5
夜の空を飛ぶのは初めてだった。
吸い込む空気に肺が凍り付きそうだ。
太陽の下なら一キロ先の獲物まで見ることができる。
けれど今は地上を見下ろしても見えるのは深い暗闇だけだ。
空には皓皓と月が輝いていた。
月は小さく輝く星々を従え、そのあまりの輝きに、眩しさに、美しさに、鷲は嫉妬した。
月は夜の空の王だと思った。
月に比べれば、自分はなんと小さき王であるか。
なんと低いところを飛んでいるのか。
自分はいつか、あの月よりも高いところを飛び、真の王になれるのだろうか。
鷲はいつものように麓に降りると、針葉樹の林を抜け、川の音のする森へと降り立った。
目が見えないわけではない。
けれどいつもとは勝手が違った。
様々な音が耳につく。
虫の音や、小動物の足音、川や風の音、それらすべてが森のざわめきとなって耳に届く。
不器用に木々の間を縫って地上に近づいた。
自分はなぜこんなところにやってきたのか、鷲は自問した。
夜明けが待てないほど腹が減ったわけではない。
ああ、ああ、そうだとも。腹など減ってはいない。
だが俺は、なんて馬鹿らしいことのためにこんなところにやってきたのか……。
それに俺は、こんなところにきてどうすればいいと言うのか……。
不意に鋭い気配に目を向けた。
静かに空気を裂きながら、何かが近づいてくる。
と、それが何者かを見定める間もなく、相手は爪を立て向かってきた。
羽を広げ、嘴を向け、威嚇する。
「おーとっと、待ちな。何もしやしねーよ」そう言って隣の木に降り立ったのは巨大なフクロウだった。
鷲はフクロウを見るのが初めてだった。
丸く変わった顔をしていた。
まるで羽の生えたサルのようだと思った。
けれど自分と同じように鋭い鉤爪を持っている。
嘴もあった。
「誰だ?」と鷲は尋ねた。
「そりゃこっちのセリフだ。あんたこそ、何でこんなとこにいる。ここは夜の森だ。お前さんのくるところじゃあるまい」
鷲は何も言えずにじっと羽の生えたサルを睨みつけた。
「そんな驚く顔をするこたないだろう。見たとこ、フクロウを見るのは初めてらしいな。昼間はあんたが王様かも知れないが、この夜の森じゃあ、俺が王だぜ」と羽の生えたサルは言った。
「探し物をしている」
「ほう? 何を探してる。ちんけなネズミを捕りに来たわけでもあるまい」
「お前に言う筋はない」
「そりゃ別に構わないが、あんたこんなところに来てそいつを探せるのかい。こっちは親切で言ってるんだぜ?」羽の生えたサルはからかうように首をくるくると回し、顔を突き出して言った。
鷲は真意を読み取れず、訝し気な目でさらに睨みつけた。
「信用しないみたいだな。まあ好きにするさ」と、羽の生えたサルは来た方を向き、飛び立とうとした。
「待て……」
「ん? なんだい。俺に用はないんじゃないのかい」羽の生えたサルは、首だけをこちらに向け言った。
「探し物をしてる」
「そりゃさっき聞いたよ」
「食い物だ」
「はっは!」と言って羽の生えたサルは笑い、体をこちらに向けた。「こんな夜更けに鷲が腹を減らして森にネズミを狩りに来たのかい。驚いたね!」
「ちがう……」
「ちがう? 何が違うね?」
「俺の……、メシではない」
「ん? 俺のメシでないなら、誰のメシだい」
「つ……、ツバメだ」
「ツバメ? なんだそりゃ。お前さん、ツバメのメシを探しに来たのかい?」
「そうだ……」
「あんたが食うのかい」
「いや、違う」
羽の生えたサルは、次の言葉が見つからないのか、自分で何やら考えているのか、また黙って首をくるくると回し、毛づくろいをして見せた。
「酔狂な鷲だぜ。まあいいさ。ちょっと待ってな」そう言うと、羽の生えたサルは反対を向くと、音もさせずに飛び立った。