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存在しない存在  作者: あああああ
3/3

蠢動


1


勅栽廟議には極度な緊張感がある。


それは、皇という絶対的な存在がいるということでもある。


何か一つ失言をすれば、追放され、粛清が待っている。


そのため、議会がある度に、刷新党は肝を冷やさなければならない。


考え方に、「皇すらも含めた」などという文言があり、追放擦れ擦れである。


「どうなんですか!?」

「証言には聖断党を褒め称える声が聞こえたとあります」

「これってつまり、聖断党の差し金ということではないのですか?」


「そのような証言は事実無根であります」

「ですので、そのようなことはありません」


刷新党は葵達の証言や、自らの体験をもとに、聖断党を批判している。


だがしかし、それらの内容が公報には出なかったように、有耶無耶にされることで終わりを迎えた。


「私達、刷新党員が実際に聞いたのですよ!?」

「そこに嘘をつく必要もありません」


「ですから、そのようなことは無いと申し上げております」

「録音でもあるというのですか」

「ないでしょう」


刷新党員の被害者が出たことで、批判はいつも以上に強かった。


それでも、聖断党は事実無根と主張を固持していた。


「ですから…」


「坂上議員」


さらに反駁をしようとしたところで、皇本人から咎められ、何もできなくなってしまった。


もし、それ以上続けるのであれば、自分がどうなるかがわかっていたからだ。


しかしながら、坂上刷新党総裁は、許すことなどできる筈もなく、ただただ怒りに燃えていた。


2


「行ってきます」


霧島葵は、いつもより早く学校へ行く。


普段よりも30分も早かった。


その内心は、悲しみと恐怖で塗り潰されていた。


以前の事件、更にはその公報を通し、国や、聖断党に強い不信感を抱いているのである。


家にいては、自分が本当に独りであるように感じるからであり、学校での友ならば、感覚を共有できるだろうと思った。


そのため、いち早く学校に行きたかったのだ。



「おはよう」


「おう、おはよう」


最初に会えたのは義人だった。


義人も同じくして登校時間が早い。


普段であれば、元気のある声も、全くもって力が篭っていなかった。


沈黙。


重かった。


この時、葵の思っていることも、義人の思っていることも同じだった。


だが、口には出せなかった。


とても、そんなことはできなかった。


思い出すだけでも、相当な精神への打撃だったからだ。


「あ、おはよう」


美鈴も早かった。


3人集まったところで、なにも会話が生まれなかった。


沈黙。


そして、最後に藍璃が皇校へやって来る。


「おはよう、それとこの前のことだけど」


挨拶に続くように会話をする。


「おかしくないかしら」

「公報に私の証言が何一つないもの」


その場にいた全員が感じていたことだった。


「うん、そうだね」


「これってさ、要は、阿宗国が嘘をついているってことだよな」


義人の声は震えていた。


「そうね、でも、先生に相談でもしたらいいんじゃないの」


美鈴は苦し紛れに提案する。


「多分、それだと…」


「この皇校は当たり前だけど国営。そんなところで働いている人に言うなんて、考えたくもないわ」


葵の意見に覆いかぶさるように藍璃が前に出る。



「なぁ、藍璃、あんなことがあっても、何も感じなかったのか」


それは、義人の声だったが、葵と美鈴も同じことを感じていた。


突然、あの事件の事を言い出し、何もなかったかのように客観的に意見を言っていたために、無理もない。


「そんなわけ、ないでしょう?」

「私はいつも何時に登校していると思う?」


藍璃はいつも遅刻になる直前に教室へ入る。


だが、今日という日は、他の3人と同じ程度に早かったのだ。


不安で、恐くて、仕方がなかったのだ。


「ごめん」


気付いた義人は、深々と謝る。


そして、予鈴が鳴る。


「別に気にしていない。もう、教室へ行ったほうがいいわ」



この日の当番は葵だった。


当番は挨拶をする役割があり、その中には偈頌も含まれている。


「では霧島君、挨拶をお願いします」


「……」


「霧島君?」


「……」


葵は、何も口にできなかった。


その内容が怖かったのだ。


不信感でそんなことすらも言えなかったのだ。


「霧島!」


