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砂嵐鳳凰  作者: 瓊音
2/9

太陽と緑の王

※まだ本編じゃないヨ

 砂漠の中の森。森の中の赤崖。

 そして、崖の上の白亜の都。


 初めてこの光景を見る者は、圧倒され神秘を湛えた美しさに滂沱する。

 赤い崖には一か所だけ崩れた場所があり、そこからのみ、崖の上へと到達できる。そこは、この地に辿り着いた先人たちが、長い年月をかけて固め整えた岩の階段であった。

 幾度も蛇行する階段と坂を登り切ると、そこには都があった。

 旅人が最初に目にするのは、美しいレリーフで飾られた白亜の門。ムブリトの門を過ぎると、巨大な石柱が左右に立ち並び、まっすぐに伸びている。

 石柱の外側には白い煉瓦を組上げて造られた、独特な建物が連なっている。隙間がまったくないほど、煉瓦は緻密に積み上げられている。

 どの建物も三階以上あり、建物と建物の間の路地は、細いというわけではないのに、両脇に高くそびえる建物のせいで細く見えた。路地から空を見れば、建物から建物へ階段が伸びている。ほとんどの建物が平らな屋根をしていたが、時折、平面に交じって丸い、特徴的な屋根もある。

 柱と建物の間には道に沿って露店がいくつも並んでいた。食べ物があれば珍かな品物も並んでいる。道行く人が足を止めては店の売り物を覗き込み、店主の掛け声に、そっと財布の中身を確認するという光景があちこちにあった。砂漠を渡るためにかかせない、灼熱に耐えうる馬アグルや、食用として大切に飼われているトゥラの群れを連れた商隊の姿もある。

 そこは、活気に満ちた砂漠の都だった。


 エムレムの白き導きと呼ばれる石柱の道を進んでいくと、前方に巨大な建物が見えてくる。他の白い家よりも遥かに高い。白い宮殿だ。近づけば近づくほど、その大きさは増していく。

 外観は三段階になっていて、下層部は最も大きく、四面を巨大なアーチ状の柱が端から端まで並んでいる。中層部は下層部よりも小さいが、同じようにアーチ状になっている。見上げると宮殿に仕える貴族たちの人影が見えた。上層部は最も小さくアーチはない。正方形の壁には木と翼を広げた大鳥のような紋章が刻まれ、屋根は丸く、壁の角に立つ四本の石柱が屋根を支えていた。

 この階には王族の者しか立ち入ることはできない。中層部までは特別な許可を得た者や貴族が、下層部には庶民や旅人が自由に入ることを許されていた。


 白い宮殿は、ハルメア宮殿、もしくはハルメアの空中庭園とも称されていた。

 その理由は、中層部のテラスにたくさんの植物が生い茂り、絶えず流れる水が張り巡らされているからだ。

 不毛な砂漠の地において、別天地のような深い森と赤崖の上に栄える白い都。海を渡った先の遥か彼方にある国々は、ここを「幻の白の都」と呼んでいた。誰も実在する都だとは信じていなかったのだ。

 だが、その都は確かに存在していた。他の三国と同じ時代に誕生し、長い歴史が白亜の宮殿に風格と繁栄をもたらしていた。


 この宮殿の主は不在である。

 いや、もう少しで誕生すると言った方がいい。数年前に王が崩御したが、唯一の後継者が幼すぎたために、即位が先送りにされていたのだ。

 そして前王崩御から六年。この日、後継者が成人の日を迎え、空蘭国には新たな王が誕生する。

 ハルメア宮殿の最上部で、今まさに儀式が行われていた。

 この日は、都に住まう人々にとって待ちに待った日だった。誰もが心を躍らせ、儀式が終わり新たな王が姿を見せるのを、今か今かと待ちわびていた。

「ああ、これで空蘭国も安泰だ」

「ここ数年は西の方から魔物がやってくるようになってどうなるかと思ったけどねえ…」

「大丈夫さ。あの方は歴代でも強い力を受けついていらっしゃるんだから。魔物なんて都の中どころかクルギの森の中にさえ入れないよ」

「早いもんだねえ。先代が亡くなられてから九年。あの時わずか九才だったラクエル様も立派になられた。きっと先代を超える素晴らしい王となられるに違いないよ」

「違うよ。十羅様さ。去年お名前が変わったじゃないか」

「珍しいことだが、なんせ空蘭の血族なんだ。いろいろとあるんだろう」

「ああ、儀式を終えてみなの前に現れるのが待ち遠しいよ」

 若き王の誕生に胸を躍らせ、彼ならば我が国はさらに栄えると、誰もが信じていた。


 儀式の場にいることを許されているのは、儀式を進める神官と宰相だけだ。

 円形の部屋の中央に、白の都を守護する瑞獣がいる。五色に輝く羽根を持った鳥のような瑞獣は梧桐で作られた止まり木にじっとたたずみ、その眼は新たな王となる少年に向けられている。


 不思議な風貌の少年だった。

 黒髪黒目、褐色の肌という容姿が一般的な四瑞国では珍しい、見事な金色の髪を三つ編みにして後ろに流し、大きめの瞳は、都を守るクルギの木のように深く瑞々しい緑。両端に控える神官と宰相が典型的な容姿なので一際目立つ。しかし空蘭国では、国王の容姿が異質であることは異常なことではなかった。

 緑の目からは子供のあどけなさと快活さが滲み出ており、今にも走り出しそうな表情だ。彼は不思議と人の目を惹きつける力を持っていた。


 次代の王となる少年は静かに瑞獣の前に進んだ。

 儀式は終盤を迎え、あとは少年が瑞獣に聖句を告げるだけだ。そして瑞獣が一声鳴く。それが終われば少年は王である。

 少年が口を開いた、その時だ。

 突然、瑞獣が巨大な両翼を広げた。

 瑞獣の唐突な行動に、神官と宰相は何が起ころうとしているのかわからなかった。少年も前に進めた足を止めて、瑞獣の行動に目を見張っている。

 瑞獣の両翼が少年を包み込んだ。その隙間から金色の風が噴きあがり、少年を覆い尽くす。神官と宰相が少年を助けようと手を伸ばすが、それを制するかのように瑞獣が鋭い声を上げた。


 新王の聖句に瑞獣が祝福を与える。そして儀式は終了するはずだった。

 瑞獣の翼が開いたとき、王になるはずだった少年は消えていた。



 唯一の後継者を失った空蘭国は、新たな王を樹立することはなかった。

 翌年、古より鉄のおきてと守られてきた四瑞国の協定は突如として破棄される。

 それから間もなく、海の彼方から侵略してきた異国の軍によって、空蘭国は滅ぼされる。

 その五年後、侵略した国家の命令により、空蘭国の都は東に移され、赤い砂漠に残された空中庭園はその存在意義を失った。

 空蘭国を支配しようとする国家に逆らい、白の都に残った者たちも少なからず存在したが、多くは新たな都に連れて行かれ、以後、厳しい労働に従事させられることになる。

 偽りの空蘭国に、空蘭国の宰相が即位した。新たな都が機能し始めると、その名を新空蘭国と改めた。



 空蘭の民の願いはただ一つであった。

 正統なる王の帰還。



 信じ、願い、そして絶望的な歳月が過ぎた。

「王」と言いつつまだ即位してません。都の民すべてに認められた事実上の「王」です。

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