静寂
1
聖断党にありふれた電話が鳴る。
「はい、こちら聖断党広報メディア対応課です」
「どのような御用件でしょうか」
「あぁ、はい。では、担当の者をお呼びします」
「荒井副総裁」
若い女性が荒井晋太郎副総裁に後ろから声をかける。
そして副総裁は振り向き、故意に、威圧的な問答をする。
「君はどこの所属かね」
「はい、私は広報メディア対応課所属の橋本です」
「それで、一体どのような用件かな」
「はい、伍5皇校の生徒による党訪問の件です」
「わかった、こちらに回してくれ」
自分の威圧に全く動じない目の前の職員に驚きつつも、適切な対応をしていく。
「はい、こちら聖断党副総裁の荒井です」
“いつもお世話になります。訪問の件ですが、よろしいでしょうか”
「もちろんですとも。我が学舎であった伍5皇校の頼みですし、毎度のことですから」
“あはは、そうでしたか。では宜しくお願いします。詳細は後ほどFAXにて”
「はい、ありがとうございます。今後ともお願いします」
その10分後に詳細が届く。
総合人数や、全班数には相変わらず変化はない。
この国なら当たり前か、と副総裁は安堵する。
だが、しかし、明らかにおかしい点が一箇所だけあった。
訪問する班数と、全班数に「1」差が出ていた。
それが本当であれば、かなり問題であった。
そのため、矢継ぎ早に副総裁は間違いがないかの確認の文書を橋本に送らせる。
返答までの数分間が何時間にも感じられた。
しかし、その返答には、何も間違いはないとされ、副総裁は忸怩たる思いで押し潰されそうになった。
「まずい。このままでは……」
そう思った副党首は踵を返し、できるだけの策を講じることした。
2
あれは一報だった。
刷新党総裁である坂上智は珍しくもない電話を受けようとしていた。
刷新党は人数が極端に少ないため、電話に対して、その場にいた人間が受け答えるようにしている。
そのため、党首である坂上智自身も電話の対応をする機会も多い。
また、坂上智は刷新党が、この阿宗国の皆に厭われ、蔑視されていることを熟知していた。
毎日相当数の批判やクレームの嵐である。
多い日には100本以上だ。
それ故に、此度の電話も同じものだろうと思っていた。
批判やクレームなどであれば、テンプレに沿って返答するだけだ。
しかし、現実は違った。
“どうも。伍5皇校の者です。後日、そちらの党へ生徒が訪問者しにいきますが”
明らかに口調は見下していた。
しかし、内容は全くもって今までのものとは違った。
驚きが隠せず、もう一度聞こうとした。
“いいでしょうか。いいですよね。あ、文書送りますので”
だが、聞けず、押し付けられるように事が進んでしまった。
もはや敬語すらも疑問に思う程であったが、それ以上に、訪問する生徒が居ることが気になって仕方がなかった。
そして、送られてきた文書は、虚構などではなく現実だと解らせるに十分だった。
「たったの1つの班か、しかし、これは大きな一歩かもしれないな」
近くにいた党員に伝えると、感嘆の声を漏らした。
「凄いですね、坂上党首」
紛れもない喜びだった。
3
このままではまずい。
とても、とても、まずい。
副総裁は、ある極秘の作戦を急遽延期にしなければいけなくなった。
その作戦とは、党の信者を部隊として、刷新党に送り込むものだ。
そして殺し、不幸であったと有耶無耶にすることだ。
以前であれば、何も中止などしないのだが、その日は運悪く伍5皇校の生徒が刷新党へ訪問するというのだ。
それは、文書を見れば一目瞭然であった。
1つの班が聖断党には来ないということは、その班が別のところに行くということ。
また、政党は聖断党以外には1つしかない。
かの邪悪な刷新党しか選択肢はない。
見られては、いけない。
信者というのは、皇を讃えるという体制に賛成し、その引率である聖断党を崇める人達である。
さらに、その中には過激派まで存在し、刷新党へ駆け込みをする者もいた。
それを聖断党が利用し、刷新党を壊滅させようとしたのが目的だった。
信者は忠誠のようなものがあり、皆が聖断党員になりたがっている。
それ故に、聖断党からの頼みであれば、断ることなどの出来もしないのだ。
その事から金のかからない駒として使われた。
一方、暗殺者であれば、金は大量にかかっても、話題にならずに、確実に殺めることができる。
