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「今日はウサギはないのかい」
「ああ。毎日捕れるわけではない。今日はこれで我慢してくれ」そう言って鷲は加えてきた魚を足元に置いた。
「そいつは何だい」
「ニジマスだ」
羽の生えたサルは顔を前に突き出すようにしてその魚を睨みつけた。
「魚は食ったことがない。うまいのかい」
「ああ。味は保証する」
「いいだろう。信用するよ。あんたは正直な奴だからな」そう言ってフクロウは代わりにツバメの餌となる昆虫を吐き出した。
「少し話をしねーか」羽の生えたサルが言った。
「話?」
「ああそうだ。せっかく空の王と夜の森の王がこうやって仲良くやってんだ。話くらいしてもいいだろう」
「かまわない」
「はは、相変わらずそっけない奴だな」そう言って羽の生えたサルは笑った。「ところであんたいったい、ツバメなんかどうしようってんだ」
「別にどうもしない」
「まあどういうわけで一緒に暮らしてるかは知らないが、あんたはツバメに餌を運んでる。恐らくそいつは怪我でもして飛べねーんだろ、違うかい?」
鷲は何も言わなかった。
「そいつの怪我がどの程度のもんか知らんが、これだけ何日もの間餌を運ばなけりゃならないってことは、もうそいつのけがは治らないな?」
今度も鷲は何も言わなかった。
「別に嫌味を言おうとして話してるわけじゃねーんだ。そんな警戒しなさんな」
「そんなわけじゃないさ」
「俺が何を言いたいかと言うと、そのツバメ、そう長くは生きられないぜ」
「どういう事だ」
「はは、やっと話をしてくれるのかい。まあいいがな」
「なぜ長くは生きないんだ」
「ツバメは旅をする鳥だ。寒くなれば南を目指し、暑くなれば北を目指す。そうやって生きているのさ」
「だからなんだ」
「ここは寒い。飛べなくなって南に行けないツバメは、冬を越せないってことさ」
「温めればいいってことか」
「おっと、そりゃあんたの個人的な話だ。俺はそんなことに興味はない。それに冬を越せない理由はそれだけじゃない」
「他に何がある」
「餌だよ」
「餌?」
「あんた見て知ってるだろ、ツバメが何を食ってるか」
鷲は足元に置かれた昆虫の死骸の山を見た。
「そいつは冬には捕れない」
「どういうことだ」
「いないのさ。冬に虫は飛んでない。蝶もトンボもハエ一匹飛んじゃいない。さすがの俺も、いないものを取ることはできない。いくらあんたが凄腕のハンターで、俺にウサギやイタチを運んできても、いないものはどうしようもない。わかるかい?」
「ああ」
「恐らくその、あんたとこのツバメは、それを知っている」
「それ?」
「冬には自分が死んじまうってことをだ。いくらあんたがこの広い空の王だとしても、季節が変わるだけでちっぽけなツバメの命一つ守ることはできねーのさ」
「そんなこと、わかるものか」
「まあ俺には関係ないことだがね。せっかくこうやって話ができるようになったんだ。これは俺からの忠告だ。あんたとツバメがどういう関係か知らねーが、あんまり入れ込むもんじゃねーって話だよ」そう言うと、羽の生えたサルは鷲が持ってきたニジマスを鉤爪でつかむと、木の枝から飛び降りるように飛び立ち、夜の闇に消えて行った。
「おかえりなさい」鷲が岩穴に戻ると、ツバメは顔を上げてそう言った。
鷲はなぜその声と言葉に胸が安らぐのか疑問に思いながら、羽の生えたサルの話を思い出すと、ツバメの顔を見ることができなかった。
「どうしたの? なんだか元気がないみたい」
「なんでもない」
「心配よ」
「なぜ俺の心配などをする」そう言って鷲は口からツバメの餌を吐き出した。
「あなたが私に優しくするからよ」
「優しくなどはない」
「そうかしら」
「食え」
「ええ、ありがとう」
「その怪我を治せ」
「やっぱり……」そう言ってツバメはほほ笑んだ。
「なんだ」
「なんでもないわ」
鷲はツバメが餌を食べきるのを見届けると、その巨大な羽の下にそっとツバメを包み込んだ。