少年ラディ
僕が五歳の時、洗礼の儀を受けた。
洗礼の儀とは、これから女神様を信仰していくという約束の対価として才能を一つ、女神様から授けられる儀式のことだ。
そこで僕が授けられた才能は《閃光》。
誰も聞いたことのない才能だった。
どんな才能なのかと近所の男の子に聞かれたから正直に答えたらハズレの才能だったからって嘘をつくんじゃないと大声で怒鳴られた。
それが街中の子どもに広まって、僕はハズレの才能しか持っていない無能だと呼ばれるようになった。
それ以降、僕は自分の才能の詳細を誰にも話さなくなった。
そして十年たった今も、僕は大して上達しない剣を家の庭で振り続けている。
「よぉ、ラディ。今日も頑張って素振りか? 才能がないやつは苦労するなぁ? 仕方ないから才能あふれる強い俺様が才能のない弱いお前に特別に稽古をつけてやるよ」
修練用の木剣を手に持った、近所に住む少年ガーディが声をかけてくる。
父親が衛視長で、洗礼の儀では《武》の才能があると教えられた彼は将来、衛視になって皆を守るのだと自慢気に言っていた。
だから、彼はきっと言い方が悪いだけできっといいやつなんだ。
「それは助かるよ、僕は覚えが悪いから練習に付き合ってくれる人がいなくてね、対人の経験はどれだけ積んでも足りないくらいなんだ」
僕と一緒に剣を覚え始めた同世代の人たちは皆、僕なんかよりもずっと早く剣の腕が上達していって、僕では練習にならないと言って誰も相手をしてくれなくなっていた。
だから、ガーディの言葉は僕からしたら本当に嬉しかった。
「ありがとう、ガーディ! いつも助かるよ!」
そういってガーディに喜んで稽古をつけてもらう。
《武》の才能を持つガーディの剣は僕からすれば一種の憧れに近い。速く、重く、そして鋭い一振り。それは稽古の最中に僕の体に数多くの傷を残した。
日が傾き始めたところで女の子の声がした。
「ちょっとガーディ! またラディを虐めてるの!?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよノイン。俺はいつまでたっても上達しないラディに稽古をつけてやってるだけだぜ?」
「どう見てもやり過ぎよ! あちこち腫れてるじゃないの! ラディも、早くこっちに来なさい。治療してあげるわ。ガーディはあっちに行きなさい、べーっ!」
そうやって追っ払われたガーディは「また来てやるぜ」とだけ言って手を振りながら去っていった。
ノインは洗礼の儀で《薬師》の才能があると認められた隣の家に住む幼馴染の女の子だ。
ガーディとの稽古の後にはたまに治療をしてもらっている。
ノインの薬は本当に良く効く。薬を塗って、包帯を巻いてしまえば稽古で出来た程度の腫れなら一晩で直ってしまう。十五歳でこれだけの薬が作れるのだから、将来は薬師として安泰だろう。
それくらい、才能というものは人生に大きな影響を及ぼすものだった。
羨ましいなぁ。
そう思ったことは一度ではない。
だけど、そう思ったからといって今から新しい才能に目覚めるわけでもない。
そう考えた僕はひたすら毎日剣を振り続けた。将来、きっと役に立つ日が来ると信じて。
治療が終わったノインにお礼を言う。
そして全身包帯まみれになった僕を見てノインが笑う。
「ねぇ、どうして剣を振るの? 十年やってようやくゴブリンを一対一で倒せるようになったくらい才能がないのに」
「後悔したくないからかな。やれることは、やっておきたいんだ」
「ガーディに虐められても?」
そう言われてふと考える。ガーディにはいつもお世話になっている記憶しかない。
今日のような稽古もそうだけれど、街中で不意に転ばせてきて不意打ちに対する経験を積ませてもらったりしている。
「うーん? 僕は虐められていないよ」
「他人から見たらどう見ても虐めよ馬鹿! ことあるごとにラディを剣の稽古だとか言って全身に怪我を負わせてるじゃない!」
そういってぺしっと頭をノインが叩いてくる。
「痛い……」
「これくらいで痛いっていうならもうガーディに付き合うのはやめなさいよ。そっちのけがの方が痛いでしょ」