しかし。
信者は基本的に脳が無く、ただ突っ込むだけだ。
その事から生徒を気にせず正面突破をするはずであり、生徒に見つからないわけがない。
であるならば、日にちを変え、そこで突入させればよいのである。
まずは、聖断党の総裁に直接掛け合う。
「赤井総裁」
「あぁ、荒井くんか。どうかした?」
「例の作戦を、延期にして頂けませんか」
「うーん。それは困るなぁ。でも急にどうして」
「その日に伍5皇校の生徒が刷新党に訪問するんです」
「もし目撃されれば、いくら支持率が高いとはいえ、損傷となるに違いありません」
「でも、その日以外あの人達できないらしいんだけど」
いくら信者とはいえ、信者である前に労働者であるのだ。
そのために、休むなどという行為は非常に憚れるものである。
聖断党はその合間を縫って突撃させようとしていた。
「では中止にさせてください」
「それは流石に……みんなの了承が得られないと」
これでは、本当に痛手になってしまう。
その焦りは尋常ではなかった。
「了承か、ならば」
そして、強硬手段として緊急総会を開いた。
緊急総会は滅多にないため、総会に集まった人は皆、動揺を隠せないでいた。
「本日はありがとうございます」
「早急に議決を採る必要のある議題ができましたので」
「緊急総会を開会させて頂きました」
ざわめきが立ったが、そのまま続けた。
「……以上のことから、早急にこの任務を中止にすべきです」
「ちょっといいかな荒井副総裁」
手を挙げたのは、この作戦の立案者である多田総裁顧問だった。
「そもそも、この作戦自体元から有耶無耶にするものだろう」
「他の誰かに見られたところで、結局は変わらないでしょう」
嫌味な顔を副総裁に向け、論破したり、と笑みを浮かべている。
その言葉に副総裁以外の全員が拍手をし、強い同意を示す。
それでも副総裁は、それには異議あり、と冷静に弁舌をふるう。
「それについても先程説明した通り、党の信者だけの場合です」
「元より刷新党へ訪問する時点で、我が党よりも優先しているということです」
「そんな彼らがテロ紛いの物を見てしまっては、何が起こるかわかりません。将来のリスクを作ってはいけないのです」
しかし、その発言には皆が顔をしかめた。
すると議長が切り出す。
「それだけかね、荒井くん」
副総裁はこの時点で察していた。
「はい、以上です」
「では、一応決を採ります」
「賛成の方はご起立願います」
副総裁は、意志を曲げずに起立した。
しかし、それだけだった。
だれも、立たず、腫れ物を見るような目で副総裁を睨む。
「以上の票数が過半数に到達しなかったため、この議案を否決とする」
「では、解散」
その言葉により、全員が愚痴を言いたげな顔で副総裁へ目線を飛ばす。
そして、その会議室に誰もいなくなったところで、副党首は壁に穴が開くほど強く叩く。
「くそっ、こんな事があってたまるか」
「たった一度のミスが何を起こすかもわからない」
「なぜそんなことが伝わらない」
「何故だ……何故なんだ」
副総裁は、この任務について諦観と、強い悔恨を残した。
4
葵達は、これから党への訪問をするところであった。
聖断党行のバスには多くの生徒が乗っている。
先生も当然ながらである。
一方で、刷新党行の班にはバスすらもなく、自力で交通機関を使用して行かなければならなかった。
更に、教師すらも配属されなかったことは、葵達全員が不信に思ったが、口にはしなかった。
教師は葵達に向かって、例外の事があったから、としか説明をしなかった。
「なぁ、葵、いくら何でもこりゃ酷いよな」
「私も同感だわ」
義人の意見に美鈴も賛同する。
しかし、あまり声を聞かれたくはないため、小声で話している。
「うん、流石に僕もおかしいとは思うよ」
「でも、どうにかできるわけでもないんだ」
「まったく、困ったものね」
美鈴は呆れていた。
「ま、しゃーなし。行こうか」
しかし、それに反し義人は、どこか気分が良さそうであった。
周りとは違うことをしていることに何かしらの優越感を感じていた。
だが、それよりも大きな要因は、葵達以外の班が全員バスで行ってしまったことにあった。
その結果、義人が普段乗らない国営バス乗ることができるからだった。
国営バスはこの阿宗国を移動する手段の一つである。
