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砂嵐鳳凰  作者: 瓊音
3/9

空から降ってきた少年

 砂漠はあつい。

 この場合は「熱い」も「暑い」も正しい。日差しは刺すように熱く、しかし全身布で覆わなければ、体は太陽の光で焼け死ぬ。汗だくになりながらも肌を極力隠さなくてはならないのだ。

 強烈な太陽の光は生死に関わるが、この砂漠ではそれを疎む者はいない。

 太陽の変わらぬ輝きと不滅。それは、この世界を創り見守る天帝リジュ・ルドラが、砂漠に生きる者に加護を与えている証。夜になれば天帝はお休みになられるが、代わりに月の化身にして地獄の冥王バルハシュが闇に蔓延る悪しき者を睨みつけている。

 肉体を焦がし、大地を干上がらせるほど太陽の力が強いのは、リジュ・ルドラの力ではなく、大地を加護する精霊が古の時代に失われたから、と伝えられていた。嘘か信かわからないが、信じたくなるような過酷な砂漠であることに違いはない。


 見渡す限り砂、砂、砂。

 黄色の砂漠が広がるラムカトナ砂漠は、茹だるような熱風の吹きつけ、大地は実りを失い、動物の姿は見当たらない。見つかるのは白骨化した人間か同じく動物か、毒を持つ猛獣だけだ。その猛獣さえも、遙か東の先に広がる赤砂の砂漠へ行くと姿を消してしまう。

 赤砂の砂漠は天帝と地獄の王の力があまりに強いため、赤く色が変わったという言い伝えがある。


 ラムカトナ砂漠を一人で越えようとする者はまずいない。砂漠越えをするときは必ず隊を組み、アグルと呼ばれる砂漠に強い動物を足にして進むのだ。

 しかしここに、その自殺行為を実行している旅人がいた。アグルは連れている。その背に食料や水も積んでいる。腰には剣を携え、外套の隙間から見えるのは、鎧に似た頑丈な布地だ。だが、旅人は一人であった。

 紗飛羅(シャトラ)はいつも一人で旅をする。

 常識であればどんな猛者でも一人旅は禁忌。だが、紗飛羅にとっては、一人旅のほうが気が楽だった。

 もちろん、一人で目的地まで行けるからこんな危険な旅をしている。なぜか、彼は今まで一度も猛獣に襲われたことがない。運が人一倍いいのだ、と本人は納得していた。

 砂漠の昼間に炎天下の中ではどんな生き物も干からびる。それを避けるために昼間はオアシスで休み、日が暮れてから朝まで進む。これが基本的な旅の方法だが、人間にとって行動しやすいということは動物たちにとっても行動しやすいということだ。昼よりも夜のほうがはるかに猛獣に襲われやすい。どちらを選ぶかはキャラバンの隊長次第である。

 紗飛羅はこの基本的な方法をとっていた。猛獣に襲われないのならば昼も夜も同じだ。ならば移動しやすい時間帯を選ぶだけだ。


 早朝に辿り着いたオアシスで真っ先にのどを潤した。アグルに水と食料を与えると、自分も携帯食にかじりつく。

 少なくなった水筒に水を補給するために小さな湖のほとりに膝をつく。緩やかな湖から水を汲もうとしたその時、ふと何かを感じて顔を上げた。

 別に音がしたわけではない。視界に何かが入ってきたわけでもない。肌で感じる空気が変わったのだ。

 穏やかな気の中に、まるで熱風が一瞬にして通り過ぎたかのように。

「……これは、魔法の波動か?」

 何気なく顔を上げて、紗飛羅は目を丸くした。

「なんだ、ありゃ…」

 一瞬思ったのは『流れ星が落っこちてくる』だ。しかし流れ星にしては光っていないし、よく見れば、本体から細長い棒のようなものが四本飛び出している。

 奇妙な流れ星が大きくなるにつれ、紗飛羅は顔色を変えた。

「ひとか?!」

 空から人が降ってくる。これは間違いなく異常事態だ。夢かと思ったが、それにしては感覚が異様に現実味を帯びていた。咄嗟に紗飛羅は受け止めなければと思った。しかしあんなに勢いのついている落下物を受け止められるのだろうか?

 人が落ちてくるというのに、どこかのんびりと考えているうちに、それは紗飛羅の目の前の湖に落ちて激しい水飛沫をあげた。


 そこからの紗飛羅の行動は早かった。

 上着を脱いで半裸になり、剣ごと剣帯を外して湖に飛び込む。水中で一度止まって捜したが見当たらない。息苦しさを覚えて一度水面に出、大きく息を吸い込んで再び潜った。

 水底から何か白い人影が浮かび上がっているのが見えた。近づいて腰のあたりに手をまわし、ぐいぐいと浮上する。そろそろ息が続かないと思ったとき、水面が割れた。岸まで泳いでいき、自分と脇にかかえたものを引き上げた。


 乱れた呼吸をなんとか整えて、紗飛羅は荒い息を吐いて隣を見た。

 驚いたことに、空から落ちてきたのは本当に人だった。十二、三歳くらいだろうか。濡れた髪は柔らかい金色。朝の太陽に反射してきらきらと輝いている。その色合いは、普通の人間ではないことを示していた。

