宝剣ゲニウス
相対するはオークが一体とゴブリンが二体。
本来は別の種族であるオークとゴブリンが集団として行動するなんてありえないはずだけど……。
しかし今現時点においてその異常は些細な問題でしかない。
この場において最も重要なのは応援が来るまでに僕らが生き残れるのか、もしくは隙をついて殺せるか。ということだ。
そのためには……
「ガーディは、オークと一対一で倒せる?」
「十五歳でオークを一人で倒せるやつがいればそいつは勇者だ」
「なら、ガーディがオークで僕がゴブリン二体、かな」
「あぁ、そうなるな」
ゴブリン一体をやっと倒せる程度の力量である僕がオークの相手をするのはもっての外。
ガーディはオークを倒せない。なら、ガーディに追加でゴブリン一体を相手してもらうよりも僕がゴブリン二体を相手にする方が生き残る可能性は高いだろう。
逃げ出すという選択肢はない。
スタミナは魔物の方が上だし、今逃げればすぐにノインに追いつかれる。
ノインを守りながらの戦闘は不可能だ。
だから、やるしかない。
僕はもう一度大きく深呼吸をして一歩を踏み出す。
「よし。やろう」
落ちている石を二つ拾い上げ、ゴブリンに向けて投擲する。
これでゴブリンたちをこちらに誘導することができるはずだ。
想定通りにこちらにゴブリンが二体ともやってきたところでよく観察する。
ゴブリンの獲物は槍と剣。どちらも錆びついていて切れ味は良くない。
周囲は視界の良い街道で相手に援軍が来る様子もない。
となると面倒なのは槍だ。ゴブリンがどんな連携をするのかは分からないけれど、剣を持ったゴブリンの援護もしやすく、こちらの攻撃は届きにくい。
となればとる選択肢は必然的に待ちしかなくなる。
こちらは無理にゴブリン二体を倒す必要はなく、ノインが応援を読んでくるのを待てばよいのだ。無理に攻めてカウンターを貰ってしまい、戦闘ができなくなれば僕だけでなくガーディも死ぬ。
だから待つ。
ノインの笛が応援を読んでくれると信じて。
「さぁ、いつでも来い!」
ノインに応援を頼んでからどれだけの時間が経過しただろう。
五分だろうか、十分だろうか。
体感ではもう何時間も戦っている気すらする。
体中に浅い傷ができてはいるものの、深手は負っていない。
それはガーディも同じのようで大丈夫だとこちらに拳を掲げてくる。
僕は同じくガーディの方に拳を掲げた後にゴブリンに意識を再び集中させる。
こちらも傷を負わされてはいるけれど、それは相手も同じだ。
大丈夫、まだ戦える。
そんなことを考えていると剣を持ったゴブリンが突撃してくる。
どうやら休ませてはくれないらしい。
魔物との戦いは常に死と隣り合わせだ。
というのも魔物は下手に知能が低い分、基本的に死を恐れない。
死を恐れない攻撃というのは脅威だ。
捨て身の攻撃は力量差が余程ない限りまともに真正面から受ければ良くて相打ち。
故に魔物というのは最弱といわれているゴブリンですら脅威なのだ。
そんなゴブリンの決死の上段からの一撃を辛うじて受け流しつつ、槍を持ったゴブリンを警戒する。
先程から剣を持ったゴブリンの捨て身の攻撃をよけた後に隙だらけのゴブリンに致命傷を与えようとするたびに槍持ちに邪魔をされるせいで剣持ちに深手を負わせることができていない。
知能が低いはずのゴブリンがなぜここまでの連携をするのか、気にはなるが今そこに脳のリソースを割く余裕はない。
「ガーディ! そっちの状況は!?」
「一度奴の斧を剣でまともに受けてしまった! その時に剣から嫌な音がしたから、たぶん次で折れる!」
どうやら向こうの状況はかなり悪くなっているらしい。
どこかでリスクを取る必要がありそうだ。
それから何度目の突進攻撃を受けた頃だろうか。
