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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第6章 なにがホントで嘘なのか
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(3)

 知らず知らず、遙飛は千草の拘束を振りほどこうともがいていた。だが、遙飛を押さえこむ千草は、どうあっても遙飛を解放しようとしない。そんな千草に腹を立て、遙飛は振り向きざま千草に怒声を浴びせた。


「んだよっ、放せよっ!! ってか、あんたいったい、なんなんだよっ!?」


 力をゆるめることなく遙飛を押さえこむ千草は、どこまでも平静そのものだった。


「『なに』、とは?」

「ふざけんなっ! なに取り澄まして余裕ぶってんだよっ。あんた、あの人の仲間なんじゃないのかっ!? いまにもやられそうになってんだぞ!?」


 言う間にも、ドラゴンの鋭い鉤爪が漣の腹めがけて振り下ろされる。躰を回転させて、きわどいところでその一撃をよけた漣は、素早く立ち上がって両手を湯川に向け、構えの姿勢をとった。低い掛け声とともに、その掌から放たれた光がドラゴンの胸もとに当たる。しかし、その身体は、ビクともしなかった。


「あんなん相手にして、まともにやり合えるわけないだろっ。漣さんがやられるのも時間の問題だ。俺にだってそのぐらいわかる。なのになんで黙って見てんだよ!」

「そういう約束だからね」

「約束っ!?」

「自分が戦ってるあいだはいっさい余計な手を出すな。あらかじめそう釘を刺されてるから」

「だからってっ――」

「遙飛くん、君、僕らが煙たかったんじゃないの?」


 しずかな口調で問われて、遙飛は顔を硬張こわばらせた。


「僕らの存在が疎ましかったし、自分はただ利用されてるだけなんじゃないかって疑ってた。僕も漣も、信用には値しない怪しい人間だから、なるべく関わり合いになりたくない。そう思ってたはずだよね?」

「そっ、それはそうだけど、でも、それとこれとは――」

「違わないよ。生きてるかぎり、僕らは君に接触を図りつづける。なら、あのまま漣が死んでくれたほうがいいんじゃない? むしろ、そのほうがスッキリするよね?」

「なわけないだろっ。いくら嫌だからって、目の前で人が殺されかかってんのに見殺しになんてできるわけないじゃんっ! あんたおかしいよっ。あの人の友達なんじゃないのかよっ!? 仲間ならなおのこと、助けに入るべきだろっ!」

「遙飛くん」


 興奮して喚き立てる遙飛の名を、千草は謐かに呼んだ。その冷たい温度に、遙飛はビクッとした。


「君、なにか勘違いしてないかい?」

「――勘違い?」

「仲間だの友達だの、僕らの関係を随分生ぬるいものに思ってるようだけど、僕と漣の関係は、そんな甘ったるいものじゃない。漣にとっての僕も、その逆も、いま漣が相手にしてるあのドラゴンとなんら大差ないものだから」

「そんなっ。だって……っ!」

「人と妖獣は決して相容れない。同様に、種の異なる妖獣同士も共存することはない。お互い、喰うか喰われるか。殺すか殺されるか。そういう間柄なんだよ」

「でっ、でもっ」

「ラグールとディルレインの関係が良好に見えたのは、べつにふたりが信頼し合って友情を育んでいたからじゃない。ただたまたま、共通の思いがあった。それだけのことにすぎない」


 ファルダーシュ王への忠誠。ふたりにあったのは、それだけなのだと言われて遙飛は返す言葉を失った。


 兇猛なケダモノの本性を剥き出しにして殺し合い、喰らい合う妖獣同士が、たったひとりの人間にそこまでの忠誠を誓う。ファルダーシュとは、いったいどれほどの人物だったのか。そして彼らにそう誓わせる、どんないきさつがあったというのか。それが自分? ダメだ、わからない。なにもかも、ピンとこない。


「あ……、でもっ、ラグールは……」


 遙飛は狼狽も露わに千草から視線を逸らしながら呟いた。

 ディルレインについては、まだ殆ど思い出せていない。だが、ラグールは間違いなく、主であるファルダーシュに牙を剥いている。


「信じた相手に手酷く裏切られた。その事実を受け容れることがつらいから記憶を封印してる。遙飛くん、君は本当にそう思う?」


 謐かな口調で問われて、遙飛は瞠目した。まるで、そうではないかのような口ぶり。千草は、なにを知っているというのか。


「ごめんね。僕は答えられない」


 あらためて振り返った遙飛の視線を、千草は正面から受け止めてきっぱりと告げた。

 なんだ。この期に及んでもまだ、結局はなにも教えてはもらえないのか。遙飛は失意も露わに肩を落とした。だが、視線を逸らしかけた遙飛に、千草は穏やかな表情のまま口を開いた。


「王とラグールを残して先に死んでしまった僕には、その後、ふたりのあいだになにがあったのか、この目で確かめることはできなかったから。だから、はっきりしたことはわからない。それでも推測することは充分できる。そしてそれは、たぶん間違ってない」


 揺らぐことのない自信をもって断言し、千草は静謐な眼差しを前方に据えた。

 湯川に立ち向かう漣は、もうボロボロだった。全身血まみれで、立っていることさえままならない。それでも決して屈服する様子を見せず、なおも自分から攻撃を仕掛けようとしていた。