「まさか、精霊か……?」

 そうとは限らないかもしれない。以前、異国の民が集う大きな港で、海を渡った遥か先の大地に、金の髪に青い眼の民がいると聞いたことがある。もしかしたら異国の民かもしれない。しかしこの砂漠においては、異国の民よりももっと身近な存在を思い至らせる。

「…おい! おい、大丈夫か?」

 少年の体を揺らすと、うめき声をあげて瞼があがった。深い緑の目だ。片方の耳に下がる耳飾りの緑色の宝石と同じ色で、それが妙に少年の生命を輝かせているように見えた。

 二度うめいて目を閉じてしまった少年の体をさらに揺すると、今度こそ目覚めた。

 少年はぱっと目をあけると、がばっと勢いよく跳ね起きた。

「えっ? え?! ここどこ?! なにが何なの?!」

 紗飛羅と目が合うと、ものすごい剣幕で詰め寄ってきた。

「ねえ、ここどこ?!」

「オ、オアシスだ」

「どこのオアシスッ? いちばん近い国ってどこ?!」

「空蘭国だが…」

「クラン?!」

 少年は一瞬嬉々とした表情になったが、すぐにまた険しくなった。

「まずいまずい…! すぐに戻らなきゃ。急がなきゃまずい……」

 紗飛羅は、少年の様子をしげしげと見ていた。

 金髪に緑の目で白い肌というのは、ラムカトナ砂漠にある四つの国、四瑞国にはない。四瑞国の人々は髪と目が黒か茶色で、比較的肌の色は濃い。紗飛羅も典型的な黒髪黒眼と浅黒い肌をしている。

 珍しい容姿だから精霊かもしれんと思っていたが、見た目通り普通の人間かもしれない。先ほど感じた波動も、少年を送り飛ばした魔法の余波だろう。そんな大がかりな術が使える魔法使いがいるかは聞いたことがなかったが、状況からするとそんなところだろう。

「空蘭国に行きたいのか」

「うん。今すぐ、一日でも早く。なんとしてでも」

 少年は真っ直ぐな眼差しを紗飛羅に向けた。

 それで紗飛羅の心も決まった。

「おまえ、真っ昼間の砂漠越えは平気か?」

「え? 苦手だよ。暑いの嫌いだもん」

「空蘭国行くのとどっちが困る?」

「そりゃ空蘭国。空蘭国に帰る方法があればどんなことでもいくらでも我慢できるよ」

「よし。じゃあ乗れ」

 紗飛羅が自分のアグルを示すと、少年は驚いて紗飛羅を見上げた。

「え…、もしかして連れて行ってくれるの?!」

「ああ。どうせ俺も空蘭国に帰る途中だったしな」

「ありがとう! ええと…」

 そこで初めて、少年は相手の名前を知らないことに気づいたようだ。

「シャトラだ」

「ありがとう、シャトラ。おれ、ソラっていうんだ」

 そう言って、少年は砂地に「十羅」と書いて見せた。

 それを紗飛羅はしげしげと見つめた。名に漢字が与えられるには、相応の身分がなければならない。四瑞国を治める王とその血族や、身分の高い貴族、王から直接褒賞され、特別な箔をつけた商人など、漢字の名を持つ者は圧倒的に少ない。

「シャトラはどんな字?」

 別に隠すものでもないので、少年の名が刻まれた隣に「紗飛羅」と書いて見せた。少年は「へえ。いい字だね」と言っただけだ。

「どうやって空蘭国まで行くの?」

「アグルは一頭だけだからな。潰さないように全速力で行くしかない」

 夜の間ずっと起きて移動していたから、休みたかったといえば休みたかった。

 だが、別の空間に移動させるような強力な術で飛ばされたらしい少年を放っておけるほど、紗飛羅は魔法に疎くはない。もしかしたら空蘭国に何かあったのかもしれない。それくらい少年の様子は尋常ではない。

 それと、もう一つ理由がある。少年の着ている衣装だ。

 空蘭国で使われなくなって久しい古い型の衣装なのだ。王侯貴族が着るような意匠で、布地もかなり上質な物だ。それも最高級品といわれるクルギの生地を使っている。これを身に纏えるのは、身分の高い者だけだ。だが紗飛羅は空蘭国で少年を見たことがない。

 漢字の名を持つことといい、少年が只者ではないと思わずにはいられないものばかり目につく。

「普通に行ったら四日かかるが、昼夜ぶっとばせば二日でつける。それでもいいか?」

 解いたばかりの荷物をしまい、アグルの背に固定する。

 少年は紗飛羅をじっと見つめていたが、紗飛羅が振り返るとはっきりと頷いた。

「構わない。二日なら大丈夫だと思う」

 少年の後ろに乗ると、紗飛羅は手綱を引き締め、アグルに出発の掛け声をかけた。


 すべては空蘭国に行けばわかる。そんな気がした。

もう一人の主人公登場。

ダブル主人公。になるはず。

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