19
ウラノスはジョセの横に降り立つと、不思議な感覚で空を見た。
月が幕を帯びたような白い光を放っている。
そしてその周りに凍り付くような星々。
空が遠い気がした。
もう二度と自分はあの空を飛べないのではないかと思った。
なぜそんなことを考えたのかはわからない。
ただ、見たこともないほど地上から見る夜空は美しかった。
「見ろ」ジョセのその声に目を向けると、ウラノスは池の畔の草の裏を見た。
「トンボが寝てるだろ、わかるか?」
「ああ、わかる」
「そいつを捕まえてみな」
「こいつをか?」
「ああ、そうだ。嘴で挟んで、息の根を止めるんだ」
「わかった」そう言ってウラノスは、草の裏に羽を閉じて止まるトンボをくわえた。
苦い木の枝でも噛み潰すような気味の悪い感覚だったが、ジョセに何度もアーリアの食事をもらううちに吐き気を覚えるほどではなくなっていた。
「ほら見ろ、あっちにもいる」そう言って見た垂れ下がる木の葉の先には、チョウが眠っていた。
ウラノスはそれも捕まえた。
「昼間飛び回っている虫のやつらは、夜には草木に止まって眠る。特に池の近くには多い。覚えておくんだな」
「わかった。感謝する」
「ははっ、相変わらず固い奴め」そう言ってジョセは笑った。
「こいつはなんだ?」そう言ってウラノスは黄色く光りながら飛ぶ虫を見て言った。
「そいつはやめとけ。ホタルだ。噛むと気味の悪い汁を出す。夜に飛ぶ奴にろくなのはいない。おっと、俺が言うのも変だな」そう言ってジョセはまた笑った。
「おかしなフクロウさんね」背中からアーリアが言った。
「おっと、起きてたのかい」
「ええ、さっき少し目が覚めたの。ホタルね、見るのは初めてよ。綺麗だわ」
「夏の半ばまで飛んでるやつは珍しい。もし来年また来るのなら、夏の初めに来ればいい。この辺はホタルだらけで眩しいほどさ」
「まあ、ぜひ見て見たいわ」
「じゃあ、来年また会わなきゃいけねーな」
「そうみたいね」
「南はどこまで行くのか知らねーが、きっと無事で帰ってきな」
「ええ、必ずそうするわ。ありがとう、ジョセ。嬉しいわ」
「はんっ、俺はウラノスの持ってくるウサギが欲しいだけだ」
「それではなぜ虫の捕り方を教えてくれたの?」
「おっとそうだった。これじゃあアーリアの食事と引き換えにウサギをもらえなくなっちまう」
「かまわん。また持ってくる」
「ははっ、ありがてーが、うちの子供たちはもうすぐ大人だ。自分たちの飯くらい自分たちで捕まえるさ」
「ジョセが食えばいいだろう。カミラだっている」
「馬鹿にするない。俺だって夜の森の王よ。自分たちの分くらいなんとか狩るさ。お前らはとっとと南に行っちまいな」
「まあ。ウラノスと一緒ね」
「何がだい」
「不器用で、優しいとこが」
「ふんっ、あんただってうちの女房と同じじゃないか」
「どういうとこが?」
「なんでも思ったこと口にしやがる」
「なぜだかわかる?」
「わかりゃしないね」
「自分を愛してくれる人を安心させたいからよ」
「ふんっ、わかったようなこと言いやがる」
「ええ、とてもよくわかる。カミラがジョセのことを大切に思う気持ちが」
「ははっ、かなわねーな、女ってやつには」ジョセはそう言って笑った。「フクロウもツバメも、きっと鷲だって、女にはかなわねーんだ」
「ええ。だって、男を生んで育てたのは母親である女ですもの」
「ちげーねーや。男がどんだけ獲物を狩ってプライドを見せても、いつでも強いのは女だ」
「カミラのことを愛しているのね。それに尊敬してる」
「まあな。いつまでもこんな俺のそばにいやがるからな」
「私もそうなりたいわ」
「あんたは立派さ。それだけ傷ついてるのに、俺より強い。ウラノスが惚れるのもわかるぜ」
「そうなの? ウラノス」
「知らん!」
「女はすぐこれだ! わかってるのに口に出させようとしやがる。ウラノスも苦労するぜ」ジョセがそう言うと、ジョセとアーリアは声を上げて笑った。
「私、夜がこんなに素敵だなんて知らなかった」
「いつでも来な。どこへでも案内してやるぜ」
「ええ。お願いしたいわ」
「だったら必ず帰ってくるんだぜ、二人そろってな」
「ええ、もちろんよ」