(3)
* * *
「また、ここにいたか」
探さずとも最初からわかっていた。声の様子から、そんな思いが滲む。
気配が近づき、傍らに立つと、しばし無言で窓外にひろがる闇夜をともに眺めた。
沈痛と覚悟を漂わせる気配。
「そろそろ、限界のようだ」
発せられた低いひと言に、ファルダーシュは奥歯を噛みしめ、目を閉じた。
「……そうか」
竜種。獣神。それぞれの種のなかでも、桁外れの能力をもって異彩を放ちつづけてきたふたりの存在は、自分にとってもこのうえなく、かけがえのないものだった。
数多ある妖獣の種のなかで、とりわけ貴種として高位にあったふたつの種属。
傑出した彼らの能力は、それぞれの種属の希望であり、欲望の対象として祭り上げられていた。
竜種のディルレイン。獣神のラグール。
彼らをして己が一族の頂点たらしめることで、それぞれの種は妖獣の世界において勢力を拡大し、やがては人界をも制して繁栄を誇ることも可能となろう。そのために邪魔なのは、互いの存在。竜種には獣神が、獣神には竜種が障りとなる。
それぞれの種属のなかに、比類なき力を有する者を得たことにより、双方の戦いは他種を巻きこみながら次第に激化していく。そんなさなか、ふたつの種が期待を寄せたディルレインとラグールはともに、突如同朋らを捨て、ひとりの人間に隷属する道を選んだ。
貴種と呼ばれる濃い血のなかでも、図抜けた能力を有する竜種と獣神の純血種。その彼らが、人としての理性を保つためには、身の裡にひそむ兇猛な野生を完全に抑えこまねばならない。ディルレインとラグールは、互いの力を相手に流しこみ、異なるふたつの力を交えて相殺させることでみずからの持つ獣のサガを弱め、調節を図って理性と人型とを保ちつづけた。
ただの人の子にすぎない自分に、そこまでしてなぜ――
己を主と戴き、絶対的忠誠を誓う異形の彼らに、ファルダーシュは当惑をおぼえた。だが、幾たびとなく口にした疑念を、人にあらざるふたりの友は、終始軽くいなすばかりだった。そして結局、なにか事情があることを察しながら今日まで来てしまった。
ディルレインを喪ったいま、ラグールが己の意志で獣の本性をねじ伏せ、理性を保っていられる時間も限界に近づきつつあった。
迫りつつある刻限を意識しながら、それでもラグールは、ファルダーシュの許を離れない。なおもつづく妖獣らの襲撃を、みずから先陣をきって迎え撃ち、同属、異種の別なく討ち果たしていった。
限界が訪れるその瞬間まで、可能なかぎり敵の数を削ぎ落とすことに全霊を傾ける。盟約を破棄し、主従の関係を断ち切ることは最期までしない。だから『その瞬間』が訪れたときには遠慮なく、そして躊躇なく、主君としてのケジメをつけろ。
彼らを迎え入れた当初からの、それが約束。
「俺がなぜおまえたちに選ばれたのか、まだ、理由を教えてもらうことはできないのか?」
「いずれわかるときがくる」
理知を湛えた美しい黒瞳が、主の姿を映して穏やかに細められた。