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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第7章 なにはともあれ待たせたな
24/42

(1)

「ファルダーシュ様!」


 千草の呼びかけに、遙飛でありながら遙飛でない者は穏やかに応じた。


「ちと眠りが深すぎて、浮上するのに思いのほか手間取った。要らぬ苦労をかけたな」

「とんでもない。そのようなことは――」

「おっせぇんだよっ!」


 千草の言葉を遮って、苛立った声が割りこんだ。顧みた先で、大きく息を喘がせながら立ち上がる漣の姿があった。途端に遙飛――ファルダーシュは破顔した。


「すまんな、友よ。大事ないか?」

「見りゃわかんだろ。大事ねえわけねえだろがっ、あと少しで死ぬとこだったんだぞ!」

「漣っ!」


 声を尖らせる千草を制して、ファルダーシュは笑った。


「誠に相すまぬ。苦情は後ほど、いくらでも受けつけようぞ。だが、いまはひとまず、片付けるべきものを片付けてしまわんとな。どうだ、まだ動けるか?」

「ったりめぇだろ。俺をだれだと思ってやがる。力さえ戻りゃ、いくらでも戦えるってんだよっ」


 言うなり、漣はたかだかと跳躍した。

 真横から鋭く打ち払われたドラゴンの尾が、的を空振りして機械室の鉄扉をぶち破る。空中で体勢を整えた漣は、そのまま身軽く反動をつけると、降下の勢いを利用してドラゴンの側頭部に強烈な蹴りを叩きこんだ。倍以上も体格差のあるドラゴンが、その一撃で数メートル吹っ飛んで地響きをたてながら床に沈んだ。それを見たファルダーシュは、満足そうに頷いた。


「さすがだな。相変わらず惚れ惚れする身ごなしと戦いぶりだ」

「おめぇがいつまでもトロトロしてっから、こんな大ごとンなってんだろが。余裕ぶっこいて寝惚(ねとぼ)けたことほざいてねえで、少しは反省しろ、このクソバカ国王!」


 漣の悪罵には、いっさいの遠慮も容赦もない。とても自分の仕えていた主君に対する言葉とは思えなかったが、罵声を浴びせられた側はどこまでも愉しげだった。かわりに、傍らにいた千草が額に手を当てて深々と嘆息を漏らした。


「申し訳ございません、我が君。あのバカにはあとで私から、キツく言い聞かせておきますので」

「よい、気にするな。むしろあやつは、あのぐらいでちょうどいい。いまさらへんに畏まられても、かえって調子が狂う」


 鷹揚に受け応えられて、千草のほうが恐縮のていで首を竦めた。


「ところでディルレイン――いや、現世では千草だったな。おまえのほうは調子・・はどうだ?」


 訊かれて、千草は表情を引き締めた。


「おかげさまをもちまして、わたくしのほうも万全でございます」

「そうか。ならば階下(した)の始末を頼めるか? このとおり俺は丸腰なのでな。悪いが今回は、高処たかみの見物を決めさせてもらうぞ」

「もとよりそのつもりでございます。荒事は我らにお任せいただいて、我が君はごゆるりとご高覧あそばされますよう」


 言うなり、こちらもひらりと跳躍して、軽業師のような身ごなしで欄干の上に舞い降りた。そのまま主君に向かって優雅に一揖いちゆうする。そして、躊躇ためらいなく地上に身を躍らせた。


 人間(ひと)として生まれた千草がその外観を変容させることはない。だがその皮膚に、複雑な文様を描く痣、もしくは入れ墨のような紅い耀きがあざやかに浮かび上がっていた。

 千草の消えた場所に、本来の姿に立ち返ったディルレインの残像が映し出される。


 このうえなく優美で気高い、白銀の翼竜――


 遙飛の口許に、笑みが浮かぶ。


「おのれっ、人間の分際でどこまでも小賢しいっ」


 怨みの籠もった(しゃが)れ声に顧みれば、鬼気迫る形相で襲いくるドラゴンの姿があった。先刻までの遙飛であったなら、悲鳴をあげ、確実に腰を抜かすシチュエーション。だがいまは、悠然と構え、微動だにしなかった。


