薬草採取
「ねぇ、ラディ。今日の午後、空いてる?」
ノインが声をかけてきたのは、とある日に家の手伝いで畑を耕していた時だった。
「うーん。空けることはできると思うけど、何か用事?」
「前に薬草採取を手伝ってって言ったじゃない? そろそろ在庫が心もとなくなってて……」
「わかった、午後は空けておくよ」
「ふふん。ラディのそういう話が早いところ、好きよ」
「いつもノインには助けられているからね、僕にできることはさせてもらうよ」
ノインはお昼を食べ終わったら迎えに来ると言って去っていった。
さて、午後の仕事を休んでもいいか母さんに聞いてこないと。
「いいわよ」
家に帰って聞いたところ、 迷うそぶりすら見せず、即決だった。
「いつも怪我を治してもらっているんでしょ? 恩は返さなくちゃ。こっちのことは気にしないで行ってらっしゃい。あ、だけど森には弱いとはいえ魔物も出るんだから、何かあった時の為にガーディにも声をかけて付き添ってもらうこと。それが条件。」
「うん、そのつもり……ありがとね、母さん。というか、僕が怪我しているのをノインに治療してもらっていたの、気づいていたの?」
「気づくわよ、母親ですもの。それにラディは自分であんなに上手に包帯を巻けないでしょ」
どうやら母さんには隠し事ができないらしい。
僕はお礼を言って付き添いをお願いするためにガーディの家に向かう。
ガーディの家に着いた僕はドアをノックして声をかけた。
「すみませーん!」
「あいよー、どちらさま――って、ラディか」
家から出てきたのはガーディの父親である、ガーランドさん。
相変わらず羨ましいくらい引き締まった筋肉をしている。
「あ、ガーランドさんお久しぶりです。ガーディはいますか?」
「おぅ、久しぶりだな。あいつなら確か家の手伝いが終わって今ゆっくりしてるとこだが……何の用だ?」
「実は……ノインと薬草を取りに森に行きたくて、僕だけだと護衛として心もとないのでガーディに付き添いをお願いしたいと思いまして」
ガーディは僕よりも軽く3倍は強い。ガーディがいるかどうかで森へ行く際の安全度は天と地ほどの差があるのでもし、ガーディの都合が悪ければノインに話して今日のところは延期にしなければならない。
「はぁん、そういうことか。確かにそれならあいつがいた方が安心だ。おい、ガーディ! お前、午後から森に行ってこい!」
ガーランドさんが家の方に向かって大声で叫ぶと、家の中から不満げな声と共にガーディが姿を見せる。
「うぇ、なんで俺が……って、ラディか。何の用だ?」
要件の聞き方が親子そっくりだ。
僕はさっきガーランドさんにした説明をもう一度ガーディにして付き添いを頼めないか聞いてみる。
「あぁ、そういうことか……いいんだよな? 親父?」
「問題ない。友人を助けられないやつに将来衛兵は務まらんからな、母さんには俺から伝えておこう」
「ありがとうございます。ガーランドさん、ガーディ」
二人にお礼を言った後、後で迎えに来るとだけ言って昼食をとる為に家に帰った。
昼食を終えて装備の点検をしていたころ、玄関からノインの声が聞こえてきた。
「ラディー! 準備できてるー?」
「あぁ! 今行く!」
森の中でも振りやすい小剣を持って玄関へと急ぐ。
「母さん、行ってきます!」
「あぁ、行ってらっしゃい。ガーディも一緒だから大丈夫だとは思うけれど、気を付けてね」
「はい!」
母さんに別れを告げた僕は玄関の扉を開く。
するとそこにはノインと不満げに頬を膨らませた顔をしたガーディが待っていた。
「……なんでガーディがいるの? あとで呼びに行く予定だったのに」
「俺が聞きたい。お前が迎えに来るって言っていたから待っていたらいきなりこの女が家に来たんだよ」
目が合った僕とガーディはその視線をそのまま仕事をやり切ったと満足げなノインに向ける。
「お昼の買い出しをしていたら偶然ラディのお母さんと会ってね、そうしたら森にガーディも一緒に来るって言うじゃない! なら私が迎えに行かなくちゃってね!」
男の僕が迎えに行くよりも女の子のノインが迎えに来た方がガーディとしては嬉しそうだと思うのだけど、どうしてガーディはこんなにも機嫌が悪そうなのだろうか?
