第四話【0031:帝國】III
「ホイ」「んなっ!? ぐえェ!」
扉を蹴飛ばし、襟弩を扉の下敷きにした双五は、
「おい」「ひぃっ! し、知らない! 僕はこれ以上は何も! 知らないぞ! 本当だ! だから許し「おーい」……な、何だ?」
拘束台の上で慄くコタローを一瞥し、
「……ざまあねえな。[ナード]つった相手に助けられて、どういう気分だ?」
嫌味に嘲った。
「……だって、君はまさしくそんな感じだろ?」
「あっそ。じゃあな」
「ま、まあ待って! 待つんだ。せめてこの拘束を解いてから帰っても悪くないんじゃないか?」
必死の愛想笑いが、ここで彼の受けた拷問の凄惨さを感じさせた。
「マジで放って帰るならここまで来てねえんだよ」
「ひょっ……」
片手一振りで、コタローを拘束していたベルト全てを切断する。
「立てるか?」
「うーん……問題ないみたいだ。よし、行こうか」
拘束台を降り、立ち上がったコタローは、少し歪な笑顔を双五へ向けた。
聖体研から脱出した二人は、新東京市の市街地を歩く。
下手に人手の少ない道を選ぶより、こちらの方が寧ろ安全と判断しての事だった。
周囲の通行人は遠巻きに二人を見て少しばかりの小言を交わすが、それも結局は[少し物珍しいから野次馬的に目を向けている]に過ぎなく、今のところ直接の危害にはなっていない。
「いやー、危うく死ぬところだった。まさか君が助けに来るとはね。どういう風の吹き回しだい? やっぱり元隊長さんの言うことを聞きたくなったとか? 僕はいい判断だと思うよ?」
「チッ」
「そうやって自分の思い通りにならない事すべてに舌打ちなり何なりして従わせようとするの、感心しないね」
「……」
「おやおや、今度は黙り込むんだ? 何か言いたい事があるならちゃんと言葉で言わないと。人間には言葉という便利なモノがあ「うるせえ! テメエは黙ったら死ぬ生き物か何かか!? あァ!?」言っておくけどさっきから君の脅しは全く人を脅せる条件が足りていない。①声量が小さい②声の厚みが無さすぎる③要求をきちんと言語化していないので何を求めているのか分からない。寧ろ自分の情けなさを露呈しているだけだと思うよ。悪い事は言わない。やめておくんだね」
「ダレカ、タスケテクレ……」
……双五は、拷問から解放されたコタローのマシンガントークによってノイローゼになりかけていた。
「さて、小言はこんなところでいいとして」
ふとコタローは街の様子へ目配せをする。
自分が元いた世界とそっくりなようで、色々なものが抜け落ちた、不自然な街だと感じた。
まるで都市の存在ありきで、その他のモノが後から取捨選択されたかのような。
「なるほど。これが[新東京市]か。なんだかひと昔のポストアポカリプス系SF小説に出てきそうな街だな」
「そのジャンルの小説は詳しくねえけど……言いたい事は分かる。ここは記憶が残った奴等が今までの暮らしっぽい事を続ける為だけの場所だから」
「街の外の人達の方が、よっぽど健全に見えるよ」
「テメエの価値観を押し付けるな」
「まあそうだね。すまない」
「……こっちも訊きたい事がある」
何となく[話してもいい距離感]になった事を感じた双五が、今度は訊き始める。
「まあ、答えられる限りなら」
「……別にそれでいい。今までの……あの暴力学者のお嬢さんくらいしか見つけられてねえが、違法聖体所持者、特に聖体の適合者は捕獲して、人体実験を行った後に解剖して保存するって話だった。実際、お嬢さんはそうするって話で、聖体研もその方向で準備してた筈だ」
「それは僕も彼女自身から聞いていたよ」
「けど……なんかテメエの扱い、ちょっと違くねえか? 初めは問答無用の抹殺命令が出て、失敗すれば今度は生け捕りにしろってなった。で、捕まえてみれば、聖体研の所長は暴走して拷問紛いをやりやがるわ、総理が直々にテメエに会いたいと言い出すわ……まるで適合者って事よりも大事な事があるみてえに」
「それは僕も薄々感じていた。そういえば、あの襟弩とかいう子、僕の記憶の中を調べたと言っていたな。あの子から尋問を受ける前に、何度も変な機械で悪夢のようなものを見せられていたんだ。砂嵐の中で、誰かに……赤い服を着た女性に、それ以上前に進むなって言われる、変な夢を。あれが記憶を引き出す機械の影響で見せられていた、過去の記憶だとしたら……」
