第三話【0001:探索者】IIII
嘲る襟弩。
だが社長と呼ばれた老翁は、彼の針の筵のような言葉にいつも通りの癇癪を起こすどころか、
「……言いたい事はそれだけだな」
むしろ冷静さを取り戻した様子だった。
「それで、研究を進めるにはあと何が足りない?」
『聖体、残りの聖体全部。まあそれでも、これも何度も言ってますけど、機密を幾ら量産したところで最終的には[リン]の再起動後に詰みますよ。起きたアイツに機密の操作権限取られるのは確実として、今のレベルの複製品じゃ束になっても太刀打ち出来ませんから』
「そこの話はこの前も言った通りもう問題ない。御言くんと思しき聖体所持者を既に捕捉している。彼を人質にすれば、リンは我々に従う筈だ」
『出たでた、社長の[捕らぬ狸の皮算用]。その白幸さんっぽい人はホントに白幸さんなんすか? 仮に本物だったとして、どうして子供の姿になってるんすか? ってか、たとえ本物で、人質に取ったとして……リンが絶対に投降する確証はどこから来てるんすか』
「生憎だが、私は君とは違うんだ。絶望して錯乱するような、非生産的な事に意味を見出さない主義でね」
『バカだから絶望的な状況なのが分かってないだけなのに、モノは言いようっすねえー』
「……兎に角だ」
通話を行う前と比べて幾分か冷静さを取り戻した老翁は、瞼に重力を感じながらもスクリーンの映像を睨みつける。
「[聖体]の手配は引き続き、私が責任を持って行うぞ。それと……」
青い髪に、青い瞳の少年……の姿をした、白幸御言を、睨みつける。
「今の私は[社長]じゃない。[総理]だ。何度言ったら分かる?」
それは憎悪とも信念とも言い難い、唯々[今を続ける]為だけの自己暗示でしかなかった。
『つまんねえ事に真剣になるの、無能アピール全開って感じですね』
それを見透かしてか、或いは理解する気が無いのか。
襟弩はまたケラケラ笑いながら電話を一方的に切った。
……それから間髪入れずに、社長はまた別の場所へと電話を掛けた。
『……ハイ、諜報隊』
「私だ。何故[元]隊長を逃がした?」
社長の問いに、電話の相手は静かに、陰気な笑い声を上げた。
社長はいよいよ項垂れ、頭を抱え始める。
『総理ィ……、例えばです。フレンチのコース料理で、いきなりステー「御託はいいんだよ! 君がすべき事は、最低でも[こちらの手持ちの聖体を減らさない事]だ! それ以外はどうでもいい! 分かったかね!?」アッ……ハイッ……スイヤセン……シツレイシヤス……』
電話の相手、諜報部隊の新隊長となった双五は、逃げるように電話を切った。
……待機していた隊員達の間に、気まずい空気が流れた。
「……双五、大丈夫だよ。多分、双五と電話する前に、また聖体研の所長にイジメられてたんだと思うよ」
「それな。あそこの所長と隊長、キャラ被ってるし。俺だって陰キャ二連続はウンザリするし」
「それは違うだろ。隊長は真面目なだけで、別に聖体研の所長みたいな陰湿な喋り型しないじゃん。副隊長はちょっと似てるかなって思うけど……」
「いやだから……今言ってるのはそっちの隊長で……もーめんどくさいなー、誰だよクーデターするとか言い出したのヒョッ!?」
ダガーナイフが頬を掠め、自分の頭のすぐ横の壁に突き刺さった隊員は、無駄口を後悔し、竦み上がる。
「……そろそろ真面目にやるか。電池」
「……へ?」
「義体のバッテリーだよ!」
「あっ、ご、ごめん! はい!」
義体用バッテリーを引っ手繰られた隊員は、呆けていた自分を責めて口を噤み俯く事しか出来ない。
「ハァー……どうも、一人じゃないとキマんねーな」
義体の電池を慣れた手つきで交換し終えると、左脚の聖体の電源を入れて、苦虫を噛み潰したような表情で顔を上げ、トランシーバーの通話ボタンを押した。
「ハッチ開けろ。……いいか、手土産が[元]隊長だけだとナメ腐られたまんまだ。あの気持ち悪ぃガキと、お嬢さんの聖体も持って帰って、ジジイの鼻へし折んぞ」
眼前に広がり始める一面の青空と無限の砂の山を一瞥して、やっと歪んだ笑みを見せると、その直後にはもう絵画の如きこの世界の中を駆け抜け始めていた。
『目標、依然として捕捉地点から移動していません』
「なんだァ? 珍しく白旗か?」
『昨日の晩の元隊長の失敗もあるから、割と本気で気をつけて。特に双五は、義体のバッテリーが切れたら……』
「いつも言ってんだろ。その時は、躊躇するな。俺の死体から聖体を剥いで持って帰れ」
『それが嫌だから言ってんの』
「メメント・モリって言うだろ?」
『冗談キツイって』
「まあ死ぬ予定は無えけど」
そうこう話しながら砂漠を駆け抜けている内に、前日に行政処分を行っていた集落に近付き始めていた事に気付いた双五は、
「ああ、多分もう目標だわ。またな」
2キロ程先に二人の大人と一人の子供の人影を確認し、空高く跳び上がった。
(見つけた……!)「元、隊ぁい、長ぉぉおおお!」
降下しながら、両手脚を駆使してダガーナイフの雨を降らせる。
「イ ヒ ひ ヒ ヒ ひ ひ ヒ !」
巻き上げられる、砂、砂、砂。
最後に特大の砂飛沫が吹き上がり……、
「ッ、ハァ……!」「……ハァ。で?」
満面の笑みで全力の蹴りを繰り出した双五。
涼しい、呆れた顔で受け止めた結城。
両者共に、バチバチと音を立てながら全身を自身の色に発光させていた。
「性懲りもなく何度も私に盾突くの、やめなさい。 あなたじゃ私に勝てないから」
「今回は、一味違いますよ……? ヒ、ヒヒ!」




