アーシェア=ラース~鳳凰の夢~
大陸から遠く離れた海の果てに、不思議な島がある。
そこには精霊たちが溢れ、人は精霊の力を借りて魔法を使えるのだという。
大陸に伝わっている伝説の中には、憶測の域を超えない、伝説とされるものが数多い。しかし、その島は確かにあった。
名はアーシェア=ラース。
四瑞国と呼ばれる四つの国が人民を治める、砂漠の大地。
大陸からやってきた者たちは、誰もが眼前に広がる光景に呆然とする。一面砂しか見当たらないその景色。そして精霊と呼ばれる存在に、その不思議な力に目を奪われるのだ。
四つの国――北の円漓国、南の宵那勾国、東の黄呂国、そして西の空蘭国――の都を一歩出ると、見渡す限り死の世界が続いていた。事実、それは確かに死の世界であった。生きることを拒む、灼熱の世界なのだから。
どんなに進んでも、砂漠は終わらない。
海を越えラムカトナ砂漠を西へ飛ぶように進んでいくと、砂漠の色が黄から赤に変わる。さらに進むと、果てない砂の大地の中に突如として緑が現れる。
そこだけがまるで別世界のように常盤の森が広がっていた。
木漏れ日のもと、瑞々しい木々の周りに、柔らかい光球がふわりふわりと浮いている。一つ、二つと集まり、いつの間にか無数の光の球が飛び交っていた。
精霊だ。はるか昔には砂漠のいたるところに存在していたという。精霊の中でも最下位とされる精霊ジャーンが森中に溢れていた。厳しい砂漠から流れてきた精霊たちが、生気溢れる森で身を癒しているのだ。
精霊が集まる森を進んでいくと、緑の中に赤い崖が切り立っている。来る者を拒むように、荒々しくも美しい姿だ。
赤い砂漠の中の森、森の中の崖。
それらの上を、滑るように流れる影があった。
巨大な影だ。上空を見上げると、太陽の光を背に、翼を広げた巨鳥が砂漠の空を飛んでいた。その翼は強くしなやかで、太陽の光を浴びて五色に輝く光彩を放っていた。
「もう…、ここしか残っていないのか」
その背から、男の声が聞こえてきた。
黒い髪に濃い肌。ただ、瞳だけが清水のような色をたたえていた。澄んだ青色のようだが、時折紫にも見える。それは、人間離れした不思議な色をしていた。
彼が見下ろしているのは、緑の森と、その中に取り残されたかのような赤い崖だ。
『だからこそ、この地が相応しい』
男の他に人はいない。いるのは、彼が乗っている五色の鳥だけだ。
男は前を向く鳥の顔を見つめ、その先にある漠然とした砂漠を見やった。
「アサド=ラースのほとんどが、あの戦争で砂漠になってしまった。もう二度と戻るまい。あの美しい世界は永劫に失われた」
『だが命は途切れぬ。そなたと、三人の王が選択し、定めた道』
「たとえかつての大地が取り戻せなくても、人が生きる限り、そこは美しく栄える」
その声に頷き、男は鳥の背を軽くたたいた。
「鳳凰よ。よくぞ我が願いを聞き届けてくれた。おまえを遣わせた天帝と地王に感謝する」
美しい巨鳥は、森の上を一周すると赤い崖へと向かった。
崖の上には都があった。だが、今あるのは半ば廃墟と化した町並みだけ。くすんだ白い石畳の先に、白亜の宮殿があった。かつて都の中心であったその宮殿は、崩れてなお、その存在を誇示する威厳が感じられる。
白亜の宮殿を見つめ、赤い砂漠を見据え、男は誓った。
「危うく儚いその世界を、俺は守ろう。命尽きたその末も」
※注意、この人は主人公ではありません。立ち位置的にはおじいしゃん? たぶんもう出てこない。