第二章 初めてのお仕事 ~武士の五分~
「た、高橋太郎です。よろしくお願いします」
僕の外的ダメージへの抵抗力の低さには、我ながらがっかりさせられた。
目が覚めた時には次の日、つまり月曜日の早朝になっていた。
僕に宛がわれたらしい、サンパレス津田の二階の角部屋で、新しい学校生活開始まであと三十分という時間に起床。僕自身と共に、誰かが運び込んでくれた荷物の中から新しい制服を発掘し、着替えて大急ぎで家を出た。
朝食抜きでお腹は空くわ、頭にはコブができてるわで、最悪の気分でギリギリに登校。
他の生徒が始業式に出ている間に簡単な手続きを済ませ、場所を二年一組の教室に移し、今まさに自己紹介が終わったところだ。この転校初日に味わうクラスメイトからの興味津々といった視線は、何回経験しても慣れることができない。
「みなさん、高橋君は分からないことが多いと思いますから、いろいろと教えてあげてくださいね。それじゃあ高橋君は、窓際の一番後ろの席に座ってください」
先生はそんなテンプレな言葉で僕の紹介を終え、僕はさっそく指定された席へと歩き出す。窓際、後ろから二列目という、なかなかいい席を提供された。
ここで一つ、大きな問題に直面する。
僕が席に近づくにつれ、隣の席になるであろう人物の顔も見えてくる。
そう、隣の席が誰になるかによって、今後の学校生活を楽しめるかどうかが決まると言っても過言ではない。
もちろん、この場合は女子であるのが望ましい。しかもそれが美人かつ優しく、自分から自己紹介してくれるような、絵に描いたような女の子なら願ったり叶ったりだ。
もし男子だった場合。気さくなお調子者タイプの、ムードメーカー的なやつだったらよしとしよう。そういうやつはイイ奴だと相場が決まってる。きっとすぐ仲良くなれるはずだ。
さて、待望の結果発表。
はいキタ、女子!
腰ほどまである髪は、空気を含んだように重力を感じさせず、ふわっと広がっている。少し垂れ目がちな大きな目はキラキラと光り、白い肌は朝日に輝く雪原のよう。そして、直截的な表現を控えさせて頂くが、何と言うか、出るとこは出てる。津田とは真逆のボディライン。津田も美少女なのは認めざるを得ないが、津田とはまた魅力を異にする美少女がそこにはいた。
約0・3秒のチラ見で観察できた外見はこんなところ。僕の幾度となく繰り返された転校、そして毎回隣の席の人に気づかれないように観察をしようとした結果、僕のチラ見はこのレベルへと昇華されていた。
露骨にじろじろ観察するのは失礼だからね。
心の中ではスタンディングオベーション、拍手喝采、万歳三唱を繰り返し、しかしそれを表情には出すまいと、いたって冷静を装って着席する。
今度は通常のスピードで、ちらっと隣の子を見てみた。するとその子と目が合う。一瞬ギクッとしてしまうけど、なんとその子はニコッと満面の笑みを返してくれた!
こいつ、もう僕に惚れたか。
僕も不自然にならないように注意し、笑顔を返す。
「私、愛沢葵っていいます。これからよろしくお願いしますね、高橋くん」
何と! 何だこの願ったり叶ったりな展開!
「あ、僕は高橋太郎です。どうぞよろしく」
先生が教壇でまだ話をしているので、お互い小声で自己紹介。
「高橋くんって津田さんのいとこなんですよね?」
「あれ? 津田を知ってるの?」
「知ってるも何も、クラスメイトですから」
そう言って、視線を教室の前の方へ向ける愛沢さん。その視線を追うと、最前列の席で机に突っ伏している見覚えのある真っ黒な長い髪。ボリュームがあって、まるで黒い布団を被ってるように見える。
「津田……?」
「そうですよ。知らなかったんですか?」
知らなかった。昨日は会って五分後には意識を飛ばされたし、今朝も会ってない。よくよく考えれば、まともに会話すらしてない。
同じ歳だから同じ学校かもとは思っていたけど、まさかクラスも一緒だとは……。愛沢さんの隣になれて舞い上がっていた心が、急速に萎んでいく気がした。
てか、僕の自己紹介の時も寝てたよな。起きてたら絶対気づくはずだ。
「あ、そういえば私、津田さんの──」
と、愛沢さんが何かを言いかけたとこで日直が号令をかける。いつの間にか先生の話が終わっていたらしい。
今日は始業式だけなので、これで今日の学校は終了。帰ろうと鞄に手をかける。
「高橋くんの家ってどこらへんなんですか?」
席を立ちかけていた僕へ、愛沢さんが再度声をかけてくる。
「僕の家? 駅の近くだよ」
「なら私もそっちの方なので一緒に帰りませんか?」
……え?
「いいの?」
「はい」
ひゃっほーう!
初日にしていきなり女子との下校イベントが発生するなんて!
「じゃあ是非」
心を躍らせながら、愛沢さんの仕度を待つ。
「それじゃあ行きましょうか」
二人で鞄を肩にかけ、教室の後ろのドアへと向かう。その時横目で見た津田は、まだ机に突っ伏したままだった。
○
学校と僕が今住んでいるサンパレス津田は、徒歩で十五分ぐらいの距離だ。特に観察対象のないつまらない道も、愛沢さんがいることによってムチャクチャ楽しく感じる。
こうして歩いている姿を見ると、伸長こそ高くないものの、スタイルのよさを改めて実感する。こんな可愛い子と並んで歩いていることが非現実的すぎて、まったく実感が湧かない。人はこれをリア充と言うのかな?
