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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第8章 とくと聞かせてもらおうか
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(3)

「おまえが言うほど、ドライな関係ではなかったろう? だからこそ俺は自分の不甲斐なさを悔やんだし、今世でおなじ過ちを繰り返すまいと誓った。覚醒に時間がかかったのは、そのせいだ」


 完全なかたちでラグールとディルレインの力を解放させるためには、自分自身もまた、相応の覚悟を決めなければならなかった。いずれの能力も桁外れである以上、迷いある半端な解放のさせかたをすれば、本来の能力とのあいだにある落差により、充分に力を使いこなすことができずに命取りとなる。それは、火を見るより明らかだった。


「俺のなかで、いまひとたびおまえたちと向き合うためには、それなりに腹をくくる必要があったからな」

「なんだよ、俺らに腹蔵があるかどうか疑ってたってのか? それとも、自分たちが死ぬはめになった原因をおまえにおっかぶせて、執念深く恨んでるとでも思ったか?」

「そんな単純な話なら、遙かに気が楽だったな」


 どうせくだらないことを気に病んでいたのだろうと鼻先で笑おうとする漣に、遙飛は否定の言葉をかぶせた。


「ラグール、ディルレイン、いまここで、あらためて訊かせてもらおう」


 その言葉どおり、あらたまった口調での古なじみの友らに対する呼びかけに、まともに取り合う気のないルーズな姿勢を見せていた漣と会話の主導権を相棒に託していた千草とが、同時に緊張をはしらせた。遙飛がこれから尋ねる内容を瞬時に察した。そんな態度だった。


「なぜ俺を、主に選んだ?」


 詰問に近い声のトーン。遙飛の醸し出す厳格な雰囲気に、場の空気が気まずく固まった。

 漣と千草が互いの視線を見交わすことはない。だが、流れる沈黙を通じて、ふたりが互いの意思を確認し合っている気配が遙飛にも伝わってきた。


「なぜって、そんなんいまさらだろ?」


 先に口を開いたのは漣のほうだった。


「俺が逝くときに、俺たちふたりぶんの力をおまえに譲り渡したはずだ。それが可能な人間だったからこそ、俺たちはおまえを主として、ともに手を組むことにした。力を託されたときに、おまえもそれについては理解したはずだ」


 逐一説明されずとも、それを察せられないおまえではあるまい。高慢とも受け取れる態度で自分を見下ろす長身の男を、遙飛もまた、悠然と見返した。


「申し訳ございません、我が君」


 漣の言葉のみでは不足と判断したか、傍らから千草が口を添えた。


「我々に万一のことがあった場合、望みを託せる方はあなたしかおられなかったのです。人間のなかに、妖獣の力を取りこむことのできる者が稀にいることはご存じのとおりですが、それは妖獣自身がその人間を使って効率よくエサとなる人間たちを集めるための、支配痕としての力の授受のみ。見込んだ者を己の傀儡とするため、必要なぶんだけを分け与えるにすぎません」


 それでも多くの人間は、その力を受け止めきれずに生命を落とす。強すぎる妖獣の力は、人間にとって劇物のようなもの。それに耐えうる強靱さを持ち合わせる者自体が寡少だった。

 だが、ラグールとディルレインがファルダーシュに対しておこなったことは、従前の妖獣らが人間に見込んだものとは根本から目的を異にしていた。


「おまえたちの遺志を引き継ぐ者。おまえたちにとって、そういう見立てのもとに俺が選ばれたことは重々承知している」


 遙飛は、深沈たる面持ちで述懐した。


 獣神じゅうしんと竜種。ふたりの友が、それぞれの種属を捨て去ってまで人間である自分に隷属した意味はそこにある。当時、妖獣のあいだにひろがりはじめていた、ある種の不穏な共通意識。


 自分たちにとって、捕食の対象にすぎない人間が我が物顔で地上を占拠している。その一方で、自分たち妖獣は限られた棲息地――幻精界(げんせいかい)へと追いやられ、逼塞ひっそくを余儀なくされている、と。

 ふたつの空間を隔てているのは、『牆壁(しょうへき)の森』と呼ばれる樹海。イオニア国北西部にひろがる鴻大な樹林であり、この樹海とその奥にひろがるアルバレス連峰の存在により、ベルジアン半島の南端に位置するイオニアは、陸続きの他国と隔てられていた。



『鎮守の国』――立地の関係で陸側からの侵攻が難しいイオニアは、同時に、開けた海側からも攻め入ることができない難攻の国として他国から距離を置かれていた。


『鎮守』の呼び名には、多分に皮肉と揶揄が含まれている。

『牆壁の森』を抜けて人界へ現れる妖獣は、なべてイオニアの地へと最初に降り立つ。それゆえ、イオニアこそがもっとも妖獣の襲撃を受けやすい土地柄であり、ひとたび妖獣らによる襲撃がはじまれば、妖獣らの向かう先々で無差別に殺戮が繰り広げられた。

 温暖な気候、肥沃な土地。なにより、恵まれた鉱脈により築いた豊かな財源を狙って侵略を試みれば、狙った側までもが妖獣の餌食とされる。


 イオニアは、次第に不可侵の国として近隣諸国とは一線を画すようになっていく。だが、その一方で妖獣もまた、自在に『牆壁の森』を行き来できたわけではなかった。

 樹海には、人界と幻精界とを明確に隔てるための『聖気』と呼ばれるエネルギーが存在する。この『聖気』の満ち引きにより『昼の時間』と『夜の時間』とが訪れ、干潮時の『夜の時間』にのみ、妖獣は人界へとやって来ることができた。


 1日のうちに幾たびとなく訪れるふたつの『時間』。実際の昼夜とは関係なく、その訪れに規則性もまるでなかった。樹海に長らく聖気が満ちて『昼の時間』がつづくこともあれば、その逆もあり、『昼』と『夜』とがめまぐるしく入れ替わることもあった。

 だが、いずれにせよ妖獣らにとって、『牆壁の森』を通過し、人間を捕食できるのは『夜の時間』のみ。

 人間にとってはむしろ自然の恵み、陽のエネルギーともいえる『聖気』は、妖獣の生命力を弱らせる毒となった。人界に長居をする間に満潮となり、聖気の満ちる『昼の時間』が長引けば、力の弱いものほど生命の危険に晒される度合いが高くなる。


 妖獣と人間は、本来、棲まうべき世界を異にする種として別個に存続してきた。

 幻精界と人界。

『牆壁の森』の有無にかかわらず、交わることのないそれぞれの世界で和を保ち、むしろ不可侵であることが暗黙の了解とされてきた。獣神、竜種を筆頭に、貴種高位にあるほど食餌の必要はなく、万物の発するエネルギーを己の裡に取りこむことで生命を維持する能力に長けていた。それがいつしか、下位の種属同様、獣の血肉を喰らわねば己を保つことができなくなり、強い飢餓感に襲われるようになっていった。


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