「別に、迎えに来たのが誰でも俺は良かったさ。ノインが来た時も別に何とも思わなかった。問題はそのあとだ。ラディの家に来るまでの間、「ラディを虐めたらわかるわよね?」だとか「見てるからね?」というようなことを此処に来るまでずっーーとねちねちねちねちうんざりする程聞かされても見ろ、頭がおかしくなるわ! 第一、俺は誰も虐めてねえ!」
よっぽど精神的にキテいたのだろう、ガーディが吠えた。
うん、ガーディは誰も虐めていないし僕も虐められていない。
「でもこの間もラディを全身傷だらけになるまで痛めつけていたじゃない」
「あれはただの稽古だ!!!」
「そうだよノイン、ガーディの言う通りあれは稽古で、稽古に怪我は付き物なんだよ」
「ラディがそういうならいいけど……」
「納得いかねぇ……」
「うん、なんかごめんね。ガーディ。一応前にもノインには誤解だって言ったんだけど……」
「だって、本当にラディが虐められていたら、ガーディのことを庇う様に脅されているかもしれないでしょ! なら、私の目で確かめるしかないじゃない!」
一理ある気もする。ガーディの方を見ると、同じことを思ったのか、首をすくめて諦めたように口を開いた。
「わかった。なら、存分に見ていてくれ。ただし、頭から俺がラディを虐めていると決めつけた言動はやめてくれ。やってないのにやっていると言われ続けるのは普通に不快だ」
ノインはガーディの言葉を聞いて納得したのだろう、少し間をおいてからガーディに向かって頭を下げた。
「……そうね。冷静に考えたら虐めているという決定的な証拠もないのに決めつけたような言動をしたのは私が悪かったと思う。だから、その、ごめんなさい」
ノインは自分の信じたことをひたすら突き進むタイプではあるけれど、決して他人の意見に耳を貸さないというわけではない。
ただ、昔から一人ボッチでいることが多かった僕を見ている所為で僕のことを守ろうという思いが先行しすぎてしまう様に感じる。
だけど、そんな中でも自分の間違いを認めて謝ることができる素晴らしい人なのだともっと街の皆には知ってほしいと思う。
「さて……それじゃあ行こうか」
僕はそう言って装備一式と緊急用の笛、その他諸々を袋に詰めて持っていく。
緊急用の笛というのは、何か不測の事態に陥った時に周囲に知らせる為のものだ。これを鳴らすことで応援に来てくれるかもしれないし、腕に自信のない人を巻き込む心配も減る。
危険な場所に行くときには必須の品だ。
そうして僕たちは家を出て門へ向かう。
するとそこには昼休憩が終わったのか、ガーディの父親であるガーランドさんが見張りをしていた。
「おぉ、ガーディ、それにラディとノインちゃんも。言ってた近くの森に薬草採取で間違いないか?」
「あぁ、父さん。暗くなり始める前には戻る予定。笛も持ったし、準備は万端だ」
「そうかそうか。お前がそういうなら大丈夫だろう。じゃ、行ってこい」
「あぁ」
ガーディとガーランドさんが拳を合わせて別れを告げたあと、ガーランドさんは僕たちに手を振って送り出してくれる。
「なんかいいね、ああいうの」
思わず口から洩れた言葉にガーディが反応する。
「ああいうの?」
「こう拳と拳を合わせるやつ。なんか通じ合ってる気がする」
「あぁ、ただの挨拶だよあんなのは。やってみるか?」
そういってガーディは拳を突き出してくる。
僕はそれにこつんと拳を合わせてみる。
「ほら、ただの挨拶だろ?」
「いや、やっぱりいいね」
「……ちょっと、なに男だけで良い感じの雰囲気で盛り上がってんのよ。私も混ぜなさい!」
ノインがそういって拳を僕たちの拳と合わせてくる。
「なるほど、確かにいいわね、これ」
「そうか?」
「うーん。うまく言えないけど、仲間って感じがするわ」
「あー、それはあるかもしれねえな」
そんなことを話しているうちに森に着いた。
「薬草ってどれくらい必要なの?」
「取り過ぎても鮮度が悪くなる前に全てを加工することができないし、そんなに量は必要ないわ」
「じゃあ、暗くなる前に採ってさっさと帰るか」
そうだね、と頷いてから僕たちは森の中へと入っていった。
きっと帰ったら母さんが美味しいご飯を作って待っている。楽しみだ。