第四話【0031:帝國】E
「彼女?」
それは明らかに[有り得ない質問をしている]事に対する疑問のようだった。
そうコタローが直感したのと同時に、黒田は突如「……彼女だと!?」異常なまでに激昂し始めた。
「な……どうしたんですか、急に……?」
「リンめ! 御言くんを子供の姿に変えて! あまつさえ記憶の中の自分の姿を人間に改竄しただと!? 何としてでも、この世界を元には戻させないつもりか!? ……おのれ、あのマッドエモーションロボットめ!」
「改竄……?」
コタローは思考を張り巡らせる。
黒田が何を言っているのか理解するために。
今までに聞いた全ての情報を点として捉え、様々な線の引き方を試行して……、
繋がったのは三つ。
[公私ともに人間関係に恵まれなかった挙句、最後に信じた相手は失敗作]
[お願い、私だけは信じて……御言……]
そして……、
[なんで無えんだ! リンを作った記憶も! リンを第一助手にした記憶も! 俺をクビにした記憶も! どういう了見で俺をロボットごとき以下って見下した!]
……。
「なるほど。今のあなたの言葉で、すべて理解できました」
「何? どういう事だね?」
「僕の改竄された記憶と砂嵐の事故の真実、それからどうやって世界を元に戻すかの方法です」
「……聞かせてもらおう。私は無意味に怒り狂ったり絶望したりするのは趣味じゃないからね」
「先ずは、改竄された記憶から。
僕は恋人……いや、それはないか。友人の[赤い服の女性研究者]が何らかの事故によって起動してしまった聖体を止めようとして、起動中の聖体をバラバラに分解する事で強制的に停止させた。ただ、正常な止め方じゃなかったせいで砂嵐は起点から半径1000キロ近くに残り、僕は砂嵐に吹き上げられたトラックに一度潰された影響なのかこんな姿に、記憶もあやふやになってしまった。
そしてここからは、正しい記憶。
さっき話した[女性研究者]の正体は……人間じゃない。
[リン]。僕が襟弩をクビにしたあと助手にする為に作らせた、僕の言う事すべてに忠実に従うロボットだ。多分……襟弩の前にも色んな人間を助手にしてきたけど、誰とも人間性が合わなくて嫌になったから、自分の性格と完全に一致する感性、価値観、性格をインプットした、僕の言う事を何でも聞く、汎用人工知能を搭載したロボットを助手にと頼んだのだろう。
ところが……汎用人工知能は一般的に、まだ実現には程遠い段階。何らかの不具合が生じた結果、リンは暴走し、聖体を使って世界を滅ぼそうとした」
コタローの話を聞き、固唾を呑んだ黒田。
「私は今、改めて君が恐ろしいと思っているよ。何故、記憶が改竄されたのにそこまですべて、まるで見てきたかのように話せるんだね? ホントに私の事、おちょくってないんだね?」
「ええ。ここまで情報が出そろえば、大体察しはつきますよ。だけど」
「だけど?」
「この記憶が真実だとすれば、不可解なのは、何故リンが途中で聖体を無理矢理分解してまで初期化を止めたのか」
「どういう事だね? 君が止めたのでは?」
「砂嵐で起きるのは[記憶喪失]であって[記憶の改竄]や[容姿の変化]じゃないからです。それは僕自身、山ほどサンプルを見てきたから理解しています。特にロボットだった存在の記憶を人間に置き換えるなんて、意図的な操作が無ければ有り得ない。恐らくトラックに潰された記憶も、容姿を変えた犯人について考えさせるのを避ける為のブラフ。
事故の状況下で僕の容姿と記憶を書き換える事が出来たのは、リンだけ。となれば、
僕はリンが起動した聖体を止めるのに失敗し、記憶と姿を変えられた。だがリンは何故か途中でかなり強引な手段で初期化を止め、世界の崩壊は中途半端な所で止まったままになった。
そう考えるのが、自然じゃないですか?」
真剣に、固唾を呑んで聞き入っていた黒田は、なるほど、と深く頷いた。
「では一体どうして、リンは砂嵐を止めてしまったのだろうね?」
「それは流石に……」