爆発しないか心配だ。
「高橋くんはよくお引っ越しするんですか?」
「もう、何度となく経験してるかな。で、さすがに嫌気がさして、津田にお世話になるべくこの町に来たってわけ」
まだお世話になった記憶がないけど。
「でもお引っ越しって悪いことだけでもないんじゃないですか? いろいろな町に行けるし、いろいろな人とも知りあえるから、お友達も多かったりしません?」
「まぁ、いろんな場所に行けるってのはいいかもしれないけど、どの学校でも仲良しになる前に引っ越しって感じだったからなぁ……」
すでに仲良しグループが出来上がってる中に放り込まれれば当然、なかなか馴染めないのは必至だ。前回は例外だったのに、それももう終わり。
そもそも、仲良くなったところですぐ引っ越しだと、半ば諦めていた部分もあったのかもしれない。
「そうなんですか……。でも今回は長い間この町にいるんですよね? だったらみんなとも仲良くなれますね」
語尾に音符マークでも付きかねないような弾んだ声で、愛沢さんは僕に笑いかけてくれる。
「そだね、今回は友達作りを頑張ってみるよ」
ああ、愛沢さんがとなりの席でよかった。
今まで、ないがしろにされてきた青春を謳歌することを誓いましょう!
「なら、高橋くんは部活やったりするんですか?」
部活。
その単語に一瞬身体が固まる。
いままで部活なんてものには縁がなかった。部活は友達と違って、明確にコミュニティが形成されている。そんな中に途中から飛び込む勇気なんてもちろん、そもそも僕には何か一つのことに情熱を注ぐなんてことが性に合わない。ちなみに千葉の高校に通っていた時も帰宅部で、前言ったようにヒマを持て余していた。ってことで──
「部活は入らないかなぁ……」
「そうなんですか?」
「うん。愛沢さんはなんか部活やってるの?」
「いえ、私はバイトが忙しいので……」
と、首を横に振りながら答える。
バイトかぁ。僕も一人暮らしみたいなもんだし、バイトした方がいいのかなぁ。いや、一応津田んとこにお世話になってるんだし、金銭面は別に考えなくていいのかな?
「お金貯めてるの?」
「そうですね、少しずつ貯めようとはしてるんですけど、なかなか貯まらなくて。私、一人暮らしですしね」
「一人暮らし? それは書いても読んでも字のごとく、一人で暮らしてるってこと?」
「え、あ、はい。そうですけど……?」
可愛い女の子が一人暮らしってことは?
きっと寂しい思いをしてるに違いない。心細く思ってるかもしれない。しかも僕の住んでるとこの近くときた。もしここで仲良くなれば、寂しい夜のお供に僕が任命されるかもしれない! それに愛沢さん可愛いから、もしかしたら危ない人が寄ってきてしまうかもしれない。なら、僕が守らなきゃ! 愛沢さんが寝てる間は、僕が愛沢さんの隣で泥棒や不審者が入ってこないように見張っててあげよう!
おい誰だ、不審者はお前だって言ったやつ。
「高橋くん?」
僕がニヤニヤした顔をしていたせいか、愛沢さんが僕を心配そうに見ていた。
「あ、いや、奇遇ですね! 僕も一人暮らしなんですよ!」
あははは、と誤魔化し笑いをする。僕の脳内一人会議の内容を知られたら、愛沢さんにドン引きされること請け合いだ。
てか、何でいきなり敬語になってるんだよ僕。
「そうなんですかぁ。あ、もう私の家もうすぐですよ」
愛沢さんの声で気づいてみると、サンパレス津田のすぐ近くだと分かった。こりゃ僕の妄想もとい使命が現実になるかもしれないと、ウキウキしながら愛沢さんの後を追う。
「高橋くんの家もすぐですか?」
「うん。もうすぐそこ」
そう返したところで、なんと愛沢さんは道を左折してサンパレス津田の方へ歩いてくではないか!
こりゃ徒歩1分圏内も夢じゃない!
毎朝起こしに来てくれたり、はたまたご飯を作りに来てくれたり、いちいち僕の家に行くのが面倒だから、いっそ一緒に住んじゃえばいいとか……。
キャー、もう照れるぅー?
そんなこと考えながら身体をクネクネさせていると、いつの間にかサンパレス津田の前だった。朝、起こしに来てくれるかもしれないし、愛沢さんに僕の家教えておこう。
「ここが僕の家です」「ここが私の家です」
…………。
「「え?」」
…………。
「「えぇ?」」
おお、シンクロ率400パーセント。
あろうことか、僕も愛沢さんも同じ建物を指差し、同じリアクションで、同じような表情で驚きの声を上げていた。うん、僕たちは気が合うようだ。
「じゃなくて、愛沢さんもここに住んでるの?」
「はい、まさか高橋くんもだったなんて」
「何号室?」
「えーと、じゃあせーのでいいましょうか」
悪戯っぽく笑う顔がなんとも可愛い。
「いいよ。せーの……」
大きく息を吸い込む。誰も知らないような、すごい秘密を聞く前みたいなドキドキ感がなんとも堪らない。
「二〇一号室」
「二○二号室」
オトナリさん!
