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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第8章 とくと聞かせてもらおうか
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(4)

 弱肉強食、共食いが常態化していくなか、『牆壁の森』の向こう側に棲まう人間こそが妖獣にとってもっとも質の高い栄養源となることに気づいたのは、偶然だったか必然であったか。もはやその過程すら判然としない。


 強い飢餓感を薄れさせるばかりか、自身の妖獣としての能力すら格段にレベルアップさせる甘美なる獲物。人間は、妖獣にとって最高の餌となった。


 こうして妖獣たちは境界を侵すようになり、それに対抗すべく、人間もまた妖獣らの襲撃に備え、あるいは敵として刈り取るべき対象と見做みなすようになっていく。


 人間との共存を望むわけではない。けれど、世界のバランスを保つためには、互いが守るべき領域というものがある。むやみにそれを侵犯すれば、バランスはたちまち崩れ去り、種そのものの存続に破綻をきたす。


 ファルダーシュに隷属の意を表した際、ラグールとディルレインはともに、自分たちの決断の理由がそのような事情に起因することを若き君主に説いて聞かせた。




「おまえたちのその主張を容れたからこそ、俺は周囲の反対を押し切っても、おまえたちを麾下きかとする決断をした」


 遙飛の言葉に、漣が気のない様子で肩を竦めた。


「そのうえで俺たちがおまえを選んだ理由まで理解したなら、いまさらあらためて確認しなおす必要もねえんじゃねえのか?」

「俺が訊きたいのは、そんなことではない」


 漣の言葉を、遙飛は厳しさを伴う語調で撥ねつけた。


「万一のことがあった場合に、おまえたちの力を引き受ける存在として俺が選ばれた。それは最前から言うとおり、ラグールとの今際(いまわ)の際のやりとりを通じてよくよく理解した。だが、だからこそ俺はおまえたちに尋ねたい。おまえたちが俺を選んだ理由はいずれにある、と」

「ファルダーシュ様、それはどういう――」

「獣神、竜種は妖獣の世界でも最高ランクに位置づけされる。ラグール、ディルレインともに、その有するところの力が各種属のなかにあってひときわ異彩を放つものである以上、おまえたちが俺の生命にかかわる事態について軽々に扱うはずがない」


 言下に明言され、千草は返す言葉を失った。


 人界に長らく身を置き、樹海における『聖気』の満ち引きに接してなお、微塵の生命力も損なうことがなかった存在。


「おまえたちが俺に託したものは、一般に妖獣が見込んだ相手に与える支配痕などとは根本的な部分で性質を異にするものだ。ほんのわずか、己の傀儡かいらいとするために与える力すらも人間には致命的なダメージとなる場合が殆ど。それを一部どころか、まるごと引き継がせる。しかも1頭ぶんどころか2頭ぶんまるごとをだ。無謀どころの話でないことは明白だろう」

「頼みの綱はおまえしかいなかった。そんだけこっちも切羽詰まってたって証拠だろ」


 しれっとした態度で答えた漣は、遙飛と目が合うなりおどけた様子で白旗を揚げた。


「なんて言って、納得する雰囲気じゃねえな」

「あたりまえだ。なんのために俺がファルダーシュとしての覚醒を躊躇い、挙げ句、こうして前面に出てきておまえたちと向き合っていると思う」


『遙飛』では押しが弱すぎるうえに立場も弱い。漣と千草を相手に、まともに渡り合うことなど到底できるわけもなかった。


「おまえたちの心を疑うがゆえの躊躇いではない。己自身に向いた疑惑が深すぎたのだ」


 ラグールの講じた最後の手段を通じて、ファルダーシュは己がただの人間ではなかったことを思い知らされた。妖獣のなかでも貴種として最高ランクに位置づけられる獣神と竜種。そのツートップが同属を切り捨て、自分に示した恭順と絶対の忠誠。不自然すぎる火種は、その段階ですでに端を発していた。


「ラグールもディルレインも、ファルダーシュが彼らの力を受け取ったとしても死ぬことはないと確信していた」


 遙飛は断言する。

 結果、ファルダーシュはふたりの死後、その力を受け継いだことにより妖獣らを『牆壁の森』向こうまでしりぞけ、人界と幻精界との堺を封じた。


 単独では、決して成し得なかった偉勲。


「生来、俺に備わっていた『再生』の力は、王としての使命を果たすため、天から授けられたものなのだと思っていた」


 己の手を見つめながら、遙飛は述懐した。


 歴代のイオニア国王にはなく、ファルダーシュのみに備わった特別な力。妖獣らの人界への襲撃は、ファルダーシュの祖父の代からはじまった。農作物や海産物を中心に海運業が発展し、他国との交易によって栄えていた国が、金、そして質の高い天然石などの鉱脈を複数発見し、さらなる財を成して活気づいて豊かになった時期ともちょうど重なる。

 特殊な力を備えるファルダーシュを、祖父も父王も、ことのほか溺愛し、特別な存在として慈しんだ。


『そなたは神に選ばれた王家の宝なのだ』


 幼きころより言われつづけてきた言葉。たんなる身贔屓みびいきであり、愛情表現のひとつなのだとずっと思ってきた。王位継承の筆頭候補である自分への、自覚をうながす言葉なのだとも。だが、ラグールの死によって獣神の力が加わり、竜種の力が混ざり合ったことで生じた変化を通じて、その意識が大きく変わった。

 竜種の長であるディルレインも、獣神の長であるラグールも、知っていた・・・・・のだ。はじめから。


 遙飛はあらためて千草と漣を視つめた。


「『牆壁の森』で施した封印は、俺の転生をもって弱まる事態となった。となれば、ふたたびその事態を収拾すべく、手を尽くさねばなるまい。だからこそ明確にしておきたい」


 ひと呼吸を置いた後に、遙飛は眼前のふたりに問うた。



「ラグール、ディルレイン、『俺』は、何者だ?」






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