第四話【0031:帝國】I
「信じていたのに……」
陽が沈みきろうとしている砂漠は、まるで結城の心情の直喩だった。
自分が見くびっていた男へ言い放った言葉。
[そんな事も想定できなかったあなた達の方が悪いと思うけど]
信じていた男から言い放たれた言葉。
[そんな事も想定できなかった、アンタの方が悪いと思いますけど?]
で、どうする?
まだやれる?
彼を奪われて尚、出来る事なんて……、
「よし! じゃプランBにしよっか!」
「え……?」
声のする方へ目を向ける。
そこには、
まだ諦めていないエメラルド色の決意が輝いていた。
第四話【0031:帝國】
誰かの声が聞こえた。
酷い砂嵐の中……、
「……! ……!」
何かを、こちらに向かって叫んでいる声だ。
男の……それもかなり年老いた男の声だった。
もう少しで何と言っているか聞き取れそうなほど大きく聞こえるのに、何故かフィルター掛かったように全く言葉として聞き取れないその声は、どんどん遠くなってしまって、消えていった。
「御言……来ないで……御言……」
代わりに聞こえてくる声があった。
女の声に聞こえたが……やや違和感を覚える声だった。
その違和感の正体は、上手く掴めない。
「これは御言の為……止めないで……お願い、私だけは信じて……御言……」
声が、近づいてゆく。
「どうして……どうして私を、信じてくれないの」
声は、目の前から聞こえた。
「何故ですか。ミコト」
赤い服を着た女性がそう言った直後。
鈍い衝撃と共に、五感の全てが失われた。
もう何度目だろうか。
コタローは今また、束の間の現実を認識し始めた。
「……」
室内を歩き回る複数の白衣を着た人々が視界に入っても、最初にここへ連れてこられた時のような抵抗や質問責めを行う気力もなく、今は唯虚ろに瞳を動かすだけだ。
同じ夢を何度も見せられているような感覚。
それが何十回も続いていた。
「所長、こちらが……回目の抽出結果になります」
「ハァ。これ以上はどうやっても何も出てこなそうだな」
「殺処分しますか?」
「いや、まだいい。こっからはヒアリングに切り替えで。……リンが何故か人間の姿で出力されてる以上、コレの精度も疑わしいし」
そんな会話が耳に流れ込んできた事を認識した直後。
「はぁーい、白幸さん」
今までとは異なる事が起きた。
「……誰だ」
「嫌だなあ、水臭いじゃないです、かァ!」
「ひっ!」
青年がコタローを縛る拘束台を思いきり蹴りつけ、かと思えばキスでもしそうな距離まで顔を近付けてきた。
「アンタの[元]第一助手ですよ」
「元……?」
「ええそうっすよ? アンタが、俺を、クビにしたから……!」
怯えるコタローの姿に調子を良くした青年は、改めて彼の前で襟を正すと、首からぶら下げた社員証らしきものを見せびらかすように手に取った。
「コレで襟弩って読みます。まあ、記憶をすっかり無くしてるっぽいアンタが、覚えてるワケ無いでしょうけど」
「襟……弩……? わ、分からない……僕は、申し訳ないが、君の事は微塵も覚えていない。というか、人違いの線は「あるワケゃ無えだろ!」うぎぃっ……!」
コタローの頸を引っ掴んで、襟弩は頭がガクガクと大きく揺れる程の力で揺さぶる。
「テメエの脳味噌ン中の隅々までほじくり返さしてもらったんだよこっちはよォ! そしたら何も出ないでやんの! テメエの脳味噌はタケヤ味噌かァ!? 何なんだあのmp4変換しても500メガも無えしょっぺえ記憶はよォ! 」
コタローは返事をしない。
襟弩は余計に苛立って、何度も何度もコタローの頭を拘束台へ叩きつけるように頸を締め上げる。
「なんで無えんだ! リンを作った記憶も! リンを第一助手にした記憶も! 俺をクビにした記憶も! どういう了見で俺をロボットごとき以下って見下した! どうして何も覚えてねえんだテメエはあああアア!!!」
「……っと?」
コタローがあまりにも何も言い返さない事で、襟弩はやっと彼が脳震盪を起こして気絶している事に気付いた。
「チッ……こういう事を狙ってガキの姿になりやがったな? おい、次のヒアリングは15分後だ、それまでに白幸さんを起こしとけ。いいな!」
「はい……」
彼の激情を避けるように隅に立っていた白衣の男へ吐き捨てて、襟弩は部屋を去った。
「所長……社長から頼まれてる項目、何も訊いてなかったよな……」
「[リン]って何だ? 話の流れ的には[アレ]の名前みたいだったけど……誰か、所長から何か聞いてるか?」
「知らないですよ……っていうか、元第一助手って何の話してたんでしょう? そもそもの話、部門長助手なんて役職ありましたっけ?」
「実質的な立場の話をしてるんじゃないか? だって所長、初期化インシデントが起きる前は……」
一方、その頃。
サツキは結城を連れて、スワ村の外れから中心へと戻っていた。
「おお、サツキ……と、そのちっこいのは何じゃ? まーた捨て子でも拾うてきたか?」
「まあそんなとこ」
「こんな村の中まで来るのは珍しいな。どうした、メシか? 薬か?」
「いや、ちょっと神殿に」
「神殿……そうか。分かった。ワシらでも出来る事があれば、言っとくれや」
「元からアテにしてないから大丈夫ー」
「そらないよおー」
ぶっきらぼうな会話を村人達と交わしながら、ずんずん進んでゆく。
「何ていうか……サツキって、ホント表裏無いよね」
「いやー、それほどでも」
「手放しで褒めてねえよ」
「ッスー……ってとこで」
二人は目的地へ辿り着いた。