「マジで?」
「あ、そういえば昨日隣に誰か引っ越してくるって言ってました!」
徒歩一分圏内どころか、徒歩一秒だった。
僕はこの瞬間確信した。
この世に神はいると。
○
僕は確信した。
この世に神はいないと……。
『あんた、どこ行く気?』
見知らぬ番号からの電話を出ていきなり、そんなことを言われた。この声は、僕の脳内にイヤな体験とともに色濃く定着してしまっている。
「津田……さん?」
愛沢さんとお隣であることが発覚した後。とりあえず部屋に戻った僕は、お隣へのご挨拶を口実に、菓子折りを持って愛沢さんともっと親しくなるべく家を出る準備をしているとこだった。
『そうよ。で、どこ行くの?』
「え、いや、ちょっと買い物に……」
『買い物ねぇ。どうせお隣さんへの挨拶と称して、葵と仲良くなろうとか思ってんでしょ?』
なぜバレた。
『いい? 昨日言った通り、あんたはわたしのために馬車馬のごとく働いてもらわなきゃ困るんだから』
昨日は馬車馬じゃなくて犬だったような……って、そんなことはどうでもよくて。
「いやいや意味が分からないし。そもそも働くったってどうすんのさ? それより何で僕の番号知ってんの?」
僕の記憶の中にはこいつとアドレス交換した覚えはない。その証拠に、さっき電話かかってきた時も、画面には番号だけで名前が出てこなかった。
『そんなものわたしの魔法で一発よ。昨日あんたがわたしの魔法の餌食になった後、あんたのスマホを軽く振っただけで、ほんの数秒で登録できたわ。大した操作もせずにね。』
…………あれか、スマホを振ったら近くで振ったスマホに連絡先を登録できるとかいうあれか。
そもそも、僕が餌食になったのはお前の物理攻撃じゃね?
てか、異性との携帯の番号交換って、何かもっとこう、ドキドキな感じで楽しく行われるものじゃないの?
『とにかく、今すぐに店のほうに来て。ついでに葵も連れてきてね』
「愛沢さん?」
「聞いてないの? 葵もわたしの店で働いてるのよ?」
「いいいやっっ──あー、いやぁ、そうなんだ! ハハハ!」
危ない! つい『いいいやっっっほおおぉぉぉ』なんて歓喜の声を上げそうになってしまった!
学校だけならいざ知らず、まさか部屋も隣、バイト先まで一緒だなんて!
こりゃ運命と言っても過言ではないね。運命としか言いようがないね!
『ちょっと、聞いてるの?』
そんな僕の幸せ時間を、現実へと引き戻す声。
『とにかく、とっとと来て』
それだけ言うと、津田はさっさと電話を切ってしまった。
「はぁ……」
またぶん殴られるのは勘弁だ。
さっきから持ってた菓子折りを置き、嬉しいやら悲しいやらで僕は玄関を出た。
「ほら、働け。家畜のごとく」
電話を切ってから十分ぐらいしか経ってないのに、馬車馬から家畜へと格下げされていた。
「てか、なんで僕とお前は主従関係なのさ?」
今までそのツッコミが出てこなかった自分にびっくりだ。
「はぁ? 当たり前でしょ。誰があそこに住まわせてやってると思ってるの?」
学校の制服姿の津田はちっちゃいくせに、「TSUDAYA」の事務所の中、椅子の上でふんぞり返っていた。ない胸を張って。口が裂けても言えないけど……。
「まぁ、ご飯を作ってもらうこともあるだろうし、店の手伝いぐらいなら別にやってもいいけどね」
住まわせてもらうからには、そんぐらいして当然だろう。
「は? なんでわたしがあんたの食事作るわけ?」
「え? 家ではお前が食事当番なの?」
「は? うちには当番も何もあったもんじゃないわよ」
「え? 家事全般お前がやってるの?」
「は? 当たり前じゃない、一人暮らしなんだから」
「え?」
「は?」
「…………」
「…………」
「えぇ?」
ちょっと待て。意味が分からないぞ。眉間を押さえながら、頭の中を整理しようとする。
「ご両親は?」
「どっか行った。今ヨーロッパあたりじゃない?」
家出みたいに言うな。
「でも、僕がここに来ること了承したって……」
「あぁ、それはちゃんと連絡もらってるわよ。連絡もらった時はポルトガルでサッカー観戦してたのかな? うちの両親はかれこれ一年ぐらい前からいないし」
「じゃあこの店は? お前が店長の代理ってこと?」
「代理じゃなくて店長そのものなの。ここはわたしのお店」
「高校生なのに?」
「パパが社長だからどうとでもなっちゃうの」
…………。
店の名前からもしやとは思ってたけどね。
何それ? 親放っときすぎでしょ! 高校生で店長とかぶっ飛びすぎでしょ?