既にその目には涙があった。


「敬服、我々阿宗国の民は、阿宗玄右慈来之賦儀を常に讃え、栄えがあることを切に願い、感謝の意を絶やさないことを誓う」

「礼」


10秒もの礼をした後、朝の挨拶をする。


偈頌を述べたのは葵ではなかった。


藍璃が唐突に始めたのだった。


葵にはできないとわかり次第、声を挙げたのだった。


先生は葵を睨んだが、葵は汗が吹き出し、動悸も激しく、先生の目線など気にする余裕はなかった。



休み時間は授業と授業の間に5分間のみある。


基本的には自主的に勉強するというのが鉄則だが、葵のいたクラスは全く落ち着いた様子がなく、喧騒に呑まれていた。


「葵、藍璃、この前のアレ、大丈夫だった?」


クラスメイトは皆、口々にあの集団強盗事件を知ろうとする。


だが、聖断党を讃える声が聴こえた、ということを言ったとしても、恐らく誰も信じないだろう。


それを二人はわかっていたため、何一つ公報の事件と変わりのないことを悲しげに言うしかなかった。


「結構怖かったなぁ、でも生きてる分だけ嬉しいよ」


葵の発言によって、クラスメイトが収まる筈もなかった。


そして、こんな声が何処からか飛び出す。


「やっぱ刷新党になんか行ったからあんなことになったんだろ」


「確かに、それありそう」


誰もが否定せずに納得した様子だった。


そして、葵は突然席を立つ。


「そんなことは、絶対に無い」


周りの生徒が葵を凝視する。


「と思いたい」


自らの言動には問題があったと瞬時に省み、言葉を濁す。


だが、明らかに動揺し、目の焦点が合っていない。


それが見えたのは藍璃だけだった。


「葵、顔色が悪いわ、保健室に行きましょう」


藍璃は葵を保健室へ連れていき、クラスメイトを置き去りにした。



「葵、よく聴いて」


肩をしっかりと掴み、目と目を合わせる。


半開きの目には固い決意が感じられる。


「確かに、私達はとても酷い目にあった」

「国で一番かもしれないぐらい」

「今の貴方には残酷な事かもしれない」

「でも、 もしかしたら、これから、もっと酷いことがあるかもしれない」


「藍璃、藍璃は大丈夫なの?」


悲壮。


「私は表に出ないだけで、かなり苦しいわ、でも」

「ここで負けちゃ、駄目」

「そう思っただけよ」

「わかったら、今日はもう帰ったほうがいい」

「もしこのままいたら、貴方が壊れてしまう」


「うん……」


「先生に言っといてあげるから」


「ありがとう」


藍璃は小走りに職員室へと向い、事情を説明した。


置いて行かれる。


その藍璃の後ろ姿を見て、葵はそう感じた。


3


葵は、普段は4人で歩く道をたったひとりで歩いていた。


まだ太陽は高く登り、皇校も途中半ばで早退してしまった。


何故か悪いことをした気分になってしまう。


それでも帰路につき、家を目指す。


景色がゆっくりと流れる。


全てが現実ではない。


そう信じるも、やはり現実であると解らせられる。


代わり映えの無い景色を、何も考えずに歩く。


何も考えずに歩くと、自然なままの想いが出てくる。


怖い。


阿宗国は、あの皇という人は、ウソつきなのだろうか。


それだけが頭の中で、何度も際限なく循環する。


あの、恐怖でしかない体験は、聖断党によるもの、だと思う。


それは、根も葉もない、ただの直感だった。


でも、そうだとすると唯一矛盾が生まれるのだ。


「でもどうして廓清委員会は早かったんだろう」


その疑問を考えてみるが、訳がわからなかった。


聖断党によるものだとすると、それは全くもって必要ないものであるからだ。


「別の団体とか、または別の人が指示した、くらいしか思いつかないや」


4


この日の皇校が終わり、生徒達はぞろぞろと校門を出る。


それは義人、藍璃、美鈴においても、例外ではない。


しかし、明らかな欠員があった。


いつもと違い、足りなかった。


それでも脚を動かす。


「ねぇ」


それは、藍璃の一声だった。


「今、ここに葵はいないから、敢えて話そうと思うのだけれど」

「聖断党、確信犯ね」


「ちょっと待ってよ」

「そんなの、先決すぎるわ」


美鈴は直ぐ様否定する。


誇り高き父親が所属しているのは聖断党である。


そのため、許せなかった。


「どうして?」

「美鈴も聞いたでしょう?」


「聞いたけど、もしかしたら、聖断党の方の指示じゃなくて、あいつらが勝手にやったことじゃないの?」

