第二話【2010:深見結城】IIII
「うっ……! ぐ!」
思わず怒りに任せてエネルギーを無駄に浪費してしまった。
感情的になると冷静な判断が出来なくなる。
自分自身でも分かっている悪癖だった。
「クソッ! ……めんど、く、せ……奴等……!」
身体の継ぎ目から漏れる光を弱らせ始め、自重に押し潰されそうになりながらも、深見はどうにか片膝をついた。
改めて、前方を睨み直す。
先程の光線をモロに受けた2人は……もう、影も形も無い。
よろめきながらも再び立ち上がり、先程まで人間の命があった筈の場所へ歩みを進めながら、ふと頭の中を一つの言葉がよぎった。
……今まで。
多くの人間を捕まえて、
多くの人間を痛めつけて、
多くの人間を、恐らくは死の運命へと追い詰めたけれど。
この手で、本当に殺したのは初めての事だった。
「……何考えてるんだろ、私」
自分へ言い聞かせた。
実際その言葉通りだ。これは自分の目的の邪魔をする[良心への呵責]にも成り得ない……、
「何ッ!?」
無意味な感傷だったから。
その理由は二つ。
一つは、彼女達が死んだところで、自分にとって関わりの無い事。
それどころか、死んで貰わなければならないから。
もう一つは、
「そんな……、砂嵐も、起こしてないのに、どうやって……!?」
そもそも、感傷に至る事象が発生していなかったから。
「驚いたかい? 折角だから3分間のシンキング・タイムをあげてもいいよ」
「……そうか。お前、触れたんだな?」
「ご明察。君の部下の聖体モドキを停止させた時と同じ事をやっただけです。正直レーザー光線まで分解出来るか否かは実質ぶっつけ本番だったけど? まあ僕も、ほら、そっちにいるサツキも……」
彼等が無事であった事に安堵を抱いてしまった自分へ嫌悪を抱きつつも、深見は素直にコタローの指差す方へと顔を向け
「でやあああああ!」
「がふゅ!?」
た結果、死角から跳び蹴りを頭へモロに喰らった。
「……無事だったから、実験成功って事で」
「ぐ、ぎ……ぃ! お前ェ!」
「へっへーん、大人をナメんじゃねえ! クーソーガーキー!」
「があああああ!」
紫の光と、緑の光。
再び両者は殴り、蹴り合いを始めた。
だが、
「そらっ!」
「ぐ……!」
「おぉ? っしゃー!」
「くそ……!」
「コタロー君の言ってた通り、だ!」
「ぐあっ!」
「エネルギー切れたら、一気に弱くなっ、たァ!」
「がっ、……!」
今度は深見が防戦一方になっていた。
「こんな……! ずるい! 何でこんな事するの!?」
「そりゃまあ、生存権を否定されて『はいそうです』って人間の方がそうそういないじゃん?」
「私の邪魔を、どうしてするの……!?」
「はい?」
「どうして……私はただ……この世界の、真実を……」
「……えっ? 何だって?」
ブツブツと喋り始めた深見。
彼女の言葉に耳を傾けたコタローは……、
「サツキ、もういい。あとは僕が代わろう」
「えっ? でも破壊の力使っちゃうと……」
「その懸念は無い。あのプロテクターは全部聖体で作ったものだから」
「いや、だからさ……」
「まあ見てなよ」
項垂れる深見の頭に手を当て、身体を青白く発光させた。
目の前の真実に、サツキは声も、息も詰まってしまった。
「やっぱりこういう事か。正直僕も、君を追い詰めるまではすっかり騙されていたよ」
弱った深見の聖体プロテクターは、コタローの破壊の力に抗う事も出来ず、紫色に光る粒子となって空気中へ溶けて、消えてゆく。
両手脚の指先から徐々に消滅していき、内部に詰まっていた未知の駆動機構も分解されてゆく中、残ったのは、
ボロボロの黒いワンピースを着た、紫の癖毛の幼い少女。
歳は9歳……或いは10歳程度だろうか。兎に角、コタローとほぼ同じであろう外見年齢の少女が、眼を見開いて、歯を食いしばって、眉間に皺を寄せている……涙を堪えているのだろう。
「コタ、ロー……これ、どういう事? まさか、深見も君と同じ……転、生……者?」
「違うな。多分、彼女は本当に10代前半か、或いは一桁代の少女なのだろう。外見に反して妙に言葉の端々が鋭利だったのも、そういう事だ」
ペタリと座り込み、俯き続ける少女の正面にコタローはどっかりとあぐらをかくと、頬杖をついてその顔を覗き込んだ。
「教えてくれよ。[この世界の真実]って、何の話だ?」
「あっ、それ私もちょっと気になるなー」
「サツキはダメだ」
「えーなんでー!?」
「ダメなもんはダメだ。さ、あの性悪女には話さなくてもいい「性悪女ァ!?」教えてくれ」
サツキとコタローのやり取りに、一瞬だけニヤけた少女だったが、それでも頑なに顔を上げる事も、言葉を紡ぐ事もしない。
……コタローは少し考え込んだ後、
「分かった。僕も本当の事を話そう。ただ、それで君に話して貰おうって事じゃない。僕の話が、少しでも君にとって役に立てば、それでいいから」
そんなふうに切り出した。
「もう君は気付いてる事だろうけれど、
この姿は僕の本当の姿じゃない。
本当はもっと歳をとってて……お兄さん、とも言えない歳だ。
40と数歳くらいで、恐らく、この聖体に使われている技術に近い分野の仕事をしていたんだと思う。
……何から何まで曖昧で本当にすまないけれど、それは僕に記憶が無いからなんだ。
ただ、40数年生きてきたっていう記憶と、妙にコイツの事になると、自分自身覚えてない筈の言葉や話が無意識に飛び出てくる。
それから……、
不思議な事だが、僕は一度、空から落ちてきたトラックに潰されて死んだ記憶がある」
その言葉を聞いて、少女は思わず目を見開いた。
まるで何か、思い当たる節でもあったように。
「それで、今は何故かこの少年の姿になっている。その理由も、ハッキリ言って全く分からない。……この世界に来てから、分からない事だらけだ。……。……」
……そこまで話したコタローは、何を思ってか急に黙した。
不安を覚えた少女は、……意を決して、顔を上げた。
青い髪の少年が、ライトブルーに輝く吸い込まれそうな瞳を、じっとこちらへ向けていた。
「だけど一つだけ、ハッキリしてる事がある。
僕は転生者だ。
そして僕が前いた世界では、異世界転生をした者は転生先の世界を救うものだ、そういう考え方があったんだ。
……僕自身、そうありたいと思ってる」
その言葉には、たった一つ、真実の願いだけが存在していた。
「だから、君の知っている[世界の真実]を教えて欲しい。この世界を、救う為に」
「……独り言。独り言なので、あんたの為じゃない。これは、新東京の外には……ううん、新政府の中でも、多分知ってるのはほんの一握りの人間だけの話」
幼く、か細く、儚い声だった。