「ヤベ、ここで暮らす自信なくなってきた……」
一人暮らしみたいな生活と言っても、あくまでも『みたい』で、なんだかんだ津田のご両親が面倒見てくれると思ってた。その考えは甘かったらしい。
親からの仕送りがあるとしても、本当に一人暮らしとなると生活できない。
「知らなかったの? まあいいけどね。公共料金はあんた持ちだけど、家賃に関しては免除してあげる。その代わり店で働いて。身体で払いなさい。それとバイト代も払ってあげる。だから、食事とかその他生活費はその中でやり繰りしてね」
そこまで一息で言うと、まるで悪魔のような笑顔を向けてくる。
高校生とは思えない発言だった。
ちっちゃいくせに。
「私も家賃免除してもらってるんですよ。サンパレス津田は、一般の方も入れますけど、基本的に苦学生のためのアパートなんです。家賃を免除してあげる代わりに、お店で働いてもらってるんです。今は入居者全員が学生ですよ」
それまで無言で僕と津田のやり取りを見ていた愛沢さんが説明してくれた。
「はい、じゃあこれに着替えて」
と、津田に渡されたのは黒いシャツ。
「一応これが制服ね。あんたならサイズはMで大丈夫でしょ。下はジーンズ限定。今日はたまたま履いてきてるから大丈夫だけど、色はブルーで。あとこれ胸に付けて」
制服のシャツに袖を通していると、津田からバッジを二つ渡された。一つには黄色いバッジに、平仮名で『たかはし』と黒い文字で書いてある。もう一方には、白地に青文字ででかでかと『研修中』と書いてある。
「よし準備出来たわね」
津田はそう言うと、僕の格好を腕組みしながら眺める。
「で、あんたは何が得意なの?」
「へ?」
唐突な質問に情けない声を出すと、津田はダメな子を見るような目で僕を見てきた。
「だから、あんた何が得意なの? 好きなジャンルは?」
「あ、そういうことね。音楽は流行りのものは聴いてるし、映画も有名なやつならだいたい見てるって感じかなぁ……」
要するに、広く浅くってやつ。
「何それツマンナイ」
「ヒドいっ!」
「『太郎』って名前も普通。いや、普通すぎて珍しいぐらいだけど、むしろつまらないわね。『高橋』の方なんか、『日本で多い名字ランキング』三位よ? 見た目といい、言動もそうだけど、あんたちょっと中途半端に普通すぎなのよね。」
そしてこともあろうに、僕が一番気にしてること──もはやコンプレックス、トラウマレベル──が津田の口から発せられる。
「あんた、キャラないわよね?」
「言うなああぁぁあああぁぁ────────!!」
泣き崩れる僕。こんなにあっさり気にしてることを言い当てられるなんて。
そんな僕の様子に満足したように、笑いを湛える津田。だけど、津田の嗜虐心は満足してなさそうだ。
「何かもっとこう、『ここ十年で公開された映画を古い順に興行収入まで完璧に言える』とかないの?」
「ハードル高い! そしてレンタル店に関係あるようで関係ない!」
「スタンド使えるとか」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「北斗神拳使えるとか」
「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!」
「悪魔の実の能力者だとか」
「海賊王に俺はなる!」
「実は死神ですとか」
「卍解!」
「実は宇宙から来た戦闘民族だとか」
「オラわくわくしてきたぞ」
「逆刃刀持って……」
「もういいよ! そうです、僕はどうせ少年コミックの基礎知識しかない普通の高校生ですよ! 僕でもツッコめるネタでボケてくれてありがとうございました!」
こんだけ津田に付き合った自分を褒めてあげたい!
「一般男子が分かるようなネタは人並みに知ってるようね。ま、人並みだからこそ、一般的だからこそ、それがキャラなしをさらに助長させた感はあるけど」
「悲劇!」
僕が頭を痛めていると、津田はこれ見よがしに大きく溜息をつく。
「あんた借りにも主人公でしょ? ラノベの主人公がキャラなしってどうかと思う」
そんなメタな発言を……。
「もういいわ、キャラなし太郎くん。ほら行け。働いてこい」
まるで野良ネコでも追い払うかのように、シッシッと手を振られる。
「ちょ、いくらなんでも雑すぎるでしょ? しかも『キャラなし太郎』って、人を『名無しの権兵衛』みたいに。そんなんじゃ働こうにも働けないね」
せめてもの抵抗をみせる僕に、津田は見下ろすような視線を向けてくる。背が低いから当然僕を見上げるはずだが、尋常じゃない威圧感のせいでそう感じてしまう。
「あっそう。なら結構。家から追い出すだけだわ。わたしが召喚の儀式をすれば、アリさんかゾウさんを紋章とした組織が瞬く間にあんたの荷物を消し去ってくれるのよ?」
「うっ……」
こいつは…………なぜ素直に電話で引っ越し屋さんを呼ぶと言えないんだ!
って違う! 怒りのあまりツッコみどこを間違えた気がする!
「わかったよ、やればいいんでしょ!」
「最初からそう言いなさいよ。じゃ、頼んだわね~、キャラなし太郎くん」
「ぐっ!」
人をキャラなしキャラなしって、僕のトラウマほじくりやがって!
津田の悪魔のような笑顔に見送られて、僕は事務所のドアを思い切り開ける。何人かのお客さんがびっくりしてこっちを見たけど、そんなの気にしてる余裕はなかった。
「あ、あの、失礼しました」
それまでオロオロと、僕と津田の間で視線を彷徨わせていた愛沢さんが、僕のあとを追うようにして事務所から出てきた。
僕の横に並ぶと、そっと耳打ちしてくる。
「私が今日一日、付きっきりでいろいろ教えますから。一緒に頑張りましょ?」
そう言って微笑みかけてくれた顔はまさに天使のごとく。破壊力絶大、一撃必殺、急所に当たった効果は抜群だ。
今日一日つまりそれは日付変更までってことは深夜十二時まで付きっきり店は九時に終わるからそれから三時間は二人きりってそれチャンスなのか父さん今日僕は真の男になってみせます──なんて妄想が暴走、これって相当重傷? とか無意味に韻を踏み始めた僕の顔を覗き込むようにして、愛沢さんが再度笑いかけてくれる。
「えへっ」
ム・チャ・ク・チャ可愛いじゃねぇかコラァ!
『えへっ』って何? 何語? どこの言語? こんな可愛い日本語が存在してたとでも? たったの三文字だよ?
