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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第2章 ノンフィクションのファンタジー
6/42

(3)

「で? はじめてか? それとも何度か現れたことがあったか?」


 重ねて問われて、遙飛は「はじめてです」と縮こまりながらもおずおずと答えた。そんな遙飛を見て、美形モデルはそうか、と考えこむように腕を組みなおした。


「あのっ、あれ、なんだったんですか? なんか、そんな離れた距離じゃなかったのに、よく見えなくて」


 遙飛は勇気を出して尋ねてみた。


「宙に浮いてて翼みたいのも見えた気がしたけど、カラスとか鳩とかじゃなかったみたいだし、大きさ的には犬か猫みたいな感じだったけど、なんか、そういうのとも全然違ってて」

「そこが問題なんだよな」

「え?」


 真面目な顔で言われて、遙飛は訊き返した。


「今日がはじめてなら、まあよかったけど、たぶんこれから頻繁に、遭遇するようになるだろうよ」

「えっ!?」


 あまりのことに愕然として、思わず絶句した。

 正体がなにかはわからないが、決していい雰囲気のものではなかった。むしろ不気味というか、不穏というか、気持ち悪いというか。会わずにすむなら、できればあれ一度きりにしてほしい。そんな不気味な気配を纏っていた。思ったところで、さっきのアレが現れた瞬間に味わった感覚を、どこかで疑似体験している気がした。


 ――え……あれ?


 ひっかかりをおぼえた直後にハッとする。

 例の物語のなかで、登場人物たちが化け物の襲撃を受けたときに漂う空気感。そのシーンを思い起こす瞬間の緊張、奇妙な高揚感と酷似している。気づかなければよかったのに、うっかり気づいてしまった。


「ああ、わかったみてえだな」


 その思考を読んだように、絶妙のタイミングで一条漣が言った。遙飛は文字通り飛び上がった。


「まあ、そういうことでさ。おまえとしても不本意だろうが、どうあってもこのまま無関係ってわけにはいかないんで、腹くくってもらうしかねえんだわ」

「腹くくってって、どうして……」

「ヤツらは確実に、おまえを狙ってくる」

「俺っ!? 俺をっ? なっ、なんでっ!?」


 腰を抜かさんばかりに喫驚した遙飛に、目の前の美形は冷静さを失うことなく軽い調子で肩を竦めた。


「しょうがねえよ。過去の因縁ってやつだ」

「だけど俺っ、そんなの知らな――」

「知らねえって目ェ背けんのはおまえの自由だよ? けどさ、それでも生命は、狙われるぜ?」


 涼しい顔で断言されて、遙飛は絶句した。

 やはり、遭遇した瞬間におぼえた背筋が冷たくなるようなあの感覚は、思い違いではなかったのだ。


 蒼褪あおざめる遙飛を見て、一条漣は軽く息をついた。


「ま、気持ちはわからなくもねえけどな。ただ、こっちの都合や常識が通用する相手じゃねえし? バックレようがねえもんは、しょうがねえよな」

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいんですかっ?」


 なんでこの人は、こんなに落ち着いていられるんだろう。


 少しもあわてる様子のない相手を見て、所詮他人事だからだろうかと遙飛は思った。得体のしれない化け物に生命を狙われる――真偽は不明だが――のは遙飛で、危険に晒されるのは結局自分ではない。だからこんなにも冷静でいられるのか。


「とりあえず、おまえが受験生ってことは承知したから、勉強時間削れなんて酷なことは言わねえよ」

「――え?」

「そもそもおまえ、もとから人間だったしな。躰張んのは俺らの仕事ってことで」


 あたりまえのように言われて、遙飛は呆気にとられた。


「えっ!? ちょっ、待っ……!」

「なに目ェひん剥いてんだよ。はじめから言ってんだろ、おまえは主、俺らは下僕ってな」

「いや、だけどっ」


 意味がわからなかった。こんな有名人が躰を張る? 自分のために?


「あ、危なくない、んですか?」


 我ながら間の抜けた質問だとは思ったが、訊かずにはいられなかった。だが、答えはじつに、あっさりとしたものだった。


(タマ)()り合いすんのに、安全なわけねえだろ」


 なんでこの人は、こんなに落ち着いてるんだろう。


 おなじ疑問が、さっきとは真逆のニュアンスで遙飛の脳裡に浮かんだ。『命の奪り合い』などという物騒な言葉を、世間話の延長のような口調でどうでもよさそうに言われては、返す反応に困る。冗談なのか本気なのか、はたまたなにかの比喩表現なのか、判断に迷うところだった。


