プロローグ
1
鐘が鳴る。
その鐘は、音楽とは程遠く、ただ一つの音を一定の間隔で刻むだけのものだ。
しかし、その鐘は生徒の著しい緊張を解くのに十分な効力を持つ。
そしてその鐘と同時に、霧島葵は伸びをする。
「やっと今日の分が終わったよ」
一日に12時間も授業があり、その疲れはかなり大きい。
今日もその義務を終えたことで、生徒達は各々が自由な行動をとることができる。
「お疲れ」
葵の独り言に峰岸 藍璃は淡白に返す。
「うん、お疲れ」
「どうしたの、そんなゴミムシみたいな顔をして。それともそれが普通?」
「うーん、ちょっと考え事かな」
「あとゴミムシみたいな顔って何なんですか」
「そう」
無関心である。
そう、これが峰岸藍璃だ。
黒髪のショート。
顔立ちは非常に整っている一方で、攻撃的にも感じる。
また、目を見開くことは殆ど無く、下に開くだけだ。
そして、放たれる言葉は毒の割合が高い。
しかし、それが本人の自覚でないのが恐ろしい。
本人曰く、客観的な意見を述べているだけだという。
そして葵が相変わらずの藍璃に参っていると、遠くから呼ぶ声がする。
「おーっす」
走って着たその声の主は佐藤義人だ。
茶色がかった髪と天然パーマが特徴的だ。
いつも笑顔を振りまいている。
別の言い方をすれば、ヘラヘラしているとも言える
そして、その後ろには、ウンザリしたように首を横に振る一人の少女もいた。
「お疲れ」
西城美鈴だ。
どこか上からな口調になっているのは癖で、これもまた本人の自覚がないのが恐い。
親が現議員で、家が相当な裕福層の人間故なのかもしれない。
「まったく、義人は鐘が鳴ったら直に走り出すんだから」
呆れたように、下ろした髪を手ですくいながら言う。
そして、4人は今日もまた、家路につく。
この4人が通っている「皇校」に集まるのは、周辺地区の子供たちだ。
6歳から15歳まで、1年生から9年生まであり、強制的に皇校へ行かなければならない。
おもに、100km×100kmの阿宗国と呼ばれる国を、南北に拾、東西に10の正方形に別れた中で、上から5番目、左から5番目に位置する街の子供たちだ。
街の名前はそのまま伍5町とされ、一律で10km✕10kmの正方形である。
「どうしたの?葵さっきから機嫌悪そうだけど、何か悪いことでもあった?」
思考に耽っていた葵が、慌てて答える。
「何もないよ、ちょっと考え事だよ」
しかし、美鈴にとっては自分が無視されたように感じてしまったのだ。
「言ってみなさいよ」
美鈴の口調に拍車がかかり、脅迫じみた言葉になる。
その言葉に負け、思わず葵も口を開いてしまう。
「あっ、えーと、とても偉いあの人なんだけどさ」
「とても偉い人じゃなくて、神様なの!」
神様と呼ばれるのはこの国、阿宗国の皇である阿宗玄右慈来之賦儀、ただその人のことを指す。
皇は現人神であるとされ、名前が長いために神様とも呼ばれる。
「そこなんだ」
「な、なによ」
唐突に葵の表情が少し険しくなる。
そのせいか、少し美鈴がひるんでしまう。
「その神様て呼ぶのは何でだと思う?」
また口調を戻して、強気で葵を否定する。
「何よ、それ。そんなの決まってるじゃない。神様だからに決まってる」
「それじゃ、理由にならない」
「やっぱり僕はなんだか違和感を感じるんだ」
「その正体はわからない。でも…」
「あーもう聴きたくない!」
美鈴は耳を塞いで、葵の発する声を聞くまいとした。
「あ、ごめん」
義人は、その形相に呆気にとられ、口を出すことさえできなかった。
一方の藍璃は、ただ読書をしていただけだ。
そして葵は、美鈴に悪いことをしてしまったと反省し、うつむいてしまう。
その後の空気は、まさに最悪そのものであり、誰一人として声を上げようとは思わなかった。
2
学年全体が同時に行う科目に徳育がある。
この科目では主に皇の尊さや、国のあるべき姿についての総合的な学習を行う。
学年全体が一つの集団として学ぶため、学級ごとの隔てがなく、先生の目がいつもより厳しくなる。
「次の授業では実際に党のところへ行って、聞いてきましょう」
この国、阿宗国には議会ある。
その名は勅栽廟議と呼ばれ、彼らの必修科目でもある。
そこでは阿宗国に必要な事項を審議し、是非を決める。
勅栽廟議には、百ある町における、選ばれた代表者が集まる。
一つの街を一つの選挙区とし、3つの議席がある。
また、その代表者は廟議員と呼ばれ、2つの派閥のみに分かれる。
まず一つは聖断党である。
議会の開催当初に結成され、皇歴76年に開かれた第一回勅栽廟議では第一党となっていた。
その議席数は125年6月の現時点で286/300と大部分を占め、今尚最も有力である。
その考え方は、皇を神とし唯一神である皇のみを敬うというものである。
この国の体制とも相まって、支持率も高い。
一方で、それに対を成すように存在していたもう一つの党が刷新党だ。
比較的新しく参入し、110年に結成された。
議席数は同時点で14/300であり、極少数ながら、唯一の第二党である。
その考え方は、国を創るのは皇ではなく、それすらも含んだ我々国民であるというものだった。
