7
鷲はいつものように麓に降り、草原をかける若いウサギを見つけると、羽を畳んで降下し鉤爪を立ててそれを捕らえた。
いつもなら大きな獲物を捕まえた日は、それを岩穴に持ち帰り、その日の狩りはそこで終わった。
けれども鷲は、その若いウサギを食うことはせず、岩穴の入り口に置くと、再び狩りを行うために麓に降りた。
その日はもう大きな獲物を見つけることはできなかった。
仕方なく鷲は川に行き、魚を何匹か捕まえてそれを食べた。
夜になると、鷲は昼間に捕まえたウサギを持って、再び森に入っていった。
昨日と同じ枝に止まり待っていると、すっと鋭い気配とともに、また昨日の羽の生えたサルが現れた。
「よお、来たかい」鷲の姿を目にすると、羽の生えたサルはそう言って目を大きくした。
「ウサギを持ってきた」
「みたいだな。俺もちゃんとあんたの欲しいものを持って来たぜ」そう言って羽の生えたサルは鷲の隣に飛び移ると、口から昨日よりも多くの羽の生えた虫を吐き出した。「さあ、交換だ。おうおう、うまそうなウサギじゃないか。しかもまだ若い。言った通りの柔らかそうなウサギだ」
頭を右に左にと傾げ、目を見開く羽の生えたサルを見て、鷲は気味の悪い奴だと思った。
「じゃあ俺は行くぜ。早くこいつを食らいたいんでね」そう言ってウサギに鉤爪を食い込ませると、羽の生えたサルは音もさせずに森の闇の中に消えて行った。
岩穴に戻ると、ツバメは鷲の気配を感じて顔を上げた。
「おかえりなさい」ツバメは言った。
「なんて言った?」鷲はその言葉の意味を知らなかった。
「おかえりなさいと言ったのよ」
「それはどういう意味だ?」
「おかえりなさいの意味? 知らないの?」
「知らぬ。聞いたことがない」
「あなたが無事に帰ってきてくれて嬉しいって意味よ」
「お前は自分を食うと言っている奴が帰ってきて嬉しいのか?」
「ええ、そうよ。嬉しいわ」
「奇妙なやつだ。変なやつばかりに会う」そう言って鷲は口の中に張り付いた虫を吐き出した。
「他にも変な鳥がいるの?」
「森にいる。羽の生えたサルみたいな奴だ」
「羽の生えたサル?」
「自分を夜の森の王だと言った」
「それってフクロウのことじゃない?」
鷲は「そんな奴知らん」と言って顔をそむけた。
「食わないのか」鷲は目の前に吐き出した虫を見て言った。
「いただくわ。ありがとう」
「変な奴だ」
「あなたもね」そう言ってツバメは優しい目をした。
鷲はまた寒い夜の間、自分の羽の下にツバメを隠した。
ふと見ると、ツバメは左の羽がまだ悪いのか、だらりと力なく広げたままになっていた。
気にすまいと思った。
どうして俺がツバメの羽などを気にせねばならないのか。
関係ないこと。
けれどなぜか、その痛々しい羽を見て、気にせずにいることはできなかった。
「痛むのか?」鷲は聞いた。
「初めてあなたから声をかけてくれたわね」
「そんなことを聞いてない」
「この羽のこと?」
「そうだ」
「もう痛まないわ。けれど、もう動かすこともできない」
「どういうことだ」
「折れたのよ。イタチに噛まれた時に。もう治らないわ。痛みを感じないのは、もう何も感じなくなってしまったから」
「飛べないと言うことか」
「そういう事ね」
「二度とか?」
「そういう事よ」
鷲はその後どんな言葉を続ければいいのかわからなかった。
「ところでさっき言ったこと」ツバメは目を閉じ、鷲の体に寄り添った。
「なんだ?」
「初めてあなたから声をかけてくれた」
「それがどうしたと言うんだ」
「嬉しかった」
「嬉しい? 何がだ。わからぬ」
「いいの。嬉しかったの。羽のことなんか気にならないくらい」
鷲はやはり何を言えばいいかわからず、羽の下にツバメを温めながら眠りについた。