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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
エピローグ
41/42

(1)

 教室のまえまで来た遙飛は、開け放たれているドアの手前で一度足を止めた。

 そこでいったん、軽く呼吸を整える。それから、意を決して1歩踏み出した。


「おはよう」


 だれにともなく声をかけながら教室に入ると、すでに登校していたクラスメイトたちがいっせいに振り返った。遙飛の姿をとらえた数人が、一瞬黙りこむ。しかしすぐさま、屈託のない様子で「おはよう!」と挨拶を返してきた。

 内心構えていた遙飛はホッと胸を撫で下ろしつつ、反面、わずかに緊張を残しながらも、何気なさを装って自席に着いた。隣の席は、まだ登校していないのだろう。荷物が置かれた様子もなく、空席のままだった。


「はよっす、遙飛」


 まえの席の将輝が、明るく振り返って声をかけてくる。遙飛も笑顔でそれに応じた。


「あ、うん。おはよ」


 昨日遙飛が屋上から教室に戻ると、6限目はすでに終了したことになっていた。つまり、昼休み以降ずっと、放課後になるまで遙飛は不在だったというわけである。

 部活動がない者や委員会の仕事、その他の理由で教室に残っていた幾人かに、いままでなにをしていたのかと不思議そうに問われ、遙飛はやむなく、保健室で寝ていたことにした。昼食後、急に気分が悪くなったので保健室に行き、そのまま休ませてもらうことにしたのだと。その言葉を疑った者は、だれもいなかった。

 午前中までたしかにあった、遙飛に対するぎくしゃくとした気まずい空気は、その時点で完全に消えていた。そしていまも、やはりだれからも、どんな悪意も距離も感じない。湯川との件で、遙飛の存在がクラスから浮き上がっていたことなど、だれも憶えていない様子だった。


 席に着いた遙飛は、さりげなく右斜め前方を見やる。だがそこは、昨日とおなじように空席のままだった。


「そういや遙飛さあ、昨日の古文とグラマーのノート、だれかに見してもらった?」


 唐突に将輝に訊かれて、遙飛は我に返った。


「え?」

「いや、おまえ、午後の授業いなかったじゃん? だから一応、コピーいるかな、とか思って、やったとこ見せようと思ったら、あらビックリ! なんと、俺もノートとってねえんだわ!」


 かなり驚いた様子で告げた後、将輝は心底不思議そうに首をかしげた。


「っかしーんだよなぁ。俺、授業受けてたはずなんだけど、居眠りこいてたんかなぁ。ってか、考えたら、授業内容も全然憶えてねえ!……みたいな?」


 言って、「ワリィ」と拝むように片手を上げ、謝罪のポーズをとった。


「授業の進捗知りたかったら、だれか別の奴に見してもらって?」

「ありがと、大丈夫」


 遙飛もまんざら口先ばかりでなく、将輝の親切に感謝を述べた。

 そんなやりとりのさなかに沙優海が登校してきた。沙優海は遙飛と目が合うなり、大きな瞳をさらに見開いて小走りに近づいてきた。


ハルちゃん・・・・・、大変大変!」


 忙しなく言いながら隣の席の椅子を引いて、手にしていた鞄を机の上に乱暴に置く。そのままストンと座ると遙飛のほうに躰を向け、詰め寄るように身を寄せた。


「お、おはよう」


 その勢いにいささかたじろぎつつ挨拶すると、沙優海はいまさらのように「あ、おはよ」と返事をして、そのついでと言わんばかりに「イワッシーくんも、はよ!」と付け足した。


「えっ、俺いま、スッゲェついで感満載じゃなかった!?」


 かなり傷ついた様子で言うも、沙優海はそんなことなどおかまいなしで遙飛に向きなおる。その顔は、真剣そのものだった。


「なんかあった?」


 尋ねた遙飛に、クラス一の美少女は、怖いくらいに深刻な表情を浮かべたまま頷いた。その口が、意外な単語を発した。


「山田太郎さん」


 一瞬言われた意味がわからず、遙飛はキョトンとする。が、直後にそれがだれのことだったかを思い出してギョッとした。


「えっ? えっ!?」

「あのね、昨日、ハルちゃんは午後の時間ずっと、体調崩して保健室で寝てたから知らないと思うけど、なんかまた、目撃証言が相次いじゃってるの!」

「も、目撃証言?」

「そう! レンが廊下を歩いてたって! もちろんうちの学校の校舎の廊下だよ!? まさにここの建物内の廊下! しかも今回は、さらに付加情報があるの!」

「付加情報?」


 すでに聞かなくともわかる気がしたが、遙飛はつい、会話の雰囲気に呑まれて復唱してしまう。それに対して、沙優海はやはり、真剣このうえない顔で頷いた。


「なんと、レンには連れがいて、その相手がこともあろうに、あのイクシードの御曹司だったんだってっ!!」

「へ、へえ~……」


 やっぱり、と思いつつ、遙飛は曖昧に笑う。その薄い反応に、沙優海は不満そうな顔をした。


「ハルちゃん、男の子だからあんまりピンとこないかもしれないけどね、これってすごいことなんだよ?」

「なにそれ、なんか有名な人? イクシードって、たしか化粧品会社かなんかじゃなかったっけ?」


 口を挟む将輝に、沙優海はじれったそうに顔を蹙めた。


「ああっ、やっぱ男子の認識ってそんな程度かぁ! その化粧品会社の次期社長って言われてる人はね、すっごい美形なの! 千草宗幸っていうんだけど、『コスメ界の貴公子』って呼ばれてて、いま話題沸騰中なんだよ。知らない?」

「なにその呼び名。ダッサ……」

「ダサくないのっ! ホントにすごい美形で知的で見るからに育ちがよさそうで、まさに上流階級にいるのが相応しい、もろ『王子』って感じの人なんだから!」

「え~、っていったって、俺化粧しないし、美女ならともかく、男には欠片も興味ないもんなあ」


 将輝は沙優海の勢いに引き気味になりながら応えた。


「もうっ! イワッシーくんも少しはお肌のお手入れとかしないと女子ウケしないよ? 昨今のイケてる男子は、それなりにメイクだってするんだからね」

「いや~、俺が化粧とか絶対あり得ねえわ」


 カラカラと笑ったあとで、将輝は話題を戻した。


「ってかさ、サユちゃんが好きなのって、一条漣じゃなかったっけ? なんで化粧品会社の王子の話で盛り上がってんの?」

「あっ、それだ!」


 沙優海は思い出したように遙飛にふたたび向きなおった。


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