(1)
張りつめた空気があたりを覆った。が、やがて息をつくと、漣は遙飛の問いかけに謐かに応じた。
「しょうがねえ。そんなに知りたきゃ教えてやるよ。ファルダーシュ、おまえは『神族』の要だ」
「漣っ」
千草が引き留めるように声をあげる。だが、落ち着いた眼差しに見据えられ、すぐさま思いなおしたように引き下がった。
「しん、ぞく……?」
耳慣れぬ言葉に、遙飛の眉根が胡乱げに寄せられた。漣はその疑問形に「そうだ」と頷いた。
「もともと俺たち――幻精界に棲まうモノは皆、神の領域に属していた」
むろん『神』といっても、こちらの世界でいうような、信仰の対象としての抽象的存在ではない。漣はすぐに付け加えた。
「俺たちがかつていた世界には、大きく分けてふたつの種属が存在した。地上――すなわち人界に属すものと、そうでないモノたちと」
前者は、こちらの世界に棲まう生物種となんら変わることはない。当然、人間もそこに属す。そして後者――いわゆる神域に属すモノたちは、通常の生物には持ち得ない、特殊な能力を有するのがつねだった。
彼らは生活の基盤を幻精界に置きながらも、たびたび人界を訪れては、気軽にそこに棲まうものたちと交流を図り、友好的な関係を築いていた。
神域のモノたちをあえてわかりやすく分類するなら、『精霊』の類いとするのがいちばん近いかもしれない。
彼らは自然界のエネルギーを己の裡に取りこむことで生命を維持し、そのエネルギーを自身の力として還元させることでさまざまな現象に影響を与えることができた。
病や傷を治し、水や空気を浄化し、恵みの雨によって土壌を豊かに潤す。暗い夜道に迷うものがあれば光を灯して家路を示し、寒さに凍えるものあらばぬくもりと安らぎとを与える。寿命をまっとうしたものには次なる再生に向けて魂の浄化をおこない、生命の誕生に際しては光の祝福と幸運への導きを為す。
神域のモノたちが施す慈悲によって地上は潤い、豊かな波動に包まれる。神族のモノらは、それによって地上に満ちた光のエネルギーを己のなかに取りこみ、さらなる力をその身に蓄える。
自然界の発するこの光の波動こそが後に『聖気』と呼ばれるものである。
人界の種と神域の種。
両者はともに手を取り、助け合うことで共存の道を歩んできた。信頼の上に成り立ってきた友好関係に綻びが生じるのは、不幸な偶然にすぎなかった。
「樹海の奥、アルバレス連峰の一角で、人間にとって利をもたらす鉱脈が見つかったのは、ファルダーシュの祖父王の時代のことだ」
漣の言葉に、遙飛もまた頷いた。同時に、やはりその出来事の裏に、原因となる秘密が隠されているのだと表情を硬くした。
「質のいい鉱脈を見つけ出して財を増やしたおまえの祖父は、そこで味を占め、欲をかいてさらなる甘い汁を吸おうとあらたな鉱脈探しに熱を入れるうち、最大の禁忌に触れることになる」
一拍を置いた後に漣は遙飛に尋ねた。
「ファルダーシュ、イオニアの肇国にまつわる言い伝えを記憶しているか?」
質問の意味を理解した途端、遙飛の顔色が変わった。
――まさか……。
「そのまさかだ」
表情にあらわれた思いを読み取ったタイミングで、漣は肯定した。