天使の笑顔が近距離にある。軽く揺れた髪からは、シャンプーの匂いが香る。これが女の子の香りなのかと意識してしまった瞬間、自分の顔が一気に火照るのが分かった。もしかしたら真っ赤になっているのかもしれない。
今だから言える。
この瞬間が、僕にとって人生初の一目惚れってやつだったんだと思う。
気恥ずかしさもあって愛沢さんから目を逸らしつつ、僕は一心不乱にレジを目指した。
○
津田による理不尽かつ緊急な招集から、そのまま研修一日目突入。
現在時刻は午後四時。
この時間にシフトに入ってるのは僕、愛沢さん、津田以外に三人。
「高橋太郎です。よろしくお願いします」
「やあ、君は昨日の。店長の従兄なんだよね。よろしく。僕は小野京平。大学三年で、一応ここの副店長をやってるんだ」
そう答えたのは、昨日僕が初めてここへ来た時に事務所へと案内してくれた人だった。短めの髪に、健康そうな肌、眼鏡の奥の、糸のように細い目が優しげに笑っている。
「大学三年生で、副店長なんですか?」
津田といい、小野さんといい、ここの店は年齢層が低すぎだろ。
「ここで働いてる中で、僕が一番年上ってのもあるからね。そんな難しいことじゃないよ?」
この人、すでに社会で通用するのか。いったいどんな大学行ったらそんな能力が身につくんだろう。
「それじゃあ、次は彼。武光政宗。僕と同じ大学三年生。無口だし、名前も見た目もいかついけど、基本優しいから」
小野さんは、隣に立っていた長身痩躯、黒い短髪をツンツンと逆立たせ、威圧感たっぷりに仁王立ちしてらっしゃる方を紹介してくれる。
「……武光政宗。……よろしく……頼む」
ギロッ!
「ひぃっ!」
低い声で挨拶された後、思い切り睨まれた。あの視線、熊でも殺しかねない……。
「ほら、高橋君怖がってるよ? 政宗も緊張してるんだろうけど、もっと眼力抑えて」
「う……忝い……」
謝罪の言葉が「かたじけない」て。
「あ、いえ、こちらこそ……」
名前や言動からして、第一印象は武士って感じ。小野さんの言う通り、悪い人ではなさそうだ。
ただ、悪い人ではないんだろうけど、右目の上にある十字の切り傷がムチャクチャ気になる。多分聞いちゃいけないことなんだろうなぁ……。
「それじゃ最後は──」
「あ、俺? 俺の名前は斉藤崇弘。気軽にタカちゃんとか、タカ君って呼んでね。あと少しでバイト終わるんだけど、この後お茶しに行かない? へ? ダメ? そこをなんとか! いいお店紹介するからさ。君ホント可愛いね。モデルとかやってる?」
もちろん、僕に対して発せられた言葉の数々ではないことを明言しておこう。もし僕への誘い文句だったら、僕はこの店から、イヤ、この町から全力で逃げ出していたに違いない。
「ちくしょう、今回もダメだったかぁ」
客として来ていた女の子を口説いていたチャラそうな人が戻ってきた。肩まで伸ばした髪を金色に染め、耳にピアスを付けた人、斉藤さんと目が合う。
「誰コイツ?」
「あ、斉藤さん、この人は──」
「やだなぁ葵ちゃん。俺のことは斉藤さんじゃなくて、気軽にタカって呼んでって言ってるじゃない」
「いや、でも年上の方ですし……」
チャラ男がチャラチャラした口調で、僕の愛沢さんにチャラチャラ話しかけてやがる。まったく、チャンチャラ可笑しいぜ。
「どうも、今日からお世話になる高橋太郎です。よろしくお願いします、タk」
「斉藤だ、よろしく」
『カ』を子音まで発音したところで、強制終了させられた。
『タカ』と呼んでいいのは女子限定らしい。チャラ男め。
「ああ、コレがこんな感じなのはいつものことだから気にしないでね。崇弘は大学二年。僕は四階、あとの二人は、サンパレス津田の三階に住んでるんだよ」
小野さんが話し始めてなければ、このチャラ男と壮絶なバトルが始まってるとこだ。ちくしょう、もっと愛沢さんから離れろ。
「高橋君は二○一号室だよね?」
「あ、はい」
「高橋くん。昨日、気絶してる高橋君を事務所から部屋へ連れて行ってくれたのは、小野さんらしいですよ?」
チャラチャラ金髪ピアスを上手くかわしながら、愛沢さんが教えてくれる。
「あ、そうなんですか? その、ご迷惑を……」
「ああ、いいっていいって。ホント店長にも困ったもんだよ」
そう言って朗らかに笑う小野さん。なんて心の広いお方なんだ。さりげなく眼鏡を人差し指で直す仕草なんかも、様になってるというか格好いい。
「愛沢さんとはもう知りあいのようだし、さて、さっそく仕事を覚えてもらおうかな」
「はい!」
「今は月曜の夕方前。あまりお客さんが来ないから、まずは『バック』に行ってもらおうかな」
そう言われて周りを見れば、確かに店内にお客さんの姿は見えない。耳を澄ましてみたところで、お客さんが店内を歩き回ってる気配もない。新たに来店してきそうな様子もなかった。
「バックは、お客さんが返却してきた商品を売り場に戻す作業のことだね。ちょうどいい感じにバックが溜まってきてるから、とりあえず政宗と愛沢さんに教えてもらおうか」
小野さんの視線に釣られてレジカウンターの後ろの棚を見る。そこにはCDやDVDがジャンル別に分けられて積まれていた。バック待ちの商品がそこそこ残っている。
すると、武光さんがおもむろにDVDの束を棚から掴み、確認しながらどんどん重ねていく。六十枚ほど重ねた時点でもはやタワーと化したそれを、身体を上手く支えにしながら片手で抱える。
「技は……見て盗め」
そう言い終わるのと同時、武光さんはカウンターから出て、足早に売り場へと特攻をかける。
「ちょ、ちょ待……」
「高橋くん急いで下さい! 見逃しちゃいますよ?」
武光さんの後を愛沢さんが追い、その後を僕が慌てて追う。
そもそも、武光さんは尋常じゃないスピードだった。
この店の売り場に置かれているDVDのケースは、普通に市販されているDVDケースとは違う。市販のケースと大きさの変わらない黒いプラスチックのパッケージの中に、さらに透明のプラスチックのケースが入っており、その中にDVDのディスクが入っている。お客さんはこれをパッケージの中から引き抜いてレジまで持ってくる。それを貸し出しするって仕組みだ。透明のケースには棒状のセキュリティキーが差し込んであって、これを外さなきゃケースが開かず、店外に持ち出そうとすれば防犯ブザーがなる。CDの場合、ケースは市販されているものと同じ。商品にセキュリティーシールが貼ってあり、それをさらに一回り大きい透明のソフトケースの中に入れて、売り場に並べられてある。CDもDVD同様、お客さんはこの透明なソフトケースの中から商品を抜き出してレジまで持ってくる。
セキュリティ面には結構気を遣ってるみたいだ。
武光さんの後ろについて手元を覗き込む。
シャッ、カコ、スパン。
「え?」
あまりにも速すぎて見えなかった。
そんな音が響いたかと思えば、もうDVDがケースの中に収まっている。
そしてすでに武光さんは次の商品の方へと歩き出している。
見て盗めったって、何も見えないんですけど!
