6
どれほどの時間が過ぎたのかわからなかった。
ただ、見上げた木々の間の空に見えていた月は、いつの間にか消えていた。
そして、すっと鋭い気配を感じ、そちらに目を向けると、先ほどの羽の生えたサルは何事もなかったかのように元いた木にとまっていた。
「待ったかい」
「いや、大丈夫だ」
「ツバメのメシだろ。持って行けよ」そう言って羽の生えたサルは鷲の止まる木の枝に移り、口の中からもじゃもじゃと羽の生えた虫を数匹吐き出した。
鷲はそれを見て吐き気を覚えた。
こんなものを口に入れていたのか。
「どうしたい? いらないのかい」
「いや……」
「はっは、あんたが普段食うもんじゃないからな。だからと言って、これを食って生きてる奴もいるんだ。そんな顔をするもんじゃないぜ」
鷲はそう言われて目の前に吐き出された虫の死骸を嘴の中に入れた。
「まあ今回はただでくれてやるよ。また欲しけりゃ取ってきてやる。だが次は物々交換だ。そうだな。若いウサギの肉がいい。そいつを持ってきな。そしたらこの倍はくれてやる。あんたなら簡単なもんだろ。夜じゃなかなかウサギは取れないんだ。いつもしみったれたネズミを食ってる。いいな、若いウサギだ」そう言って羽の生えたサルは音もさせずに飛び去って行った。
鷲は夜の凍てつく空を舞い上がり、岩穴に戻った。
ツバメは同じ場所に静かに横たわっていた。
鷲はしばらくその姿を見つめた。
何年も暮らしてきたいつもの岩穴であるのに、ツバメの姿を見るとなにやら違う場所のように思えた。
鷲はツバメに近づくと、その口元に死んだ虫を置いた。
ツバメは動かなかった。
寝ているのだろうか。
死んでいるのだろうか。
わからず鷲はまた自らの羽を膨らませ、ツバメをその下に隠すようにその場に座り込んだ。
ふと体の下でツバメが動くのを感じた。
まだ死んでいないらしい。
それを知って、なにやら胸の中に馴染みのない感情が湧きだすのを覚えた。
落ち着かなくはあったが、どうやらまた少し眠れるような気がした。
目が覚めると、岩穴の外はもう明るくなっていた。
いつもより起きるのが遅かった。
夜中に森へと飛んだことを思い出した。
と、体の下にツバメが動くのを感じた。
羽を上げてみると、昨日持って帰った虫が無くなっていることに気づいた。
ツバメが顔を上げ、こちらを見た。
不思議そうな顔で鷲を見ている。
再び生気を宿したその目に、不思議と安堵を覚えた。
「私に、どうして私に、餌を運んでくれたの?」
鷲は何も答えなかった。
自分でもわからなかったからだ。
「ありがとう」
鷲はツバメと目を合わせることができなかった。
自分の胸の中に次々と湧き上がる理解できない感情に戸惑った。
鷲は外に出た。
自分がこの空の王であることを確かめるように、その巨大な翼を広げて羽ばたいた。
「ありがとう」胸の中にその声をもう一度繰り返して聞いた。
何かを振り払うように、鷲は勢いよく空に舞った。
谷間に上昇気流を見つけると、鷲はそれに乗ってさらに高く舞った。
岩穴がどんどん小さくなり、やがて山のてっぺんをも見下ろすほどの高さに舞い上がった。
時折風に雲が流され、視界を遮った。
自分より高いところを飛ぶのは輝く太陽のみだった。
それ以外はすべて下にあった。
草原も、森も、山も、雲も、すべてすべて下にあった。
「俺は、この空の王だ」鷲はそうつぶやいた。