剣持ちのゴブリンが突撃してくる途中で地面と微妙な凹凸に足を取られて若干よろけながら突っ込んできた。
――ここかな。
体勢を崩したゴブリンの突撃とそれをカバーするかのようにすかさず距離を詰めてくる槍持ち。
僕は体勢を崩したゴブリンを切りつけると見せかけながら打って出る。
本命はもう片方。
槍持ちだ。
「ふっ!」
剣持ちのゴブリンに切りかかるにはあと一歩というところで方向転換をし、槍持ちに右上段から切りかかる。
狙いは首。
ここでゴブリンを一匹殺せるとだいぶ楽になる。
剣が首に吸い込まれようとしたその時。
ゴブリンが槍を捨てて左腕で首を守る。
――くそっ
ゴブリンのその行動は戦闘本能による咄嗟のものだったのだろうが、正しい行動だった。
僕の剣は頑丈なゴブリンの左腕の骨で止まる。
その止まった一瞬でゴブリンは空いた右腕で僕の左腕を掴んでくる。
――ツカマエタ
そう、ゴブリンに言われたような気がする。
瞬間、僕の背中からは冷や汗が一気に流れだし、生きた心地がしなくなる。
まずいまずいまずいまずい。
今動きを止めてしまえば体勢を立て直した剣持ちが後ろから襲い掛かってくる。
何とかしないと。
そう考える僕を嘲笑うかのように目の前のゴブリンは噛みつこうと体重をかけて僕を押し倒す。
右手の剣は止められ、左手は掴まれ、体は地面に押し倒されている。
万事休す。
そんな言葉が一瞬頭に浮かぶが違う。
まだ足は動くっ!
「はあああああああああ!!!」
僕の渾身の力を込めた膝蹴りが伸し掛かってきていたゴブリンの股間に入る。
雄共通の急所、今にも僕を噛み殺すとゴブリンが確信していたから故に警戒が疎かになったそこへの一撃はまさしく会心の一撃となる。
僕は声もなく泡を吹いて倒れたゴブリンに剣でとどめを刺すと、仲間を殺されて怒り狂っている剣持ちゴブリンが目の前に迫ってきていた。
その突撃を寸前で横に倒れ込むように躱すと、どこからか笛の音が聞こえてくる。
短く二回、長く一回。
救援の合図だ。
笛の音が聞こえてきたということはすぐ近くまで救援が来ているということだ。
ノインがやってくれたんだ。
そう安堵した瞬間、ガーディがオークと戦っていた方から大きな音が聞こえる。
視界の端にそちらを見ると、ガーディの剣が折れていた。
「ちぃ! ラディ! 走るぞ!」
「わかった!」
剣が折れてはまともに戦えないと判断したのだろう、僕もそれに賛成して近くに落ちていたゴブリンの槍を剣持ちのゴブリンに投擲して怯ませた後、笛の音がした方へ走り出す。そこからは土煙が上がっており、馬で救援が近づいていることが分かった。
そしてガーディと合流したあとに、持っていた僕の剣も追ってきていたオークに向けて投げ、少しでも体を軽くする。
「生きてるな!?」
「見ての通り、まだ生きてるよ!」
「じゃあ死ぬまで全力で走れ!!!」
「もちろん!!!」
その声が聞こえてきたのはそれから何秒後だっただろう。
――よくやった。
たった一言、それを聞いた僕とガーディはその場に倒れ込んだ。
声がした戦闘の馬を辛うじて視線で追うと、一筋の白銀が煌めいたかと思うとオークの首を刎ね飛ばしていた。
この街でその輝きを持つものは一つしかない。
――宝剣ゲニウス
街で最も強い者にのみ使用が許されるその大剣は子供たちの憧れであり、この剣がある限り街に平和が保たれるのだという象徴でもあった。
いつかあの輝きを手に戦いたい。街の男子は皆一度夢描いて大人になる。
現在この街であの大剣を振れるのは衛視長であるガーランドさんただ一人。
街で最強の人が最高の装備で助けに来てくれたことに安堵し、一気に体から緊張が解けた。
あぁ、綺麗だな。
そんな、今まで命がけの戦いをしていたとは思えない感想と共に、僕の瞼は自然と閉じていた。