「そうだとしたら、聖断党は何も悪くなんか無い」


そうではなく、認められなかった。


「そうかもしれないわね」

「でも、私は、そんなの信じない」


「そんなの、おかしいわ」

「根拠はまだあがってないじゃない」


認めたくなかった。


「でもさ、公報のことあるじゃん」

「そこで嘘をつくってことはさ、知られたくないてことじゃないの」

「公報だって聖断党の方をもつだろうし」

「確かにまだ可能性はあるけど、ほぼ無いと思う」


義人が平坦な口調で現実を突きつける。


「でも、でも、確定じゃない」

「まだ、わからない、でしょ」


美鈴は、胸がいっぱいになり、溢れる。


自分の好きな父親、聖断党に裏切られたような感覚。


美鈴の中で、ほぼ確定的な証拠があることと、未だに聖断党を好きでいることが、混交し、胸がはち切れそうな思いだった。


そして、無言で藍璃と義人が、美鈴を慰めるように抱擁する。


美鈴は、更に泣きじゃくり、その場に崩れる。


泣き声だけが、湿った夜に響き渡る。


5


あぁ、やってしまった。


結局止められなかった。


もし、止めていたら。


あの坂上だとかいう刷新党員の発言は何一つ間違っていない。


有耶無耶には出来だが、将来に聖断党を破滅させるかもしれない種を植えた。


だが、それでも最善は尽くしたはずだ。


廓清委員会を予め手配させ、電話とほぼ同時突入させることで、被害を最小にした。


やはり悪運が強い。


勝手に称賛しやがる信者の声も聞かれた。


いや、いっそのことすべて殺し、全てを有耶無耶にした方が良かったか。


もう、遅い。


これからなせることをしていこう。


荒井副総裁は、心に誓った。


6


刷新党内の雰囲気は以前に比べ、張り詰めている。


党員同士の心理的距離が近く、アットホームな刷新党はない。


皆が、執務に取り組み、無念をいかにしてでも晴らそうとしている。


あれは、聖断党だ。


違いない。


その新しいビル内の誰もが確信し、復讐を決めていた。


「おはよう、みんな」

「今日もよく来てくれた」

「それじゃあ、黙祷」


みなが、目を瞑り、下を向く。


亡くなった仲間を想い、冥福を祈る。


「やめ」

「僕達は負けるわけにはいかない」

「みんなのためにも」

「やろう。成し遂げよう」


怒り、悲しみ、復讐、挑戦。


それらを抱く彼らは何よりも、強かった。


7


それは、葵が早退したときとほぼ同時刻の出来事だった。


「誰か、誰か助けてくれ」


現在の皇の叔父に当たるその人物は、悶えていた。


皇族の住む、皇殿と呼ばれる屋敷でそれは起こっていた。


「何が起きてやがる」

「一体どうなって……」


それは、呑み込んでいた。


その人物の上半身を呑み込んでいた。


それに呑み込まれた上半身は無くなった。


残るのは、下半身と、その切断面だけだった。


そして、その残骸は、約一時間後に見つかる。


8


今日は、緊急公報でお送りします。


今日昼ごろ、皇殿にて、神様の叔父に当たる、蘇藤治之安良登(そとうじのあらと)様のご遺体が発見され、見るに耐えない御姿でした。

そして、謎の破壊形跡があり、非常に異様なものだとされています。

皇殿の一部が丸々無くなっていたとのことです。

切断面が余りにも綺麗であり、人為的な物だとされています。

しかし、廓清委員会は調査を続けていますが、未だに詳細は不明です。


その事件をテレビで見ていた。


皇殿ということもあり、一切の映像が流れなかったためか、全くもって想像ができなかった。


単なる殺人だとしても、非常に不可解でしかない。


そもそも、皇族しか入れないとされる皇殿に入るなど、不可能であるからだ。


廓清委員会の皇殿に対する警備には、穴がない。


荒井副総裁は、普段耳を傾けないテレビの公報を聴いていた。


公報に出る情報など、一旦は聖断党に入るからだ。


しかし、この事件は聖断党を介さずに公報に出た。


それはつまり、それ程までに大きな事件だったということである。


疑問を抱いていると、いきなりテレビに赤井総裁が出てくる。


“えー、今回の痛ましい事件ですが、我々の所見としては、刷新党による物と見ています”


“明らかな、阿宗国、神様への侮辱を繰り返していることや、以前の集団強盗の事件の復讐ということが動機として挙げられることから、刷新党員による、犯罪だと確信しています”


荒井副総裁は、目の前の状況が掴めなかった。


赤井総裁が、この事件を、刷新党に、擦り付けた……?


