第二話【2010:深見結城】I
綺麗な星空だった。
唯真暗の帳に白い光が点々としているだけの夜空ではなく、
青色や、赤色を帯びた藍色の天井に、煌めく砂粒の散りばめられたような……。
「こんなに綺麗な空、生まれてこの方見た事が無いよ」
思わず少年……否。
今はコタローという名前を与えられた少年は言葉を漏らした。
「そういう記憶はちゃんとあるんだ」
サツキも思わず思った事をずけずけ言った。
「そうか、今の僕の記憶は……アテにならないんだった」
「あっ、ごめ……でも、そんな風に感じるくらい、綺麗な空って事だよね!」
「非論理的な事を想起させてしまうなんて、本当に申し訳ない。然し……まあ、この星空の美しさに免じ
「あー、別にそういうの良いから」
そうかい? 僕は3秒に1回お世辞を言われないと不安になってしまうけどな」
「流石にそこまでは……ない、かな」
苦笑するサツキの目には今、何となく見え始めていた。
自らがコタローと名付けたこの少年の言っていた[40過ぎのハゲオヤジ]の姿が。
確かに今目の前にいるのは少年だ。
しかし、その話し振りや、動作、ボキャブラリーの質は、どう考えても10代そこらの男の子のモノではない。
初めは不気味さを感じていたが、慣れというものは恐ろしい。
今はどこか皮肉っぽい喋り方をする頼りないオッサンのように思えて、少しだけ憐れみと親しみを覚えた。
ただ、それは少しだけの憐れみと親しみであって、
それ以上でも以下でもなかった。
「ちょっと? おーい! 聞いてるー?」
「えっ? あ、ごめん。考え事してました」
「……何で敬語?」
「ああいや、えーっと……もし、コタロー君の言う通りさ、40過ぎのハゲオヤジなんだったら、私は年下だからさ、……何ていうか、こう、ね? 年下からタメで話されるのは、イラつかない?」
「別に気にしないし寧ろ敬語で喋られると距離置かれてるみたいでイヤだからタメで喋ってよ」
「ごめん」
「でも気持ちはとても嬉しかったよ。40数年生きてきて、まあー誰からも尊敬とか憧れとかは向けられなかったからね」
「家族とかはいなかったの?」
「……っていうか自分で言ってて今怖くなったんだけど、何で記憶が全然ないのにさっきみたいなこと自信満々で言えたんだろうか」
「うーん。[40年生きてきた]記憶はあるけど、その中身が無いって感じ?」
「あんまり考えない方が良いのかもしれない。自我が崩壊とかしたら洒落にならないからな」
「それじゃ何か別の事考えたりとかしよう。例えば……そうだ、
さっき起動してた聖体の能力、私は[人工物の破壊]なのかな? って思ったんだけど、そうなると私も新政府軍の奴等もみんな素っ裸になってる筈だよね?
でも実際に砂になって消えたのはトランシーバー、重機、武装火器、それから……私の手と脚に填まってた機械だけだった。
聖体にも影響が無かったし、何かの条件があって、それに該当する物は除外されるのかな?」
「うーん……」
コタローはサツキの問いを受けて、暫くの間だけ額へ人差し指の背を当て俯いていたが、
「何らかの設定で[有機物に接している機械ではない無機物]並びに[聖体]が破壊出来ないようになっているんだと思う。考えられるのは2パターンだ。1つは
このコマンド実行の際に何かしらのセーフティ機能が作動している。
もう一つは
この聖体と呼ばれるオーバーテクノロジーマシンはロボット三原則に基づいた設計が為されている」
あっさりと答えを仮定した。
まるで記憶を失っているようには思えないほど具体的に、そして明瞭に。
「ロボット三原則……えーっと、人間を信じない信じさせない持ち込まな「それは非核三原則ですらないぞ」あれ? ……何でしたっけ?」
「簡潔にまとめるとするなら、殺人並びに自殺禁止の約束事、ってとこだ。基本的には自律型ロボットに対して適用される想定で大昔のSF作家が作った原則だが、僕の元いた世界では家電やプログラムにも応用できると考えられていた。……と謂う事は知識として覚えているらしい。これはどういう事だろうか。砂嵐の中に入ると記憶が完全に消えてしまうのが普通なんだよな?」
首を傾げるコタローだったが、
「完全に記憶が消えきらないパターンもあるみたいだから別に変な事じゃないよ」「そんないい加減な……」
あまり壮大な謎でもなかった為に、肩に入っていた力が星空の果てへと吸い込まれていってしまった。
「で、話を元に戻そう。恐らく、そのどちらかである事によって、コレは現時点では[人間の肌に触れている機械ではない人工物]を消す事が出来ない状態になっているのは確かだ。とすれば……あまり考えたくない話だが、前者であった場合、そのセーフティ機能を何らかの形でオフに出来てしまえば[人工物]に対する定義は非常に曖昧性が高くなる。つまり」
「……一瞬で、無数の人間を消し去る事が出来る、実質的な大量、殺……り」
言葉を詰まりつまり紡ぐサツキの前で、コタローは開いた両手を突き出し、首を横に振った。
「さて、他に何か訊きたい事ある? 僕が覚えている範囲でならどんどん答えてあげようじゃないか」
そして、先程のやり取りなど、まるで無かったかのように振舞うコタローへ、
「じゃあ私からも一つ良い?」
女の声で質問が割って入った。
「どうぞ……って、アレ?」
サツキの声にしては少し違和感を感じたコタローだったが、
「全身を聖体エネルギーの通ったプロテクターで覆ってる人間を無力化する手段ってあるの?」
二人でキョトンとした顔を向け合って、漸く[敵襲]だと気がついた。