笑顔の理由
「魔物の予想到着時刻は!?」
ガーランドさんの問いに鎧姿の男が答える。
「正午過ぎには!」
時間が無さ過ぎる。これでは街の人間が逃げ出す時間もない。
「……ガーディはさっき言った通りギルドへ行った後、戦う準備をして詰所まで来てくれ。ラディとノインは家族のもとに行くといい」
ガーディは強い。まだ十五歳なのにもかかわらず戦闘職の大人でも苦戦するオークと十分に渡り合えるほどに。
これは五歳の時にガーディが洗礼の儀で授かった《武》の才能とこれまでの努力の成果だろう。
僕には《武》の才能がない。
それでも僕に何かできないかと考える。
いや、正確には出来ることなんて分かりきっていた。
僕の才能、《閃光》を使えばもしかしたら魔物たちを退けられるかもしれない。
ただし、その代償として僕は死ぬ。
それが、僕が洗礼の儀で女神さまから与えられた才能だった。
怖い。
今日起きて、生きている実感を噛みしめたばかりだというのに、またすぐに死が現実のものとして迫ってきているのが感じられている。
――僕が《閃光》の力を使って魔物を倒してきます。
そう、即座に言えたらどれだけ格好良かっただろうか。
だけど僕にはそれが言えなかった。
「なぁ、ラディ」
自然と俯いてしまっていた頭を上げるとガーディがこちらに向かって声をかけてきていた。
「お前はさ、才能無くて、まだまだ弱いんだから、強い俺や父さんに守られときゃあいいんだ、な?」
ガーディは笑顔でそういうと剣を持って玄関へ向かっていく。
「ははっ、全くだ。あぁ、全くだ!!」
何がおかしかったのか、ガーランドさんも大きな声で同意した。
そう言ってガーディたち親子は剣を持って揚々と家から出て行った。
その後ろ姿はとてもこれから死ぬかもしれない戦場に行くようには見えなかった。
僕とノインは、その後ろ姿に声ひとつかけることができなかった。
どうしてこの状況で笑えるのか僕には分からず、その強さが羨ましかった。
その後、街中に通達がなされた。
現在、森から大量の魔物が街に向かっており、すぐにでも戦闘が始まることが予想される。
また、住人が集団で逃げるときに守るだけの戦力が足りておらず、街として全員では逃げ出せない。
籠城するにも塀の高さが足りておらず、また、市街地戦になった場合に十分に民を守り切るのは兵の数からして不可能なため、森と街の間にある平野に戦えるものが打って出て囮になる。可能な限りそこでの殲滅を目指すが保証はない。
囮として機能すれば民が十分に逃げられる可能性もあるが、道中の護衛ができないので、逃げるか、街に留まるかは各自の判断に任せる。
この通達後の反応は様々だった。
焦って街を飛び出す者、農具をもって戦いに出ようとする者、教会で祈りを捧げる者、何も出来ない者。
本当に様々だ。
僕たちの家族は街に残ることにした。
ガーディやガーランドさんが命を掛けて戦おうとしているし、そんな中逃げ出すなんてできず、だけど命を投げ出して力を使う勇気もない、そんな半端な気持ちで残っている。
僕は僕が情けない。
でも、怖いんだ。
こんな力、使わなくて済むなら使わない方が良い。
そうだ、この街にはガーランドさんがいる。あの人はとても強いし、そんな人が宝剣ゲニウスという最高の装備を持っているじゃないか。
実際オークをたった一振りで倒していたし、きっと大丈夫。
そう、信じていた。
時刻は正午をとうに過ぎ、外の戦闘次第ではいつ魔物が街に入ってきてもおかしくない状況だった。
僕は家の中でただ結果が出るのを待っていることも、武器を持って戦いに出ることもしない、ひどく中途半端な状態で門近くにある街の広場でうろうろとしていた。
そうしていると、不意に門の方が騒がしくなった。
どうなった。
いや、魔物が来ていないということはガーディたちがやってくれたのだろうか。
そんな期待を胸に、騒ぎの方へ駆けつけるとガーディと、ガーディに肩を借りている左腕が無くなったガーランドさんが立っていた。
「ガーランドさんっ!!」
「あぁ、ラディか、情けない姿を見せちまったなぁ……」
「そんなことはどうでもいいです! その傷は!?」
「やつらの中に腕利きのオーガが混じっていてな、しくじっちまった。それよりも……今すぐ逃げろ。さっきのは報告よりも数が少なかった……ということはまだ来るぞ。そうなれば正直もう防ぎきるのは難しい」
その言葉に、広場は騒然となる。
当然だ。この街最強の衛視長が左腕を失い、勝てないから逃げろという。それでパニックにならない方がおかしい。
「じゃあ、ガーディもガーランドさんも一緒に逃げよう? 皆で逃げればきっと……!」
そんな僕の言葉にガーディが口を開く。
「ラディ、わかってるだろ? 誰かが残って足止めをしなけりゃ全員が死ぬ。だから、な? お前はノインを頼む」
ガーディが笑ってそう言った。
どうして笑える……。
ガーランドさんは片腕を無くし、自分も傷だらけで、そんな状態で死ぬために戦いに行くと言う。なのになぜ君は笑えるんだ。
僕にはそれが理解できなかった。