第三話【0001:探索者】III
肩で息をしていた結城。
「まさか、たった、一晩……留守、にしてただけなのに」
どうにか呼吸を落ち着けると、装甲の実体化を解除してその場で胡坐をかいた。
「どういう事だ……? まさか、盗聴器でも仕掛けられていたのか? ……いや、でもそんなもの仕掛けられる訳がない。結城の装備は聖体で自動生成しているから異物が入り込む余地は無い……とすれば、まさか聖体にハックツールを仕掛」
「いやそういうのじゃなくて、霞がストライキ起こしてみんなそれに乗っかったっぽい」
「えぇ……」
アレコレ思考を巡らすコタローの努力も虚しく、現実は非情な程に単純な問題だった。
「仮にも諜報っていったら特殊部隊でしょ? ストライキとか……職業意識低過ぎない?」
「いや特殊部隊だって人間が働いて成立してるんだからストの自由があるならそれに越したことはない」
「……人使いが、ちょっと荒かったのかもしれない」
三者三様に思い々いの言葉を明後日の方向へ投げ捨てて……、
「ま、それならそうでプランBといこうじゃないか」
三人はもう一度、振出しへと戻ってきた。
「まずはストライキを止めて、君が隊長に戻る為の作戦を考えようじゃないか。僕に良い考えがある」
自信満々にコタローが先陣を切って挙手をしたが、結城どころかサツキまでもが白けた視線を唯々向けるばかりだ。
「……あっそう。じゃ、次。サツキ」
コタローがバトンを大人しく渡した事に軽く溜め息をついたサツキは、
「任せてよ。こういう事くらいはコタロー君より役に立てると思うからさ」
気を取り直して得意げに微笑んだ。
「じゃあまず、状況の整理から始めよっか。結城ちゃん、やけにストライキだって結論を早く出したけど、前にもこんな事があったの?」
「その[ちゃん]ってのやめてくんない?」
「あ、はい。えーっと、じゃあ、結城さん「ナメてんのか?」えっ……じゃあ、何て呼べば……」
「……ああもう! 分かった! 結城[ちゃん]でいいから! で……」
サツキの問いに、渋そうな顔をしながら結城はボソボソと言葉を紡ぎ始めた。
「えーっと、前にもストが起きたかって話? ……あったよ。っていうか割と結構あるんだよ。行政執行の後なんかは、しょっちゅう。みんな私よりもよっぽど大人なのに、あんな事で一々病んでるの、意味分かんないけど」
「結城、それは、大人の方がよっぽど[エモ]で生きてるからだ。大人は人生経験を沢山積み重ねてきてるから、それだけ相手の心の痛みがよく分かるって事なんだ」
「……私はそんな、モノの分別がつかないバカな大人になりたくない。っていうかそんな事で一々グチグチやってるような大人はバカだと思う。心底マジで」
「ああ、こうして心の無い人間が増えていくのか。やるせないよ」
「で、これでいい?」
「あ、う……うん。ありがとう結城ちゃん」
荒んだ視線……アメジストを削り出して作ったナイフのような瞳に刺されて、サツキは一瞬背筋に悪寒が走ったものの、直ぐに微笑みを取り繕った。
「まあその話的に、ストの原因は結城ちゃんが人の心が分からないからなんだろうね。で、いつもはどういう風に終わらせてるの?」
「全員殴り倒してる」
サツキは微笑を張り付けたままの顔を俯け、右手で目元を覆い首を横に振った。
結城はそんな彼女の様子を鼻で笑った。
「流石に今回みたいにだだっ広いところで一気に来られたらどうしようもないけど、いつもは待機室とか倉庫で殴り合ってるから。私に勝てないのに文句言う権利無くない?」
「特殊部隊、絶対全員G4Mの愛読者でしょ」
「じー、ふぉー……? コタロー君、何それ」
「いや、僕が前いた世界にあって漫画雑誌の話だ。詮索はしない方がいい。それはさておき」
充分に情報共有が出来たと判断したコタローは、結城へ目配せをした。
「……えっ、何、キモ」
が、自分の意図が全く伝わらなかった事を察したコタローは、がっくりと項垂れた。
「もー、コタロー君拗ねちゃったじゃーん。頼むよ結城ちゃん」
「だから何? 言いたい事あるなら言葉あんだろ。人間なんだから」
「それはそう」「立ち直り早っ」
改めて、結城と目を合わせて、コタローは不敵に笑んだ。
「じゃあいつも通り、シバいてしまおうか」
サツキは天を仰ぎ……特大の溜め息をついて、少しだけ口角を吊り上げた。
……天を仰いだサツキの視線から慌てて逃げた一台のドローンがあった。
そのドローンが映す彼等の映像は、薄暗い部屋の中のスクリーンに映されている。
「ああああ……マズい、まずいぞこれは……! 折角今手元に聖体が二つあるのに、このままでは……!」
老翁の声は歳不相応に慌てふためいて焦っている様子だ。
「ったく、どうして御言くんはこう次から次へと余計な事ばかりしてくれるんだ……まさか!」
ガタンッ!
ソファが音を立てる程の勢いで立ち上がった老翁は、唇をわなわなと震わせながら独り言を続ける。
「ああは言っていたが……やはり、御言くんは私の事を恨んでいたのか……!? それで、この世界ごと私を、消し去ろうと……!?」
胸ポケットからガラケーを取り出した老翁は、どこかへ電話を始めた。
『はぁーい、こちら聖体研究所』
「襟弩くん! [機密]復元計画はまだ完了しないのかね!?」
襟弩、と呼ばれた年若い青年と思しき電話の相手は、必死の声色の老翁を嘲笑うかのように、不可解な乾いた笑い声を上げた。
「何が可笑しいんだ……!? 世界存亡の危機が君の肩にかかっているんだぞ!? 分かっているのか!?」
『チッ……うっせーな。何度も言ってますけどね、白幸さんがメチャクチャにした時点でこの世界はもう終わってんすよ。社長はまだどうにか出来るつもりなんでしょうけど? ウチ等全員、世界の滅亡は止められないって結論出してんすよ』
「……君はそれを、この街に住む7000万人の国民に対しても言えるのか?」
『それを言うのはウチ等じゃなくて社長でしょ』
「言える訳がないだろう!?」
『そらそーですよねえ! 自分らのせいで世界が崩壊して、おまけに散々[保証します]だの[元に戻します]だの言っといたクセに今更[やっぱり無理です、みんなで一緒に死にましょう]なんて言ったら……!』
笑いながら、襟弩は吐き捨てた。
『あんた、真っ赤なマッシュポテトになるぜ』