笑い声。


その余りにも現実離れした言動に、明らかな諦観のようなものを抱く。


一言で言ってしまえば、無理があるというもの。


これを機に刷新党を壊滅させるつもりだろうが、そんなことはできるはずもない。


馬鹿げている、と後から出てくる怒りを抑えることに奮闘した。


「本当に、何がしたいんだ、この豚は」


”以上のことより、廓清委員会による刷新党の調査も同時に行われています‘’


荒井副総裁は、廓清委員会に対して気の毒に思っていた。


「こんなことで動かされるとは、無駄骨もいいところだ」

「だがまぁ、しかし、これもいい機会かもな」


不敵な笑みを浮かばせる。


9


同時刻、坂上総裁もまた、その公報を見ていた。


緊急公報です………。



その事件については、荒井副総裁のように、全く理解が行き届いていない。


「反乱でも起きたのか」

「いや、そんなことはないか」


蘇藤治之安良登を“見るに耐えない御姿”なんて言い方をするのだ。


そしてその内容が上半身が無いという時点で謎が深まり続ける。


その事件は両者ともに深く疑問を残した。


一方で、その後の会見では全く別の印象をもつ。



“えー、今回の痛ましい事件ですが、我々の所見としては、刷新党による物と見ています”


“明らかな、阿宗国、神様への侮辱を繰り返していることや、以前の集団強盗の事件の復讐ということが動機として挙げられることから、刷新党員による、犯罪だと確信しています”



なんだ、これは。


「何故、こんなにも」


再び、我らを貶め入れようというのか。


強盗のことから、精神衛生のよくなかった坂上総裁にとっては最悪なことだった。


怒り。


しかしながら、その怒りはそう長くは続かなかった。


「いや、流石にこれは無理があるか」

「今回の事件は異様を極めすぎている」

「流石に委員会の奴らも、刷新党を壊滅させるなど不可能なのではないだろうか」


だとすると、何故このような行動に出るのか。


あの聖断党が、かの邪智を尽くす聖断党に限ってこんな愚行は無い筈だ。


裏があるのか。


それは一体、なんだろうか。


その思考に、耽っていると、受付が走って来た。


「坂上総裁、いち早く、1階へ、降りて、下さい」


息がきれ、緊迫した様相がすぐにわかった。


「あぁ、すぐ行く」


10


降りてゆくと、以前にも見た制服をまとった人達がいた。


廓清委員会だった。


「すみません、坂上智です」


「任意で構いませんので、事情聴取をお願いできますか」


やけに腰が低い。


刷新党に対して、しっかりとへりくだるというのは、おかしい。


誰かが何かをしているとしか思えない。


「わかりました」

「ちょっと行ってくるよ。皆に伝えといて」


受付にそれだけ伝え、同行した。


とても心配そうな顔つきだった。


尤も、一番心配しているのは坂上総裁本人であることには違いなかった。


それらは、廓清委員会の公用車の中で行われた。


車内は委員会に囲まれ、いつ殺されておかしくない雰囲気だった。


そして、一つ目の質疑応答が始まる。


「ではお聴きしますが、あの蘇藤治之安良登様の事件は貴方によるものですか」


「断じて違います」


「ありがとうございました」


そう言った後、車から降りることができた。


唖然。


その事情聴取というものは、何だったのか。


たった一つの質問だけで終わった。


まるで、最初から知っていたかのようだった。


そして10分以内に刷新党本部へ戻ると、仲間が不思議そうな顔をしていた。


「坂上総裁、ですよね」


「あぁ、そうなんだが」

「ただ、僕がやったのかどうかしか聞かなかった」


「拷問とか受けませんでした?」


「本当にあの墓場には送られませんよね?」


墓場というのは、欽定局のことであり、そこでは粛清しか行われないことから、その蔑称がつけられた。


「それも無い」

「おそらく、誰かが裏で操っている」

「それが誰かとか、なんのためにとかは、わからなかったけど」


不思議な空気に包まれた。


異様な皇殿での事件と、短過ぎる事情聴取。


謎だけがその場に留まる。


11


葵は、ケータイを開く。


阿宗国には「ケータイ」が存在する。


しかし、その用途は電話とメールのみである。


そのため、ケータイはあくまで一つの通信手段である。


「何だろう」


その画面には、藍璃達が心配しているという内容のメールの他に、もう一件あった。


しかし、件名なし。内容もない。


所謂空メールだった。


その出処が何かすらもわからない。


不思議に思うと同時に、明らかな不安もあった。

もっと全体的にシーンを増やした方がいい気がする。

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