しかし、その民主主義的な考え方は、天皇制である阿宗国においては受け入れ難く、批判の的になっていた。
このようなことを8年生から学び、知識をつける。
そしてこれから、実際にどちらかの政党に直接話を聞きに行くのである。
「では、班を作ってください」
先生がそう言いながら手を打つ。
それと同時に各々が自分の都合の良いように班員を掻き集める。
葵たちも同様に藍璃、義人、美鈴と班になった。
3
「なぁ、どこに行くか決めないか?」
義人が上目遣いで慎重に声を挙げる。
先日の喧嘩の雰囲気が未だに濃く残ってしまったのだ。
「どっちでもいい」
興味なさげに藍璃が返事をするが、肝心の二人は黙殺し続けている。
「美鈴はどうなの?」
表情を崩さずそれとなく聞くが、対面にいる義人は、それはまずいと言わんばかりに首を振っていた。
「聖断党以外にあるの?」
投げやりな返答だった。
如何にも激怒していることがわかる。
また何かがあれば、その火山の噴火は一目瞭然だった。
それに反し、一触即発な状況にもかかわらず、意地を張る少年がいた。
「それじゃだめなんだ」
普段温厚で、自分の意見を押し通そうとしない葵が、珍しく断固として意見を変えないのも、また問題の一つであった。
沈黙。
空気の凍てついた様子がそこの班にだけ漂っていた。
「じゃ、じゃあさ」
そう言って取り出したのは2枚の紙だった。
「クジで決めよう」
「2枚のうち一つは下の部分に赤い印がついているから、それぞれがひいて、印があった方の言うことを聞く」
「それでいいと思う」
義人の提案に藍璃も賛同し、二人はそこで妥協を強いられた。
しかしながら、両者が嫌悪を示していたのは言うまでもない。
「「いっせーの」」
結果、葵が赤の印の紙を引いた。
見るからに落ち込んだ様子の藍璃だったが、急に困ったように笑いだした。
「なんかこんなことで意地張るのが馬鹿みたいに思えてきた」
「それにしても珍しいわね、ここまで葵が怒るのも、ムキになるのも」
先程までの剣幕を一蹴し、一気に雰囲気が緩和された。
「ご、ごめん、でも、これだけはどうしても、譲れなかったんだ」
「ふうん。ま、いいわ、今回のことは水に流しましょ」
「でも、もし神様のことを少しでも、ほんの少しでも悪いように言ったら今度は、本当に許さないからね」
すこし表情を強張らせたが、直に元の顔に戻った。
「わかったよ。約束する」
そうして、葵達の班は刷新党に訪問することとなった。
葵は刷新党を訪問することに意気込んでいた。
だが、それと同時に罪悪感も感じていた。
そうしたことから、葵が班長を務めるのは必然であった。
そして班の代表が訪問先を伝えると、先生が顔をしかめ、諭すように話しかける。
「ほんとに、刷新党でいいの?」
「建物は汚いし、何よりあまり実りがないと思うんだけどなぁ」
「それに引き換え聖断党は……」
明らかに刷新党を忌み嫌い、聖断党に行かせたいのが伝わる。
「いえ、大丈夫です」
葵は一言きっぱりと言い切り、先生は不承不承ながらも、名簿に記入した。
その名簿をこっそりと覗くと、葵の班だけが聖断党に行かないことがひと目でわかった。
4
今日の公報です。
昨日、参2町の食量販店にてあった食い逃げの犯人、阿部 真哉が廓清委員会に捕まり、今日未明、欽定局に送検されました。
そして本日欽定局からの断罪が行われ、粛清が確定しました。
葵がテレビをつけると、目の前に映像が映し出される。
チャンネルは1つしかなく、偈頌と呼ばれる皇を讃える何かか、公報しか映し出されない。
何故か両親は偈頌を見て、毎回喜んでいた。
そしてその公報の中身は、数年前であれば全くもって意味不明だったのだろう。
しかしながら、徳育をある程度学んだ今の葵にとっては、わからないことなど、テレビの公報においては無いも同然である。
廓清委員会。
それは阿宗国の絶対的な法である、神国典範を犯した犯罪者を確保し、取調べ、欽定局へ送る機関である。
この阿宗国の平和と安全を守り、愚者を廓清することが目的、と教科書には書いてある。
欽定局。
廓清委員会から送られた犯罪者に量刑を決め、刑罰を与える機関である。
神国典範に則り、公正な判決をしている、と教科書には書いてある。
粛清。
もっとも重い刑罰であり、欽定局の局員に斬首されるものだ。
葵は、初めてこのことを知った時、今までの公報のほぼが粛清だったことに対して、強烈な吐き気を覚えた。
しかし、それと同時に、さらに強烈な疑問が浮かび上がってしまったのだ。
周りの人は全員、粛清という無惨な行為を適正だと考えている。
それ故にこの国では、葵は少数派の人であることを痛感した。
そして、やるせない気持ちになった葵は、テレビを消す。
見ていられない。
ただそう強く感じた。
おかしい。
絶対にどこか。
疑問に思うことは、そこに収束した。
しかし思えば思うほど、疎外感に苛んだ。
そしてふと、あの美鈴の苦笑いのような笑みを思い出すと、心苦しくなってしまった。
初めてしっかりと連載という形のミステリー(なはず)をやってみたかったので、やってみました。
しっかりと最後までできるか不安定ですが、なんとか、やっていこうと思います。
拙い文章ですが、どうか暖かい目で見守って頂けると幸いです。(・ω・)ノシ