「邪魔だ、どいてろっ!」


 ドラゴンの背後から鋭い声が飛ぶ。それを受けて、遙飛は1歩だけ後ろに下がった。

 直後、後方から弾けた鋭い閃光が、ドラゴンの胸部を穿つ。その風圧が、遙飛の鼻先を掠めていった。絶叫を放ったドラゴンは、もんどりを打って転がり、遙飛のすぐわきにある鉄柵に叩きつけられた。そのまま、柵の向こう側に上体を乗り出し、ふたつ折りになってひっかかるようにぶら下がる。胸の穴から紫色の体液を大量に溢れさせた巨体は、幾度かビクビクと痙攣した後、やがて動かなくなった。


 圧倒的な力。


 先程までの苦戦が嘘のような一撃をもって、決着は呆気なくついていた。

 目線を向けたその先で、攻撃を放った漣が構えを解いて小さく息をつく。その皮膚には、先程の千草のそれとは図柄の異なる文様がくっきりと浮き上がっていた。千草の紅に対し、こちらはあざやかな碧。ファルダーシュが、忠信の誓いを立てた彼らの能力を封印から解き放した証だった。


「ギリギリまで怠慢決めこんでやがったわりに、勘は狂ってねえみてえだな」


 遙飛に向けられた言葉は、漣なりの評価だったようである。怠慢認定された主君は、今回も鷹揚に笑って受け応えた。


「こちらに生まれ落ちてから今日まで、武闘とは無縁に過ごしてきたからな。背格好までだいぶ小ぶりとなったことだし、この躰で戦闘までとなるとさすがに厳しいが、間合いを計ってよける程度ならなんとか、といったところか」

「上等。おまえは王様らしく、そこで偉そうにふんぞり返って見物してやがれ」


 ぶっきらぼうな言葉を投げかけながら、目の前を素通りした漣はチラリと遙飛を見やった。


「すぐに片付けてくる」


 短く言い置いて、千草同様、軽い跳躍とともに屋上の外へ身を躍らせた。

 筋骨隆々とした暗灰色の巨体。幅数メートルにも及ぶ豊かな翼と頭頂部から伸びた鋭い角。悪鬼あるいは地獄の番人のようでありながら、この世界には決して存在し得ない生物の姿。


 封印が解かれたことをもって本来の姿をオーラとして身に纏い、漣は敷地内を横行する妖獣らの始末に赴いていった。


 独り屋上に残された遙飛は、学校の敷地内全体へと意識を向ける。不完全な覚醒状態のまま精神的に追いこまれ、恐慌に陥ったことにより、思いのほか多くの妖獣たちがこちらの世界に流れこんできてしまっていた。不甲斐ないことではあるが、ファルダーシュの意識が『篠生遙飛』の人格の深層に沈みこんだ状態で、妖獣らの敷地外への出奔を阻止する術を施したことだけは上出来だった。


 ファルダーシュとして覚醒を果たしたいま、意識を向けただけで離れた場所にいる漣、千草それぞれの様子が手にとるようにわかる。敷地全体に拡散した妖獣らの数、ランク、それによって出た被害の状況。千草がどこにいて、漣がどんな戦いを繰り広げているのか。


 みるみる減少していく妖獣らの数を肌で感じとりながら、遙飛は屋上で独り背筋を伸ばし、呼吸を整えて印を結んだ。


霄壌(しょうじょう)、祈り()つるるをもって世に光華(こうか)溢れん。清冽なる力宿せし寿(ことほ)ぎは、邪を祓いたまいて万象くつがえらせん――」


 朗たる声音(せいおん)による詠唱がはじまると、あたりの空気が変わりはじめた。


 目には見えない澄んだ光が乱舞し、涼やかな音色をいっせいに奏でだす。それは、不可思議で神秘的な感覚。その不可思議な現象は、漣たちが妖獣らの処理を済ませた場所を中心にひろがりを見せていった。

 光の旋律に覆われた空間が、建物も負傷者も含めて瞬く間に再生し、傷痕を消していく。学校内を縦横に移動する漣と千草。そのふたりを、遙飛の詠唱によって生み出された旋律が追いかけるように満たしていった。


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