた可能性もあるのよね……。でも、味も一致しているし、あれは私たちのことって考えていいのかな?っていうか、仮にそうだったとして、それをトモに話してどうしたかったんだろう、私……)
思考がすぐにまとまりそうもないため、先ほどから燻る苛立ちを解消すべく戸松への意趣返しの手段がないかを模索する。
しばし思索に耽ったのち妙案が浮かんだため、さっそく行動に移すべく田中へ架電する。
「夜分にすみません。香坂です。少しご相談が……。今回リリースする曲についてですが、可能であれば私も作詞に関わりたいと思いまして。実は、書いてみたいテーマがあるんです。タイトなスケジュールな中、無理を言っているのは承知しています。〆切が心配で私一人に任せたくないのであれば、本業の作詞家の方との共作という形でも問題ありません」
「なるほどねぇ。スケジュールは確かにカツカツだけど、話題性も考えるとキミの名前がクレジットに入っているのはアリだね。インディーズ時代にキミが書いた歌詞も見たことあるけど割と良かったし、メリットはありそうだ。キミの筆の速さとかは知らないから、本来の担当作詞家にサポートをしてもらうことになるけど、やってみようか。急ぎ作詞の人にコンタクトとってみるよ」
田中も乗り気で香坂の案に賛同する。
「ありがとうございます」
既に香坂の脳内では、歌詞に紛れ込ませるネタがグルグルと渦巻いていた。