第17.2話 すれ違い2
「ごめん。ちょっと今話す余裕ないかも」
戸松による決死の呼びかけに対し、香坂がにべもなく断りの文言を発して化粧室へと滑りこむ。
戸松は一瞬呆気にとられるも、女子トイレの前で待ちぼうけするわけにもいかないため、やむをえず会議室へと踵を返す。
『さっきは切羽詰まった状態のところにごめん。今日の夜電話してもいいかな』
会議室に戻った戸松は、若干心が折れそうになりながら香坂へメッセージを送信する。
しかしながら、何の反応もないまま打ち合わせが再開され、終了後も返信が来ない。
『ほんとごめん、なかなか返信できなくて。いま色々とバタついているからゆっくり話をできる余裕がないかも。落ち着いたらこっちから連絡するから待っててくれるとうれしいかな』
戸松がとうに帰宅してから漸く届いた返信は、自分から連絡することへの牽制ともとれる内容。
「俺はどうすればいいんだ……。しずく……」
やるべき仕事が全然片付いていないにもかかわらず、作業に一切身が入らず天井を眺める。
5分ほど同じ姿勢を維持したところで首が痛くなり、再びPCの画面と向き合うもやはり作業を再開する気力が沸かない。
『~~♪』
リリースと同時に動画サイトの公式チャンネルにアップロードされた2ndシングルのMVを再生し、画面上の香坂を無意識に視線で追いかける。
「なーに今更追っかけしてるんだか。さんざん現実でもしずくちゃんのことは見てるだろうに」
「うわ!姉ちゃん来てたの?」
背後から俄かに聞こえる姉の声に、驚きのあまり椅子の上で飛び跳ねる。
「いや、別にそういうのじゃないから。今度出るフェスに向けての準備で観てただけだよ」
狼狽しながら取り繕う戸松を、紗枝はニヤニヤと見つめる。
「まぁ、なんでもいいけどね。私も一緒にみよーっと。もう一回頭から再生してよ」
身内とはいえ守秘義務違反をしたことを知ってか知らでかスルーし、戸松のそばへ椅子を寄せる。
「なぁ、姉ちゃん。今のは完全に口が滑っちゃったわけだけどさ。今度YOYOGI Music FesにKYUTEが出ることになったんだ。姉ちゃんも来ない?頼めば招待枠一人分ぐらい貰えるかもしれないし」
MVを眺めながら、ごくごく自然な体で紗枝に提案を投げかける。
「え、いいの?珍しいじゃん。あんたが身内を仕事関係の現場に呼ぶなんて」
「別に、たまにはいいかなって思っただけだよ。勿論うち単体のライブじゃないからOKが出るかは聞いてみないとわからないけどね」
「分かった。とりあえず予定空けとくね」
俄然気分が高揚した紗枝が、鼻歌交じりにカレンダーアプリに予定を登録する。
「……」
「ん?どうしたの?何か私が出しゃばった方がいいことでもあるの?」
言いあぐねている戸松の様子に、紗枝がフォローを入れる。
あまりの姉の察しのよさに、戸松はただただ感嘆する。
「実はさ、今日思いっきりしずくに避けられちゃってさ。メッセも送ったんだけど、しばらく放っておいてと突っぱねられちゃって」
するりと戸松の口から言葉がこぼれる。
「ふーん、そうなんだ。なんか心当たりはあるの?」
「それが、あんまり思い当たる節がないんだよね」
「最近のしずくちゃんとの絡みは?」
「ん……。最近はずっとバタついていたからなぁ……。最後にまともに話をしたのは、惟子さんとしずくの二人でこの曲の作詞をしに、ここへ来た時ぐらいかな」
「え、ゆいっちとここに来たんだ。それでそれで」
話の続きを促され、初日は作詞で二人が随分とヒートアップしたこと、その後飲み会をしたこと。翌日のカップリング曲作詞はすんなりと完成まで漕ぎつけたことを説明する。
「なるほどね。今のトモの話だけでは、私も何が原因か分からないな。で、結局のところ、フェスの機に乗じて私としずくちゃんを引き合わせて、何かしらの糸口を見つけてほしいってことね。はー、我ながら狡い弟を持ったものだ。ま、確かに私相手だったら、しずくちゃんも逃げるなんて選択肢は選べないもんね」
「そこまで察してくれているのに、余計な一言を言わないっていう気を利かせられないから、弟の尊敬を得られないんだよ」
「ほうほう、こんな重責をしれっと押し付けてこようとしている弟様よ。気を利かせるって言葉の意味を私にもよく分かるように教えてくれない?」
「うっ……」
「ま、しずくちゃんも、姉すらも使ってくるなんて……って思うことはあれど、こうして意識している相手にちょっかいかけられて悪い気はしないんじゃない」
紗枝の言葉に戸松の胸にモヤモヤとしたものが残る。
「あのさ、姉ちゃん……」
逡巡したのち、意を決して姉に向かって切り出した。
ようやく戸松君を主体的に動かし始めることができました。
私個人の好みですけど、主人公は(正しい道を選べるかはともかく)葛藤や選択、行動をとってナンボだと思っているので、ここまで来るのがもどかしかったです。
(尤も、私としては書くのに体力がいる領域ではありますが……)




