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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第10章 それでもやらなきゃいけないときがある
36/42

(1)

「びっくりした……」


 ポツリと呟いた遙飛は、脱力したようにその場に座りこんだ。千草がすぐさま、傍らに膝をつく。


「――遙飛くん?」


 気遣う口調で確認されて、遙飛はこっくりと頷いた。それを見た漣が、やれやれと嘆息した。


「なんだよ、あいつ。言いたいことだけ言って満足したら、もう引っこんじまったのかよ」

「大丈夫? っていうか、なにが起こってたか、把握できてる?」

「できてます、ばっちり」


 訊かれて、遙飛は再度頷いた。


「いまみたいに、ちゃんと自分の意思でしゃべってる自覚はあるんだけど、そのくせ自分とは完全にかけ離れてるっていうか……、その、なんつっていいのか全然わかんないけど、とにかく気持ち悪いっていうか――変な感じ?」


 そんな遙飛を、漣は見下ろした。


「自分がファルダーシュだっていう自覚はできたのかよ」

「あ、はい。なんか、ホントに俺?っていうぐらいギャップありすぎだけど、一応自分だっていう感覚があったっていうか、納得したっていうか……」


 言った直後に、遙飛は縋るような眼差しを目の前の千草に向けた。


「そ、それより俺っ、どうしたらいいんですかっ?」

「どう、って?」

「だって俺、過去のこととか、これまでのいきさつとか、もろもろの事情とかこれからのこととかは一応理解したけど、肝腎な部分は全部これからじゃないですかっ」

「まあ、そうだね」

「なのに、たったいままで俺としてしゃべってた『あの人』は、確認したかった内容聞くだけ聞いたら、あとはよろしくとかあっさり消えて、自分だけどっか行っちゃったんですよ!?」

「落ち着け、遙飛。おまえ、発言内容が相当愉快な感じになってるぞ?」


 茶化すような漣のツッコミに、遙飛はキッと振り返った。


「愉快って、どこがっ!?」

「メガネかけてる奴が、『俺のメガネがどこにもねえ!』とか騒ぎ立ててる、みてえな」


 鼻先で笑われて、遙飛は腹立ちまぎれに「どこがっ!」と言葉をかぶせた。


「俺はたしかにファルダーシュだったし自覚も納得もしたけど、でもはっきり言って、あの人と俺とじゃ全然別人じゃないですか!? ってか漣さんだって、そう言ってましたよね? そんで、いざ土壇場でバトンタッチとか、あり得なくないですかっ!?」

「なんでだよ。前世だろうが現世だろうが、おまえはおまえだろ? なら、なんの問題もねえんじゃねえの?」

「問題ないわけないないじゃん! ってか、問題しかないからっ! 神王の力があろうがなかろうが、俺にどうにかできるわけないってっ。いまはじめて聞いたことだらけだし、俺は俺って漣さん言うけど、ファルダーシュと俺は転生の前と後っていう繋がりはあっても、まったく別物だって認識があるから、千草さんだって俺とあの人とであきらかに態度変えてるんじゃないの!? そんなただのガキでしかない俺に、どうにかできるわけないってっ。絶対無理に決まってんじゃんっ!」


 興奮してまくし立てる遙飛の言葉を聞くなり、漣が「あちゃ~」と額に手を当てて天を仰いだ。なんのことかと一瞬怪訝けげんの色を浮かべた遙飛に、漣は空いているもう一方の手を軽くヒラヒラと振ってみせた。


「遙飛、おまえ地雷踏んだ」

「え?」


 ますます混乱を深くしかけた遙飛は、不意に嫌な予感に見舞われる。すぐ間近に、極寒の冷気を感じた気がした。


「申し訳ございません、我が君」


 甘やかで優しげな声に丁寧に謝罪され、遙飛は瞬間、ビクッと飛び上がった。


「わたくしが至らぬばかりに、とんだご無礼を申し上げました」

「ち、千草、さん?」

たかが一介の・・・・・・竜族の長にすぎなかった過去を持つ卑賤の身。わたくしには我が君にそのように呼びかけていただく資格すらございません。どうぞ今後は、『千草』なり『宗幸』なり『おまえ』なり、お心安くお呼びいただいて、存分に我が君の手足として使っていただければと存じます、顎先で・・・


 このうえなく鄭重で慇懃いんぎんで礼儀正しい、気遣いと思いやりに溢れた言葉。だが、その目は、欠片も笑っていなかった。笑っていないどころか、氷の刃で突き刺すような冷たさと鋭さが込められていた。『お心安く』など呼べるわけもない。遙飛は心底慄え上がった。