「何だそれ……? 他に何か思い出せねえか?」
「そういえば、最初にその赤い服の女性以外にも、声が聞こえたんだ。何て言ってたかまでは分からなかったけど、少なくとも僕よりは歳上の男の声だった」
「テメエより上じゃ範囲が広過ぎねえか?」
「あっ、そう、だな。えーと、だいたい若く見積もっても60代以上だと思う。砂嵐の中に入っていく中で、最後には聞こえなくなったんだけど」
双五の脚が、歩みを止めた。
「どうした?」
「……俺も、あんまり記憶がハッキリ残ってるワケじゃねえ。俺が覚えてるのは、あの砂嵐……聖体研の奴等は[初期化インシデント]って言ってたっけか。兎に角アレが起きる前は、今のエリアχにあった都市で機動隊の隊員をやってて、あの日、……ダメだ、名前が思い出せねえんだが、ナントカってデッケェ会社に行くように指示が来たんだ」
「この世界にも機動隊が存在したのか。それは興味深い話だが、まあ今は話を続けてくれ」
「それで、会社に着いてみれば、もう会社の敷地が全部砂嵐に巻き込まれててメチャクチャになってやがった。[中に入ったらヤバい事になる]とは聞かされてたが、兎に角砂嵐を止めないとかなりの広範囲が更地になるって話だったから、俺と、あと何人かで決死隊を組んで突撃した」
冷や汗を拭って、双五はコタローの目を覗き下ろした。
「で、俺はそこで銃で撃たれて、結局砂嵐を止められなかった。民間人の筈の、あそこの会社の社員に……日本どころかアメリカでもちょっと見ねえくらいの大口径の拳銃で撃たれた衝撃で、俺の身体は半分がこのザマになった。多分、ホローポイント……非貫通弾を使われたんだと思う。衝撃が抜けねえから、撃たれたところが全部使い物にならなくなっちまった」
「だから義体になった、って事か」
「まあそこはどうでもいいんだ。そこはどうでもよくって……」
今一度、双五は遥か上空を……新東京市庁の最上階付近を睨みつけた。
「その時、俺を撃ったのは、……俺の記憶が間違ってなかったら、襟弩だった。アイツは片手に拳銃を、もう片手に携帯を持ってたんだ。……今までは、砂嵐で記憶がバグってたんだろうって思ってたが……」
その時、大通り添いの一際大きなモニターに、ニュース映像が流れる。
「総理! 現在のエリアχの状況について一言お願いします!」「総理! 聖体研の予算について!」「総理!」「総理! ……」
「すべて本日の予算委員会で答弁しております!」
マイクに囲まれ、自棄クソ気味に怒鳴った老翁の声を聞いたコタローは、
「そうだ……この声だ……!」
思わず言葉が漏れた。
「……俺が襟弩の電話口に聞いた声も、あの声だ」
コタローは、双五の表情を覗き上げる。
何を信じればいいか、分からなくなっている顔だった。
「待て、それじゃあ情報を整理しよう!」
思い詰めての行動はロクな事がない。
コタローはそう判断し、双五の注意を自分へ向けた。
「僕が聖体研によって[夢を見せられていた]と思っていたアレは、実際には僕の記憶を呼び起こしていた。その中身は主にこうだ。
①僕は新日本政府総理から呼び止められるが、それを無視して砂嵐へと入っていった。
②砂嵐の中で、僕に「これ以上来てはいけない」と言った赤い服の女性がいた。
③彼女から注意された直後……僕は恐らく、砂嵐に吹き上げられていたトラックに押し潰されて、死んだ。
そして君が覚えている限りの情報は、コレだ。
①君は砂嵐が起きる前、エリアχに存在していた都市の機動隊員だった。
②とある企業からの通報を受けて、砂嵐を止めに行く事となった。
③ところが、君は聖体研所長に銃撃され、砂嵐を止められなかった。
④その聖体研所長は携帯電話を持っていて、その電話からは、新日本政府総理の声が聞こえた。
……ここから推理出来る真相のパターンは、そう多くない」
コタローの顔と、市庁を何度か見比べて……、
双五は、市庁へ背を向けた。
「はぁーい、新隊長さん」
そこにいたのは、襟弩だった。




