遭遇
森に入ってから暫く経ち、薬草が十分な量集まった。
「しかし、運が良かったな。こんな森の浅いところで集め終わるなんて」
「そうね、もっと奥までいかないといけないと思っていたから、助かっちゃった」
そんな時、遠くの茂みでなにか物音がした。
僕とガーディは一瞬視線を合わせると互いに頷き、重い荷物をその場に置いて剣を構える。
「ノイン、後ろに下がって。重いものは置いて」
「わかった……気を付けて」
そうやって戦えないノインを後方へ下げていると、ガーディが僕らを庇う様に前に出る。
「ただの動物なら、いいんだがな……」
ここは森の中でもかなり浅い位置で、ここで魔物と出くわす事なんてほぼ無い。
だからきっと、野ウサギか何からだろう。
物音は徐々に移動してきており、ついに目の前までやってきた。
飛び出してきたのは……イノシシ。なかなかいい大きさだと思っていると、茂みの物音がまだ止んでいない。
次いで、錆びた槍を掲げた、いかにも狩りをしてますよといった様子のゴブリンが飛び出してきた。
ゴブリンの目と僕らの目が合う。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!」
「きゃああああああああ」
ゴブリンとノインの悲鳴があたりに響く。
いや、お前も驚くのか。
「仲間を呼ばれる前にやるぞ、ラディ!」
「そうだね」
ゴブリン一体であれば何とか僕一人でも倒せる相手。僕の数倍強いガーディと一緒であればまず間違いなく大丈夫のはず。
僕たちは驚いているゴブリンが落ち着きを取り戻す前に切りかかった。
ガーディが左、僕が右からと、声を出す前に自然に挟む形になる。
ガーディがゴブリンの槍を弾き飛ばし、僕が反対からゴブリンを切りつけ、それを避けようとゴブリンが体勢を崩したところでガーディがゴブリンの首を刎ねた。
……よし。
僕たちの連携はとてもうまくいき、危なげなくゴブリンを討伐することができた。
今までの稽古が無駄ではなかったという確認と、達成感が体を包む。実際にゴブリンと対峙したのは本当に短い時間ではあったが、それでも全身は汗まみれになっていた。
「やったな、ラディ」
「あぁ、ありがとう」
「討伐証拠の左耳だけ切り取ってさっさと帰ろう」
ガーディがゴブリンの左耳を切り取っているとうしろで見守っていたノインから声が上がった。
「ラディ! ガーディ! あそこ!」
ノインが指さす方向、イノシシとゴブリンがやってきて出来た獣道を見ると、小さな影2つと大きな影が1つ見えた。
「まずいな、オークだ。逃げるぞ!」
ガーディがいち早く敵を認識して叫ぶ。
――オーク
ゴブリンの倍は大きな体を持ち、その数倍の強さを誇る魔物。
本来は森のもっと奥にしか姿を見せないような魔物で、ここ10年以上森の浅い場所での発見報告はない。
そのはず……だが。
「どうしてオークがこんなところに!?」
「知らん!」
「荷物はどうする!?」
「捨てろ! 少しでも速く走れるようにしろ!」
「了解!!」
幸いにもやって来る魔物は街とは反対方向からやってきている。僕たちはやってきた方向に全力で逃げればいいだけだ。
最悪なことに、そのやってきている魔物はオークが一体と恐らくゴブリンが二匹ではあるが。
「ノイン!」
ガーディが吠える。
「何をすればいい!?」
「重い物は捨てて足元に気を付けながら街まで全力で逃げろ!! 背後は俺たちが守る!」
「わかった!」
ノインは返事をするなり全力で走っていく。戦えない自分が残っていても足手まといになるだけだと理解しているからだ。
普段はガーディとよく揉める彼女だけど、こういう時は誰の指示に従うのが一番正しいのかを知っている。
「戦うにしても出来るだけ街に近づいてからだ、それまでは全力で――」
「「逃げる!!」」
オークは鼻がとてもよく利く。
僕たちが視界に捉えた以上、向こうからも見えていると考えるべきで、見える範囲の匂いをやつは絶対に逃さない。
ならばと、僕たちは首から下げた笛を吹きながら全力で街に向かって走り続けた。
森を抜けてどれだけ経っただろう、オークたちは余程仲間を殺されたことが頭に来ているのだろう、いまだに追ってきていた。
ノインも必死に走ってはいるが、僕との体力差はどうにもならず、走る速度が遅れてきている。
「そろそろ……か。ノイン、まだ走れるな?」
「はぁ……はぁ……当たり……前、でしょ……!」
「じゃあ、そのまま応援を呼んできてほしい。僕らはここで足止めをするから」
「任せ……なさい! 絶対に生きてまた会うわよ!」
ノインの後ろ姿が遠ざかる。
もう街は見えているが、笛の音が届くにはまだ近づかないといけない。
ノインが街に笛の音を届けるまでどれだけの時間が必要だろう。
笛の音が届いたとしてそこから応援が馬で到着するのにどれだけの時間が必要だろう?
十分? 十五分?
魔物と戦っている人間が死ぬには十分すぎる時間だ。
それを生き延びなければならない。
僕とガーディは止まって背後を振り返ったあとに一度大きく深呼吸をした。
「ねぇ、ガーディ」
「どうした、ビビったか?」
「違うよ、ただ、ノインを守って死ぬなら悪くはないかなって」
「……阿呆が」
ガーディの拳が僕の頭を小突く。
「この程度じゃ死なねえよ俺らは」
そしてその拳を僕の方に向けてくる。
その拳に僕はそっと拳を合わせて、
「あぁ、そうだね。じゃあ、行こうか」
僕とガーディはオークたちと対峙した。