 敵うはずなどないのに。いまにも殺されそうだというのに。


「なんで……。逃げればいいのに……」


 痛ましいその姿が見るに耐えず、顔を背けて思わず呟いた遙飛に千草は昂然と言った。漣は決して逃げない、と。


「生命の火が消えるその瞬間まで、あいつは戦い抜くよ」

「どうしてそんなっ。ムチャクチャだ!」

「そう? 自分の生命すら惜しまないのは、そんなにおかしい? どうしてなのか、本当に理解できない?」


 答えなど、とうにわかりきっている。そんな言いかた。

 わかるわけなどなかった。ラグールもディルレインも、人間の心を持ち合わせない生き物なのだ。自分たちでそう言っておきながら、ふたりは悉く矛盾した言動をとっている。

 ファルダーシュの懐に入りこんで油断を誘い、腹心の友と見せかけておきながら獰猛な牙を剥いた。そのせいでイオニアは、取り返しのつかない犠牲を出すはめになった。それは事実だというのに、なにかがスッキリとしない。


 かつての記憶を持ったまま、現世に生まれた漣と千草。ではなぜ、自分は彼らとおなじようにファルダーシュの記憶をはじめから持たずに今日まで来てしまったのか。


 異能に恵まれていた当時の記憶があるなら、漣も千草も、それぞれの世界で成功しているにせよ、ただの人間のままではさぞ退屈で物足りなかろう。ひょっとすると、ファルダーシュに対する裏切りの背後に、なんらかの目論見があったのではないか。たとえば、もっと効率よく人間(エサ)を得ること。あるいは人界を支配して、都合よく人間を妖獣の支配下に置くこと。そのために、漣と千草はふたたび手を組んで遙飛に近づき、自分たちの力を取り戻そうとしていた。そういう可能性は考えられないか。


 千草の言うとおりだ。自分はふたりを疑っていた。そしていまも、その疑念を打ち消すことができずにいる。


 助けてやるから王の務めを果たせ。


 一方的で高慢な物言いは不快極まりなく、肝腎なことはなにひとつわからない。だからこそ遙飛も警戒と不審を募らせた。だが、漣の言葉が口先だけのものでないことは、眼前の戦いを見ればわかる。

 打算や欲得だけで、あそこまで捨て身にはなれない。圧倒的な能力差を前提とした戦いは、確実に漣自身の生命が懸かっており、いつ殺されてもおかしくはない状況だった。


 なぜあそこまでして……。


 理由はわかっている。本当は、尋ねるまでもないことだった。千草に言われるまでもない。漣は、遙飛のために戦っているのだ。遙飛がファルダーシュの魂を持つ者だから。かつて自分の仕えた主だから。ではなぜ、あんな悲劇は起こってしまったのか。


 思考がいつまでも、おなじところを堂々巡りする。そうするまにも、漣はさらに容赦なく嬲られ、刻まれていった。

 飛び散る血飛沫、砕かれる骨。漣はそれでも屈しない。その目に宿る闘志を、弱めることすらしない。


「止めなきゃ……」


 漣の姿を凝視したまま、遙飛は呟いた。自分と関わりがあるなしに関係なく、目の前で殺されかけている人間をどうあっても見殺しにはできない。なんとか隙を衝いて、助け出さなければ。強い衝動に駆られる遙飛を、千草はそれでも強く押さえこんで放さなかった。


「千草さんっ!」


 しばし無言で揉み合った末に、遙飛は業を煮やして自分を捕らえる千草を睨みつけた。


「いま助けに入っても、だれも助からない。半端な状態のままでは、ただの犬死にになってしまう。君を、そんなかたちで死なせるわけにはいかない」

「俺を……って、じゃあ漣さんはいいのかよ!? そんなわけないじゃん! だれかがだれかの犠牲になるとか、だれは死んでもよくて、だれは生き延びるべきとか、そんなん勝手すぎるだろっ! 自分が死ぬのはもちろん嫌だけど、だからってそれで生き残れたって嬉しいわけない! だれかの犠牲の上に成り立った人生なんて、俺、そんなん重たすぎて背負っていけないよっ」


「だから君が王の務めを果たすんだっ!!」


 興奮した遙飛に負けず劣らず、千草が激した様子で怒声を放った。そのあまりの剣幕に、遙飛は思わず身を竦めた。

 極度の興奮状態にあった遙飛が正気に引き戻されたのを見て、千草は自身の口調と態度もトーンダウンさせ、言葉を継いだ。


「目の前で殺されかけてる漣を見殺しにできない。君の気持ちはよくわかる。だけど、それならばほかのみんなは?」

「……え?」


 訊かれた意味がわからず、虚を衝かれて目をしばたたく。そんな遙飛に、千草は屋上から見下ろせる位置にある別棟の校舎を見やった。

 気がつけば、その窓のあちこちが破れ、なかから悲鳴や絶叫が漏れ聞こえてきた。その一棟だけではない。千草の手を振り払って、あわててすぐわきの欄干に飛びつき、柵越しに見渡せば、屋上の真下の部屋からも渡り廊下からも体育館や校庭からも、そこら中から泣き叫ぶ声、苦痛と絶望に満ちた悲鳴、物がひっくり返り、あるいは破壊されるような炸裂音が絶え間なく響きわたっていた。


「……な、んだよ……これ……」




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