碁盤の目のような国に対し、碁盤の目のようにバスの路線が張り巡らせている。
1km毎に縦と横に配置され、路線の数は198本。
1時間に四本という割合でバスが来る。
また、駅も1km毎に配備され、路線と路線の交差する場所にあるため、乗換が容易になっていた。
「では、5時間後にこの皇校に着くようにしてください」
先生の無責任な発言に全員が怒りを感じた。
しかし、どうすることもできない無力さを痛感したのだった。
バスに乗り込む。
その車内には前方に人が10人程度固まっているだけで、難なく座る事ができた。
4人は対面座席に座る。
「ねぇ、あの気色の悪い団体はなんなの。まるでアリね」
早々に藍璃が感想を述べる。
しかし。
「うーん、否定できないのが悔しいな」
その集団は統一して黒い服を着ているのが後部座席からでもわかる。
「なんか、本当に危なさそうね」
「いかにも悪さをしそう。鳥肌立ってきた」
美鈴が厭悪したように身震いをする。
「僕達と別の所で降りてくれるとありがたいね」
そう葵が言うと、降りるべきバス停が近づいてくる。
義人がボタンを押す前に、「とまります」と書かれたランプが点灯した。
すると義人が残念そうな顔をする。
「誰が押した」
若干拗ねている。
「僕じゃない」
「私でもない」
「違う」
だが、誰も押していなかった。
即ちそれは、望まぬ事の知らせだった。
それを悟った時、誰もが落胆してしまった。
そして泣く泣くその団体と共に降車した。
ここまでで、およそ1時間かけ、刷新党本部と思しき建物へ着く。
「思った以上に汚らしいわ」
藍璃が毒を吐く。
しかし、それすらも妥当だと思わせるに十分だった。
本当に廃ビルと見間違う程の代物であったのだ。
「でも、地図にはここで合ってる筈なんだけど」
するとビルのドアから人が出てきた。
「やあ、君達が伍5皇校の生徒かな」
「はい、そうです」
「君達か……来てくれて嬉しいよ。さぁ、入って」
その人はまだ30代半ばという位で、如何にも善人な感じがした。
また、それと同時に感極まっているのが伝わった。
入っていくと、思いの外掃除だけはしっかりと行っているのが伝わる。
それでも、消えかかった蛍光灯などが放置されていたため、あまり居心地が良いとは感じなかった。
そして案内されるままに、部屋に入る。
どうやらこの案内をした人が質疑応答の相手であった。
「改めまして、僕が刷新党党首の坂上智です。宜しくお願いします」
5
挨拶をすると、坂上総裁は名刺を配る。
「「「「宜しくお願いします」」」」
そして、質疑応答が始まる。
本来、聖断党であれば、党の説明などを党側が行うものであった。
だが、刷新党へ行く者はたったの4人しかいなかったために、直接質問をすることが出来た。
「僕が答えられることなら出来るだけ答えるよ」
質問をするのは班長である葵だ。
「ありがとうございます。では最初の質問ですが、何故この刷新党を設立したのですか?」
「いきなり核心をつくなぁ」
「そうだね、この国を変えたいて思ったからかな」
「僕はあまりこの国を好きになれない」
「束縛だらけなんておかしいと思わないかい?」
……
「次の質問ですが、どうして周りに厭われるような、政策や標語を掲げているのでしょうか」
「別に嫌われたいなんか思ってはいない」
「ただ、曲げちゃだめだと思うんだ」
「こんな事をすると左翼だなんていっつも言われるけどね」
……
「最後の質問ですが、この刷新党がもっとも大切にしているこだわりは何ですか」
「うーん。多分それはね…」
爆音。
坂上総裁が言いかけた瞬間に空気が震えた。
「何だ!?」
次第に、音が上がってくるのがわかった。
大勢で階段を走りながら登っている。
銃声が轟く。
さらに下から悲鳴も聞こえ、葵達は全員、身が竦んでしまった。
「何よ、これ」
「何が起こってんだ」
しかし、聞こえるものは悲鳴だけではなかった。
下の階層にいる集団の声だった。
さらに上がってくる。
坂上総裁はとっさの判断で廓清委員会に電話をし、伝える。
「恐らく、数分で廓清委員会は来ると思う」
「突然こんなことが起きるなんて、信じられない」
その目には悲嘆というよりは、怒りが浮かんでいた。
徐々に声が大きくなる。
そして聞き取れるまで近づいて着た。
“神様に栄光あれ!聖断党に栄光あれ!”