「ただまあ、俺らが躰張んのはいいとして、おまえはおまえで相応の覚悟決めてもらわねえとよ」


 狙いが集中するのは遙飛なのだと、一条漣は強調した。


「覚悟を決めて、どうにかできるもんなんですか?」

「それもおまえ次第?」


 一条漣の口調は、どこまでも飄々ひょうひょうとしていた。


「昔みたいに、もうちょい躰の自由が利けばよかったんだけどな。生憎こっちの世界じゃ、俺も千草も、ただの人間に生まれちまったからな」

「そ、それって、圧倒的に不利なんじゃないですか!? だって、生身の躰で化け物を相手にするってことですよねっ!?」

「まあ、一応な」


 まあ、一応な、ではない。なにを言ってるんだ、この人は。


 遙飛は内心でつっこんだ。襲ってくるのが夢で見た化け物の類いならば、生身の人間が敵うわけもなかった。襲撃に備えて武器を携帯できるならばまだしも、ここは治安のよさを世界に誇る現代日本である。銃はもちろん、刃物だってそうそう気軽には持ち歩けない。ましてやふたりは、つねに衆目を浴びる有名人である。それでどう対処するというのか。そもそも普通の社会人よりよほど多忙を極める身で、いったいどうやって遙飛を護るつもりでいるというのか。


「いいか、遙飛」


 いまをときめく一流モデルは、ごく自然に遙飛に呼びかけた。


「おまえの決める覚悟はふたつある。ひとつは自分がああいう化け物に生命を脅かされる立場にあるってことを自覚しておくこと。そしてもうひとつ。こっちが俺たちの用件だ」


 色素の薄い瞳にまっすぐに見据えられて、遙飛は身を硬くして息を詰めた。


「さっきも言ったように、おまえの覚醒は半端な状態だ。半端だが、覚醒しはじめたことは間違いない。だからこそ、そのせいで本来ならリンクするはずのなかったふたつの世界が繋がっちまった。繋がった以上、俺らは無関係ではいられない。けどな、さっきも言ったように、生身じゃヤバすぎんだよ」


 言っていることはわかる。いや、前半の覚醒がどうのこうのという部分に関してはまったく理解できないが、化け物相手に生身では危険すぎるということだけは遙飛にも充分理解できた。


「そこでだ、遙飛」


 あらたまった口調で再度呼びかけられて、遙飛は全身を緊張させながら背筋を伸ばした。


「おまえ、王としての責任を果たせ」

「責、任……?」

怪物(ヤツら)相手に、受験勉強放り出して戦えとは言わねえよ。そこは俺らがきっちりくい止める。だから、そのための協力だけはしろ」

「なにをすれば、いいんですか?」

「たいしたことじゃない。俺たちの力を解放しろ」

「どっ、どうやってっ!?」

「俺が知るわけねえだろ」


 じつにツレない返答に、遙飛はあたふたとした。


 どこが『たいしたことじゃない』というのか。『主と下僕』の関係すら呑みこめていないというのに、王の責任を果たせと言われて簡単に応じられるわけもない。そうしたくとも、まるでやりかたがわからないからだ。


 一条漣の要求する力の解放というのは、おそらく、これもやはり事実として呑みこむことが難しいが、人外であった(らしい)当時の力を、戦闘用に引き出せる状態にしろということなのだろう。いきなりそんなことを言われても、途方に暮れるしかない。こうなってくると、東大を目指せと言われるほうが、まだ簡単な気がしてきた。

 だいたいにして、一条漣はなんでもないことのように『覚醒した』というが、その『覚醒』の自覚が遙飛にはまるでなかった。いつ、どこで、どのタイミングで。それどころか、王であったという認識すら欠片もない。


 ラグール、ディルレイン。ふたりの存在は把握している。ファルダーシュという名前にも憶えがある。だが、そう呼ばれていたのはだれだったのか。名前自体に馴染みはあっても、自分がそう呼ばれていたという認識はまるでなかった。その状態で、そんな重責を負えと言われても、ムチャな要求をされているとしか思えなかった。


「ちっ、ちなみにっ」


 遙飛はおそるおそる口を開いた。


「この件の関係者ってほかに……あの、詳細を知ってる人っていうか、その、俺たち以外で関わりがあるっていうか……」

「いないな」


 即答されて、遙飛は絶句した。


 そんな……。


「とにかく、それがおまえの仕事――ってか、役割な? 一応、俺らもハンパには覚醒してるんだが、いまの状態だと万一のときにすぐに駆けつけらんねえし、どうにも不自由でしょうがねえんだわ。だからさ、できるだけ早く、なんとかする努力、しちゃってくれるか?」


 しちゃってくれるか、と言われても、当惑と混迷を深くするばかりである。その遙飛のまえに、一条漣の腕がニュッと突き出された。


「なっ、なに……っ」

「なにじゃねえよ。連絡先」


 手にしたスマホの画面を遙飛のほうに向けながら、イケメンモデルはすました顔でフリフリッと合図するように振ってみせた。


「なんかあったとき、気軽に連絡取り合えねえと不便だろうが。ほれ、早くしろ」


 まさか自分のほうが、こんな有名人から連絡先の交換をせがまれる立場になろうとは……。


 遙飛は信じられない思いで茫然としながらも、学生服のポケットに手を入れた。


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