「それなら、実際に訊いてみよるとしよう」
「へ……?」
言うが否や、
「うわっ!」「どこか適当なところを掴んでおくんだ、例えば床とか」
黒田の椅子からエレベーター前までの床一直線が、下へと降り始める。
「これは……」
下降していく床から見えた下の様子は、真っ暗な中に何かがゴチャゴチャと散乱している様子だった。
複雑な機械や、アンティーク的な家具、その他様々な物品が並ぶ中……、
意味ありげにソファの足下に置かれた、一体の機能の停止している赤いロボットが目に入った。
ズン、と機械の止まる轟音が響き、二人は真っ暗な部屋の中、赤いロボットの方へ目をやる。
「アレが[リン]ですか。でも、どうやって持ち出せたんです? 初期化は中断されたとはいえ、研究所は砂嵐でロクに物も持ち出せない状態だったでしょうに」
「えーと……襟弩くんと私で、どうにかやったんだよ! まあ細かい事は兎も角だ!」
黒田へ疑いの目を向けたが、これ以上余計な事を言うつもりはないらしい。
……更に何かを隠している事は容易に想像できたが、この世界の真実については大方分かったのでコタローは不問とした。
「電源を入れれば、リンは再び息を吹き返す」
そうは言いながらも、黒田は一切触れようとしない。
「……もうちょっと何も出来なくしてからの方がいいんじゃないですか?」
「拘束は無意味だ。リンは聖体の管理者権限を持っているから、意識を取り戻した瞬間にすべての聖体をネットワーク経由で同期させて、あらゆる障害を分解するだろう」
「そうなると、何らかの判断処理の方向で聖体を使えなくさせるのが良さそうですね」
「流石は御言くんだ。やっぱり君なら理解してくれると思っていたよ」
「へっ?」
黒田の言葉の意図が分からず、顔を上げたコタローの眼前にあったのは、
「……なるほど。だから[記憶は要らない]って訳ですか」
銃口。
「何故だか知らないがリンは君の事をいたく気に入っていたんでね。悪いが少しだけ、協力してくれないかね?」
「そんなオモチャ、一瞬で砂にされてお終いですよ。向こうにもバレバレでしょうし。意味あると思ってるんですか?」
「珍しく察しが悪いんじゃないかね? 私がそんな事も分からないで、こんな事をするとでも?」
「まさか……」
黒田がジャケットをめくり、ズボンのベルトに引っ掛けている機械を見せる。
それは……何かの装置のようだった。
複雑な図形を幾重にも組み合わせたような形をしたオブジェのようだが……その形の中には、コタローも見覚えのある丸い画面や、パソコンのメインメモリのような形状のナニカ、結城や双五の履いていたブーツのようなものが組み込まれていた。
一つコタローの見てきたものと明確な違いがあるとすれば、それは、すべてがミニチュアサイズである事と、すべてが真っ黒である事だ。
「贋作聖体……? いや、襟弩のヤツとはクオリティが違う……コレ、まさか」
「一企業人として[信頼の対象]のバックアップを作っておく事は当然の義務だと私は考えている。覚えているかね? 君に与えた予算は私の資産の1/3。もう1/3を使って、聖体のプロトタイプのスペアを作っておいたんだよ」
「有り得ない! 完璧なコピーが、それも小型化まで成功している改良モデルが同時並行で作れるなんて、絶対に!」
「まあ、君や襟弩くんが想定している100%の性能は確かに有していない。だが機能を制限する事によって、実現はこうして出来た。分かるかね?」
「……何をオミットした?」
「今の君に答える義務はない」
「モノによっては本当に取り返しのつかない事になるから言ってるんだ!」
「それなら何の心配もいらんよ! 何故なら! 私以外、誰もコレを持ってないからね!」
黒田はもう、一歩も退くつもりは無いようだ。
「さあ! 私はもう、疲れたんだ……これで全部終わりにしよう! 御言くん!」
「黒田さん……あなた、相当病んでますよ」
右手に持った銃をコタローの頭に突き付けながら、黒田はリンの筐体へと左腕を伸ばし、




