(2)
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『ディルレインッ! ディルレイン、しっかりしろ! 死んではならんっ』
みずからの詠唱による言霊の威力をもって、意識が過去へと沈みこんでいく。
腕に抱くのは、黄金の髪、黄金の瞳をした美しい青年。
左肩から腰の右側にかけてを深く切り裂かれ、傷口から鮮血を溢れさせていた。
「もうしわけ、ございません……我が君……」
「しゃべるな、すぐに手当てをする。気をたしかに持て!」
傷口に掌を翳し、治癒と再生をうながす文言を唱えようとするファルダーシュを、美貌の青年は押しとどめた。
「もう、手遅れ、かと」
苦しい息のあいだから、懸命に言葉を押し出す。その声も、すでに消えかかっていた。
「すまぬ、ディルレインッ。俺がおまえとの盟約を早々に断ち切ってさえいれば、本来の力を発揮できたものを」
「ファルダーシュ様のせいでは、ありません。私が…あまかったのです……」
自嘲を滲ませた笑みのなかに、諦念が漂う。その目が、ファルダーシュの向こう側に佇む人物をとらえるなり、悲愴に変わった。
――自分がいなければ、人としての理性を保つことができない同盟者。
竜種と獣神。
決して交わることのない異なる種属に生まれながら、ともに共通の目的を見いだしたことで手を組み、心を通わせてたしかな絆を作り上げた。
竜種の束ねと目されたほどの穎脱した力には、同等かそれ以上の能力をもって拮抗し、あるいは相殺させる力が必要だった。そうでなければ、その裡にひそむ獣の本質を完全に押さえこむことができない。それは、相手にとってもおなじこと。
自分たちはおなじ条件を欲し、望みどおりにそれを満たし合える唯一の存在だった。
互いにとって必要不可欠で、その身を人界に置くかぎり、単独では決して存在しつづけることができない異端の種。そういう、巡り合わせだった。
黄金の双眸に、えもいわれぬ悲哀と寂寥が滲む。
――おまえを遺して逝くことが忍びない。この先おまえが味わうであろう、はかりしれない苦しみを思うだけで引き裂かれるように胸が痛む。せめておまえの味わう苦しみを、この身にすべて、引き受けていくことができたなら……。
ラグール、決して相容れることのできない異種に生まれし者。
それでも頼みに思うのは、ただ、おまえだけ――
「――すまない……」
胸に迫る万感のひと言とともに、光は墜ちた。
ファルダーシュの腕のなかで、その想いを示すように、その姿は最期まで、『人』の姿でありつづけた。