「ふふ、驚きました?」
愛沢さんの楽しそうな声が聞こえてきた。
「いや、本当に。全然見えないよ」
「じゃあヒントです。武光さんの手より、持ってるケースの動きに注意してください」
手じゃなくてケース?
疑問を感じながらも、とりあえず愛沢さんに言われた通りに、ケースの動きに注目する。
武光さんが目的の商品の前で足を止める。そして抱えているタワーの一番上の商品を持つ。指はケースの端っこの方を持ってる──って、それじゃ手の動きじゃないか。ケースはどう動いている? 武光さんが手に持つ透明のケースが、棚にある黒いパッケージへと接近する。そしてあの音。
シャッ、カコ、スパン。
商品は外のパッケージの中へと収まっている。
「見えた!」
「ふふ、分かりました?」
「うん。持ってるケースの角を黒いケースに引っかけて棚から少し出したあと、その商品をそのままケースの中に差し込んでまた棚へと押し込む」
『シャッ』でパッケージを棚から出し、『カコ』で商品を入れて、『スパン』でそれをまた棚に戻す。ものすごい早業だった。
「……正しく」
武光さんはニッと笑うと、そのまま洋画新作、海外テレビドラマ、洋画、韓流、邦画、邦画新作、国内テレビドラマ、アニメの順に抜けて、あっという間に返却を終えてレジまで戻ってきた。
「五分か。随分とスピード落したね」
小野さんの言葉に驚愕する。
これでも本気じゃないって言うの? 五分で六十枚ってことは、約五秒で一枚返却って計算なのに? 移動の時間だってあるだろうに……。
「政宗は『返却の神』とか『バックマスター』って呼ばれてるからね。何がどこにあるか分かってないと、なかなかこのタイムは出せないよね。だから、『歩く検索機』なんて呼ばれてたりもするよ」
何それ、二つ名?
……この店には、こんなぶっ飛んでる人たちばっかなんだろうか。
「あ、高橋くん、言い忘れてましたけど、この番号はちゃんと合わせて返却しなきゃダメですよ?」
そういう愛沢さんが差し出したのはDVDの透明なケースと、売り場に並んでいる黒いケース。よく見ると、その両方に番号が書いてあるシールが貼ってあった。
「これはですね、在庫確認だったり、延滞商品の確認の際に大切になってくるので、透明なほうにある番号と同じ番号の黒いケースに入れて下さいね」
そんな……。てか、武光さんはそれも含めてあの速さなのか……。
「さあ、本番はこれからです。まずは五分で十枚を目標にして頑張りましょう!」
今は愛沢さんの純真無垢な笑顔が怖い。
初日、僕はスキル、『挫けない心』を習得した。
○
悪夢のような研修初日の次の日。
学校が終わり、着替えてから「TSUDAYA」の事務所で昨日の復習をしていた。
昨日学んだTSUDAYA用語。
客から返ってきた商品を売り場に戻すことを『マスターバック』、略して『バック』。
売り場に並ぶ黒い外側のパッケージやソフトケース、略して『外パケ』。
これに対し内側の透明なケースやCDケース、『内パケ』。
内パケにつけるセキュリティーキー、略して『セキュ』。
S級と呼ばれる、大人気大量入荷商品が、全て(フル)貸し出し(レンタル)中のことを『フルレン』。
外パケと内パケに貼ってあるシールは『連番』。
昨日はバイト初日だということで、八時であがらしてもらった後、愛沢さんに教えてもらったのはこんなところだ。まだいろいろあるらしいがそれは追い追い、とのことらしい。
「さて時間ね。そろそろ朝礼始めるわよ」
パソコンに向かっていた津田が椅子から腰を上げる。昨日の復習をしていた僕はメモを制服の胸ポケットにしまい、さっき事務所に入ってきた愛沢さんも僕と並んで立つ。
「今日は……注意事項は特になし。火曜日だからそんな混まないだろうし、太郎は昨日に引き続きバック。葵も同じく太郎のバックアップ。ヒマになったらレジ打ち教える感じでお願いね」
津田は『朝礼フォーマット』、通称『朝F』を見ながら指示を出していく。この朝Fには、今日の売上目標、昨日の売上達成率や来店客数、注意事項や実施中のキャンペーン情報、今日入荷されるDVDやCDの枚数などが書かれている。
「さて、じゃあ今日も一日よろしく……って、栞のアホはどうしたの?」
「それが、まだ来てないみたいです」
「まだ他にもシフト入ってる人がいるんだ?」
栞さんか。初めて聞く名前だ。名前からすると女の人らしいけど、いくつぐらいの人なんだろう?