確かに稽古でする怪我はノインが優しく叩く何倍も痛い。
だけど――。
「必要なことだから。大切な人たちを守れるだけの力が、欲しいんだ」
「……男って皆そうね、皆カッコつけてばっか」
格好をつけてると言われたらそうなのかもしれない。だけど、僕は周りに何と言われても剣を振り続けないといけない理由がある。それが、僕の女神様から与えられた存在意義だから。
「男はみんな格好をつけたがるものだよ。それに、さ」
「うん?」
「ガーディは、きっと本当に僕を虐めているつもりはないと思うんだよね」
「どうしてよ? そう言えってガーディに言われたの?」
「違うよ。そうだなぁ……十年前、ガーディが洗礼の儀のあとに僕の才能をハズレだと近所の子どもに言って回ったのを覚えている?」
「あぁ、そんな事もあったわね」
洗礼の儀当日、僕は洗礼の儀の会場で偶々会ったガーディに何の才能だったのかを聞かれて正直に答えた。それを聞いたまだ五歳だったガーディは僕のことを馬鹿にして近所の子に言いふらしていた。
あいつの才能はハズレで、それを誤魔化すためにそれらしい理由を付けているズルいやつだと。
そのあと、僕には同世代の友達は出来なくなった。
実際に、僕がどれだけ剣を振り続けても人よりも成長がすこぶる遅かったから。ガーディが言いふらしたことの裏付けとなってしまったのだと思う。
もちろん、その話を聞きつけたガーランドさんがガーディを思いっきり叱ったようで泣きながら家に謝罪に来ていた。
それからだ、ガーディの目が馬鹿にしたような目ではなく、僕のことを真剣に見つめる目になったのは。
僕が弱くて僕と剣の立ち合いをしても練習にならないからと僕から皆が離れていってもガーディはいつも自分から声をかけて練習に付き合ってくれた。手を抜いて僕に合わせようとは決してしなかった。
それが僕にはすごくありがたかった。
それを理解しているのだろう、周りの大人は僕とガーディの関係に一切口を出しては来なかった。
人の噂というのは簡単に消せるものじゃない。だからガーディは言葉による謝罪のほかに行動で謝り続けているんだと僕は思う。
もちろん、それを本人に確認したことは無い。でも、これまでの10年の付き合いから僕はそうだと確信しているんだ。
そんなことをノインに話すと、彼女はどこか儚げに「仕方ないなぁ……」と言いながら笑った。
「ラディがそうだと思っているなら、今は私もガーディを信じましょう。ただ、もしもラディの言ったことが間違っていて、信じていたガーディがただの虐めっ子だったときは私に言いなさい」
「ノインに言って、どうするの?」
「私がラディと結婚するのよ! こんないい女がラディを選んだんだったら他の細かいことなんて気にならないでしょ? お金なら気にしなくていいわ! 私は未来の薬師、高給取りよ! どう? 完璧じゃない!?」
夕陽に照らされながら満面の笑みでそう言ってくる彼女はとても綺麗だった。
確かに、こんな彼女と結婚できるのであれば、他のことなんてどうでもよくなるだろう。
だけど、
「ガーディは普通にいいやつだからね、残念だけどそうはならないと思うよ」
「あら、それは本当に残念ね」
「だから……」
「だから?」
「ノインに相応しい男になれるようにこれからも努力していくよ。そして、仕方なく結婚してもらうんじゃなく、僕の方からお願いしようかな」
「~~~~~~~~~っっっ!!」
ノインはしばらく黙ったあと、こほん。と息を整えた。
「さ、さて……と。治療だったらいくらでもしてあげるから、かわりに今度森に薬草取りに行くのを手伝ってよね!」
そう言い残して僕の背中を強めに叩いたあと彼女は去って行った。
ちらりと見えた顔は夕焼け以上に赤かったように思う。
「ありがとう!」
僕の言葉に彼女は手だけを振り返して答えた。
この街の人は皆、本当に良い人ばかりだと心の底から思う。
だから僕は願おう。どうかみんなが幸せに暮らせますように、と。
僕のこの努力が無駄になりますように、と。
夕焼けの空を見上げると、星が一つ流れたような気がした。
全部で2万字ちょっとの短編です。
最後まで書きあがっているので毎日予約投稿済み。