その内容は偈頌に似ていた。
それと同時に、葵、藍璃、義人、美鈴、全員の頭にある予感が過ぎった。
あのバスにいた集団なのではと、直感で全員がそう感じたが、誰も口には出さなかった。
だが、そうではなく、出せなかった。
恐怖というもので押さえつけられてしまった。
さらに、悲鳴が聞こえる。
だが、それに伴ってあの皇と聖断党を賛美する声が減っていく。
銃声がさらに多くなる。
銃殺されているのを誰もが感じた
ものの数十秒後には音がしなくなった。
6
葵達のいる階層に来たのは、黒い服を着た集団ではなく、廓清委員会だった。
「このビルから退去してください」
そう言われるままに階段を降りる。
階段には多くの血痕が飛び散り、悲惨だった。
ビルの外では、強盗をしたと見られる人が10名横たわっていた。
全員が致命的な部分から血が出ていた。
即死だったのだろう。
その様子は葵達には刺激が強すぎた。
義人と美鈴はトイレに駆け込んでしまった。
その場を汚さない配慮だった。
「藍璃、あれって」
「そうね」
その死体は見覚えのある集団だった。
バスにいた、あの黒い服を着た集団。
葵達と同じ駅で降りていたのだから、近くにいたと思うと、震え上がった。
「彦野さん!」
次の瞬間、坂上総裁が別の身体に近づき、涙を浮かべる。
「そんな、彦野さんが、どうして」
それは、黒い服を着ていなかった。
その彦野という男は、刷新党職員であった。
つまり、被害者だった。
坂上総裁は悲しみと怒りのどちらも抱いた顔になっていた。
そして、葵と藍璃の方を向いて、謝罪をする。
「ごめん。まさかこんなことになるとは」
「もっと、ビルの警備に予算を使っていれば」
「巻き込んでしまって悪かった」
「そんなに謝らないでください」
「坂上さんが悪い訳じゃありません」
必死に葵が擁護するも、あまり効き目は無かった。
学校に帰るときには全員が消沈していた。
7
今日の公報です。
本日午後2時ごろ、肆3町にある刷新党本部のビルに、集団の強盗がありました。全員が黒い服を着ており、現行犯として、廓清委員会により射殺されました。
また、刷新党員が一人死亡しました。
テレビをつけると、今日の出来事が公報で大きく報道されていた。
あの事件の後、廓清委員会からの調査を引き受け、その時の状況を覚えている限り説明した。
爆音の後に階段から上がってきた事。
悲鳴が聴こえたこと。
そして、あの賛美の声の事。
その事を聞いた瞬間、どこか廓清委員会の人が困ったような素振りをした。
さらにそれは、公報では伝えられなかった。
その公報では刷新党員の被害を最後にほんの少しだけ流しただけだった。
明らかな軽視だと葵は憤慨した。
この事件を見ていた葵の母親は、どこかもったいなさげな顔をする。
「どうせなら刷新党全部やっちゃえばよかったのに」
葵はぞっとした。
自分と自分の母親に余りにも乖離していたことに。
葵は自分と、阿宗国には決定的な齟齬があると、確信した。
ありがとうございました。
廓清です。