ちなみに、昨日の男子大学生二人とチャラ男一匹は、大学の授業の都合、今日は昼間のシフトだったらしい。
「はぁ、また遅刻? そろそろあいつの給料を減ら──」
津田がそこまで言いかけたとこで、事務所のドアがズダン、とものすごい勢いで開いた。
「すいません、遅れたです!」
そんな怒鳴り声とともに入ってきた背の低い女の子は、僕と同じ高校の制服を着ていた。肩ほどまでの髪を外向きに跳ねさせ、まだ幼さを残す、人懐っこそうな可愛らしい顔で、クリクリとした大きな目が特徴的だった。そして、なんと言っても一番の特徴、通称『アホ毛』とよばれる髪の毛が、頭の上から二本も生えて、それがぴょこぴょこ揺れている。
「遅いわよ栞」
「ごめんなさいです。学校の部活で、ちょっと打ち合わせが長引いたです」
肩で息をする栞と呼ばれた子は鞄を無造作に置き、制服が掛けてあるロッカーの前へと小走りに近づく。事務所のドア同様ロッカーも勢いよく開け、そのままの勢いで学校の制服を脱ぎ出す……。
そう、制服を脱ぎ出した!
いや、確かにいけないことなのは分かってる。紳士ならここで目を背けるだろう。この栞って子は身体のメリハリがあまり無いほうで、僕的にはもうちょっといろいろな部分が自己主張してもいいかなと思う次第であり、そもそも僕には心に決めた愛沢さんという方がいらっしゃるし、だが男の性なのか同年代の女の子のセクシーシーンが棚ぼたしてきたらどうしても視線がいってしまう。いやむしろ、僕がここで視線を逸らしたら彼女は傷つくんじゃないか? 自分に自信を失くしてしまうかもそれない。それだけは避けなきゃいけない。これからのバイト場での関係がギクシャクしてしまうかもしれないし、そもそも女の子を傷つけるなんてことは僕にはできない。ならここはじっくりと観賞して──
「栞ちゃん!?」
「ちょっと栞!!」
僕がガン見を始めようとした瞬間、驚いた愛沢さんと、さすがに焦った津田が栞ちゃんを止めにはいる。
なんてとこで止めるんだ! 今まさに、栞ちゃんはブラウスを脱ぎ捨てようとしたとこだったのに!
「はい?」
と、ここでついに振り返った栞ちゃんとバッチし目が合った。
流れる沈黙。
………………………………………………。
あ、ムチャクチャこれ気まずい。
「お、男? なんで見知らぬ男がケモノ、もといケダモノのような目で栞を食い入るように見つめてるですか?」
「待て! 僕はそんな目で見てないし、食い入ってもいない!」
と思う……。
「はぁ、栞、なんであんた気づかないの?」
さすがの津田も溜息混じりだ。津田の言う通り、僕がいるのに気づかない方がおかしいけど。
「紹介するわね。こいつは太郎。高橋太郎。この間の日曜にサンパレスの二○一号室に越してきて、月曜から働いてもらうことになったの。で、こっちは八紙栞。この子は一ヶ月前からここで働いてるわ。見ての通り私たちとは同じ学校。学年は一年。しばらくは一緒に働くんだから、お互い仲良くね」
津田の簡単な紹介の間、栞ちゃんはずっと僕に疑わしげな視線を送り続けていた。
「ふっ、それでは新人さん。自己紹介がてら、栞がここで何と呼ばれているか教えてあげましょう。私は『二次元の申し子』、通称『八紙栞』です!」
「津田、こいつはバカだな」
「そうね、バカよ」
通称は『アニメーション・マスター』の方だろう。しかも長い。
「あー、よろしくね、栞ちゃん」
「気安く『ちゃん』付けしないでくださいです!」
「栞?」
「呼び捨てもダメです!」
「なら八紙?」
「それはファミリーネームです! 栞のパーソナルネームは『栞』です!」
「なら栞と呼ぶしかないじゃないか」
「むー、仕方ありません。それで妥協しましょう」
「津田、こいつはアホだな」
「そうね、アホよ」
二本のアホ毛は伊達じゃないってことか。普通のアホ毛所有者より、二倍アホなんだろうか。
「それじゃあ、太郎さんは出てってくださいです。栞は着替えます。私の魅惑のグラマラスなダイナマイトバディに見とれてしまうのは分かりますが、そこは自重してくださいです」
「アホか! 誰がグラマラスでダイナマイトだ! 凹凸のないボディラインしてるくせに!」
「昔の偉人は言いました。貧乳は正義だと!」
「貧乳認めてるじゃないか!」
ちくしょう、なんだこいつは。何て……、何てツッコミ所満載なやつなんだ!