「お~い、千草、その辺で勘弁してやれって。遙飛のヤツ、完全ビビって本番まえから戦意喪失してんぞ」


 横合いから漣が助け船をよこした。


「ったく、目からブリザード光線発しながら脅すのやめろって。おまえの怒りかた、全然シャレになってねえんだよ。マジで怖ぇんだっつうの」


 ぼやいたあとで、「おまえもおまえだ」と遙飛を窘める。


「ヘタレのくせしやがって、いっぱしに千草に喧嘩売ってんじゃねえよ。一見温和そうで当たりがやわらかいからって油断してっと、痛い目見ることになんぞ。そいつにゃ昔から、ファルダーシュだって太刀打ちできなかったんだからよ」

「け、喧嘩なんか売ってな――」

「充分、売り言葉に買い言葉だったろうが。疳の虫の強い赤ん坊じゃねえんだから、しょうもねえことでいちいちヒステリー起こして泣きごと言うなってんだよ」


 ぶっきらぼうな口調ながらも淡々と諭されて、遙飛は項垂うなだれた。


「でも俺、ホントにどうすればいいのかわからない。これからが大事なときなのに……」


 そんな遙飛の頭に、ふわりとなにかが載った。千草の手だった。


「ごめんね、遙飛くん。僕もちょっと大人気なかった。君はまだ覚醒したばかりで、いろいろ混乱してて、プレッシャーだってはかりしれないのに」


 今度は口先のみならず、心からのいたわりが籠もった言葉だった。遙飛もかぶりを振って、自分からも謝罪の言葉を口にする。


「俺のほうこそ、すみませんでした。いくら予想外の展開だったにしても、取り乱しすぎだったかも。俺にも関係あることなのに」


 しんみりと言いつつ、でも、と付け加えた。


「ファルダーシュが完全に覚醒して、ああいう話の流れになったからこそ、彼が決着をつけるんだろうと思ったんです。だって、どう考えてもそのほうが確実だから。それがまさか、このタイミングで自分にお鉢がまわってくるなんて全然思ってもいなくて……」

「たしかにあいつは一度、幻精界に封印を施した経験があるからな」


 漣の言葉に、遙飛も大きく頷いた。ひょっとすると話の内容次第では、やはりファルダーシュが適任なのではないか、という方向に意見がまとまるのでは。そう期待したのだが、漣はあっさりその期待を打ち砕いてくれた。


「だが、今回はおまえに任せるのがベスト。そう判断したからこそ、自分は引っこんだんだろ」

「なんで俺……」

「最後に言ってただろうが、こっから先は『人間である』遙飛の仕事、ってな。半分サリアの血が混じってる自分より、混じりけのねえおまえのほうが神王の力をフルで使えるんだよ。あいつの場合、サリアの血が神族と妖獣、どっちにもブレるせいで、躊躇なくフルパワーが出せねえからな」


 神王の力に気づいて妖獣らが暴れ出せば、その邪気にも引っ張られることになる。半神のファルダーシュでは、その引きの強さに耐えきれなくなる可能性がある。つまりはそういうことのようだった。

 仮に耐え抜いたとしても、それによって力を削がれれば、神王としての務めが不完全な仕上がりとなる。それでは意味がなかった。


「だからこその転生で、おまえが人間として生まれた理由だろ?」


 漣の言葉を聞いて、遙飛はなおも自信がなさそうに俯いた。


「……転生した結果が俺じゃ、逆に失敗だったかも」


 言った途端、あわてて弁解する。


「あ、あのっ、俺は俺で、緊張しすぎたり恐怖心がまさっちゃったりして、うまく力が出しきれないかも…って」


 すぐ隣を意識しての過剰な反応に、千草はほんのわずか、複雑そうな表情を見せた。その顔を見て、遙飛は申し訳なさそうに首を竦める。身を縮めたまま、すみませんと小さく謝った。


「俺、なんでこんなダメなんだろ。ほんの少しでもファルダーシュみたいな強さが残ってればよかったのに……」


 悄然とする遙飛を見下ろして、漣は低く呟いた。


「あいつはべつに、生まれながらに強かったわけじゃねえと思うぞ?」

「え?」


 驚いて顔を上げた遙飛の視線を、漣はまっすぐに受け止めた。色素の薄いその瞳を見て、遙飛はぼんやりと思い出す。漣にはたしか、北欧の血が流れているのではなかったか、と。どこかの記事で、そんな紹介がされていたのを読んだことがあった。そんなどうでもいい情報が、いまさらのように記憶の底から浮かび上がる。散漫な意識が、思考の一部を現実から遠ざけた。


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