「クソっ! 津田、もう朝礼終わりでいいよな? 愛沢さん行きましょう!」
それだけ言い、津田の応えも愛沢さんの返事も待たずに、僕は事務所のドアを開け放って足早にカウンターを目指す。
「おはようございま──」
「なるほど、君が月曜から配属された、新兵の高橋か。さて、使い物になるのかどうか」
またもツッコミ所満載の人が現れた。
背が高くスラっとした体型。ポニーテールにしている黒髪と、制服である黒いシャツのおかげで、綺麗な白い肌が際立っている。
そこまではいい。
その人の下半身に目を向けると、そこには迷彩柄のカーゴパンツを黒いアーミーブーツにインしているという、デンジャラスかつエキサイティングなファッションに遭遇した。
極めつけは、カーゴパンツに通した黒くてゴツいベルトに、美容師がベルトに提げているシザーケースのようなものが、六個並んで付いていることだ。それぞれからは、カッターだったりハサミだったり、ボールペンや定規、ホチキスなどありとあらゆる文房具が顔を覗かせていた。
「あ、春日さん、おはようございます」
僕に遅れてカウンターに入ってきた愛沢さんの可愛らしい挨拶。愛沢さん、いちいち可愛いな。まったく、罪な女の子だぜ。
「やぁ、葵、おはよう。店長と栞もおはよう」
「おはよう」
「おはようございます。舞子りん、今日もキマってます」
愛沢さんに続いて津田のシンプルな挨拶、そして栞の称賛が春日と呼ばれた人に送られた。
「おい津田」
後ろにいるであろう、津田へと声をかける。
「何よ?」
「ここの制服は?」
「何? もう忘れたの? 黒いシャツとジーンズだって言ったでしょ?」
「この人、守る気ないじゃないかァァァ!!」
俺の突然の叫び声に、ギョッとして何人かの客が振り向いたが、そんなこと気にしてる余裕がないほど僕はツッコミの衝動に駆られた。
こんなのどう考えたってツッコミ待ちだろう!?
さっきからなんなんだこの店は! 僕のツッコミスキルが追いつかないだと!?
しかし僕がツッコミ役をやらないと、この店は混沌の渦の中へと巻き込まれてしまう。
僕が来る前まではどうなってたんだ?
それにしても、僕がこんなにツッコミ好きの人間だったなんて。
「いきなり驚かせるなよ。元気なのはいいが、時と場合をわきまえろ」
「あ、すいません──じゃなくて!」
時と場合をわきまえてないのは、あんたの格好だ!
「あぁ、舞子はそれでいいの」
「なぜ?」
と、振り返った僕の目に飛び込んできたのは、黒い制服に身を包んだ津田だったが、その制服の襟、袖、ポケットやらは、白いレースで飾られていた。しかも下はジーンズでなく、白いふわふわスカート。
「お前からして、何で制服改造してんだ! しかもジーンズ、完全シカトだし!」
「だって私、ジーンズ似合わないんだもん」
ちょっと拗ねたような津田の可愛らしさに一瞬ドキっとさせられ、危うく怒りを飲み込みこみそうになる。
「それに、似合わないもの見せてお客に不快な思いさせちゃうかもしれないでしょ? それってサービス業としてどうなの?」
前言撤回。こいつ開き直りやがった!
「そもそも舞子の格好だって理に適ってるのよ。舞子の主な担当は、内職、売り場の作り込み。だから、動きやすい格好、そして、そういうので必要な道具をシザーケースに入れてるの。そして何より……」
「何より?」
津田は一瞬溜めてから、目を見開きニヤっと笑ってみせる。
「似合ってるじゃない」
「お前は何様だ! ルールはどうした!?」
「店長様よ? 強いて言うなら私がルール?」
「そうでした!」
つい忘れてしまうが、こいつはこれでも店長なんだった。
まったく、まだシフトインしてから十分も経ってないのに、いったい何回ツッコミ入れたんだろう。
「ま、そういうことだ。私は春日舞子。よろしく頼むよ新兵」
「はぁ、高橋太郎です。よろしくお願いします」
てか新兵ってなんだ? 新米じゃなくて?
「舞子は私たちと同じ高校の三年生よ」
学校の先輩だったのか。大人びた雰囲気だから、この人も大学生なのかと思った。
そういや津田って皆のこと呼び捨てだけど、普通に考えて年上に対してもそれっていいのか? いや、店長だから部下に敬語を使うのも変か?
「舞子りん、気をつけてください。こいつは栞の着替えを覗こうとしたヘンタイさんです」
ビシっと僕を指さした栞の手は、制服の袖が長すぎて完全に隠れていた。余った袖が、空しくぶらぶらと揺れている。
「ほう、そうなのか高橋? なかなか元気だな」
「春日さん、勘違いしないでください! おい栞! お前が勝手に着替え始めたんだろうが! 人聞きの悪い。むしろ変態はお前だ!」
「どのお口がそんなことを言うですか! 栞のエレガントでマーベラスなボディに見入ってたクセに! このヘンタイ!」
「どこがエレガントでマーベラスなボディだ! このツルペタ変態女!」
「昔の偉人は言いました。貧乳はステータスであると!」
「だから、貧乳認めてるじゃないか!」
「さっきから貧乳だのツルペタだの、栞のどこを見てるですか、このヘンタイ!」
「うるさい、露出女!」
「ヘンタイ!」
「残念ボディ!」
「ヘンタイ!」
「アホ毛!」
「ヘンタイ!」
「制服ちゃんと着ろ!」
「ヘンタイ!」
「アホ!」
「キャラなし!」
「それだけは言わないで!」
『変態』のごり押しと言ってはいけない暴言により、膝が折れて地面に突っ伏す僕。ついでに心も折れた。キャラがなくて何がいけないんだ! 没個性に甘んじて、何がいけないんだ! 現代の若者の典型だろ!
津田は呆れ顔、春日さんは豪快に大爆笑。栞にいたっては、完全に勝ち誇った顔をしてやがる。
「高橋君、しっかりしてください! 高橋くんはヘンタイさんじゃないですよね? 栞ちゃんの裸が見たいとか、着替えを覗こうとか、そんなこと思うような変態さんじゃないですよね?」
愛沢さんの優しい言葉。
その言葉によって、昨日愛沢さんに抱いた感情や、さっき棚ぼた的に栞の着替えを見れると思ってワクワクしていた自分がフラッシュバックされて……。
「ぐふっ」
「た、高橋くん!?」
「なるほど、ザクとは違うですね?」
「む、いかんな。衛生兵!」
そんな言葉を聞きながら、僕の意識は遠ざかっていった……。