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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第6章 なにがホントで嘘なのか
21/42

(2)

 まさか……。


 首の角度を心持ち上げて、漣の肩越しに屋上の向こう側を見やる。果たしてそこに、さらなる変容を遂げた湯川の姿があった。

 大きさは、人の姿の倍ほどにもなろうか。爬虫類めいたその姿は、先程のムカデもどき同様、やはり自分の知る地球上の生物種とはどこか隔たりがあった。近いのは、図鑑などで目にする恐竜のような感じか。

 鋭い鉤爪、体表全体を覆う硬質の鱗。そして長く豊かな尾と、背中から伸びた巨大な翼。


 ドラゴン――


 遙飛の脳裡に、地上には実在しないはずの空想上の生物の呼称が浮かんだ。

 猛々しく兇猛きょうもうでありながら、優美さを備えたその姿。それは、イメージしていたよりずっと小ぶりだったが、それでもどこか、神秘的な気配を漂わせていた。

 だが、遙飛が目を奪われていたのは、ごくわずかな時間のあいだだった。視界の一部に映るあざやかな色彩に気づいて目線を移せば、自分を抱きこむ漣の背中に大きな裂傷がひろがり、鮮血を溢れさせていた。


「漣さんっ、血がっ!」

「うっせえな。わかってるよ」


 思わずといった具合に驚愕の声をあげた遙飛に、漣はぶっきらぼうに応じた。

 遙飛は愕然とした。状況から察するに、攻撃を仕掛けてきたのは湯川で間違いない。本来の姿に戻ったことで、いましがたまで遙飛と言葉を交わしていたときの理性も手放してしまったのだろうか。


「な、んで……」


 遙飛は混乱した。

 もともと、漣と湯川は敵対しているようだった。だとすれば、本来の姿を取り戻した湯川が漣に攻撃を仕掛けてくるのは、成り行きとして当然のことなのかもしれない。妖獣と呼ばれる存在にとって人間は、たんなる餌にすぎないのだということも千草から聞いた。ならば湯川が、遙飛に攻撃を躊躇ためらわないのも、ごく自然なことなのだろう。しかし、それではなぜ、漣は己の身を楯にして自分を庇ったりしたのか。


 湯川との話のなかで、転生によって失われた力を取り戻すために遙飛は漣たちに都合よく利用されたのだという結論に達した。かつて、親しき者、護るべき者の多くがラグールの裏切りによって殺されたこともまた事実だった。信頼を裏切られ、その結果、多くの大切な者たちを喪い、生涯消えることのない痛みと後悔を背負うことになった。

 それなのに、なぜいまさら、漣はみずからの生命を危険に晒してまで自分を護ろうとするのだろう。思ったところで、不意にストンと腑に落ちるものがあった。


 ああ、なんだ。そういうこと。


 遙飛の口許に、自嘲が浮かんだ。


「そんなにまでして、取り戻したいもの?」

「ああ?」

「ラグールの力」


 冷笑を帯びた口調は、自分でも嫌になるほど捻くれていて、意地が悪かった。だが、気持ちはおさまらなかった。

 苦痛に耐えながら遙飛に覆いかぶさっていた漣が顔を上げる。そして、遙飛を見下ろした。


「俺が『王の務め』とやらを果たさないことには、漣さんはいつまでたっても人間のままなんだもんね」


 遙飛の言葉を聞いた漣は無表情になり、直後に身を起こした。

 立ち上がるついでに遙飛の腕も掴んで引っ張り上げ、一緒に立ち上がらせる。そのまま、遙飛がきちんと立つのを確認することなく、掌でドンと胸を突いて乱暴に突き飛ばした。

 よろけた遙飛は蹈鞴たたらを踏む。またしてもひっくり返って尻餅をつくかとヒヤリとしたが、すぐ背後に、その背中をしっかりと受け止めるクッションがあった。

 両肩を押さえて遙飛を支えたのは、これまたいつ現れたのかわからない千草だった。


「そのバカ、ガードしとけ」


 漣は冷めきった表情で遙飛を顎で指し示しながら千草に声をかけた。いつもなら、礼節を重んじる律儀な性格の青年が、その暴言と無礼な態度を咎める場面である。だが、千草は無言で遙飛の肩に置いた手に力を込めるにとどまった。


「力を取り戻すためにおまえの力が必要。遙飛、おまえの言うとおりだよ」


 口調同様、漣は冷ややかな眼差しで遙飛を見据えた。


「おまえがそれをどう解釈しようと、おまえの勝手だ。そのうえで俺たちに協力したくねえ、俺たちの要求を呑みたくねえってんなら、しょうがねえ。それを強要する資格は俺らにはねえからな」

「……え?」


 眉宇を顰める遙飛に、漣は背を向けた。


「おまえが俺たちを拒もうがなんだろうが関係ねえよ。おまえが王である以上、俺らは自分たちの務めを果たす。それだけだ」


 言い放つなり、漣は身軽く跳躍する。そのまま、みずから進んで湯川の正面に立ち、対峙した。その様子を茫然と視つめる遙飛を、千草は離れた位置まで移動させた。


「どういうことですか?」


 振り返った遙飛は、千草に尋ねた。


「漣さん、なんで……。まさか力が戻って……?」

「とんでもない。人間のままだよ。僕も漣もね」


 千草はどこまでも平淡な態度を崩さなかった。遙飛は愕然とした。


「えっ、じゃ、なんでっ。危なくないんですかっ? 逃げたほうがいいんじゃ――」

「逃げても無駄だよ。僕らの足で走って逃げて、翼のある相手から逃げきれると思う? それに遙飛くん、ここは、君の学校じゃないの?」


 痛いところを突かれて、遙飛はグッと詰まった。


 たしかにこのまま逃げて、学校のみんなを巻きこむわけにはいかない。それどころか、近隣の人や通りすがりの人たちまで巻き添えにする(おそれ)すらあった。それがわかっていながら、自分の安全だけを優先するのは身勝手すぎる。だが、だからといって勝てる見込みのない相手に立ち向かうのは無謀がすぎるのではないか。


 思ったところで、あらためて互いに向き合う漣と異形の湯川を見てゾッとした。どれほど運動神経に自信があろうと、鍛え上げていようと、ただの人間に、あんな化け物を相手にしてまともにやり合えるとは思えなかった。ましてや漣は、すでに背中に、大きな裂傷を負っているのだ。けれど、止める間もなく戦いははじまった。


 ドラゴンの口から、激しい火焔が漣めがけて吐き出される。素早く飛び退いた漣が数メートル後方で着地するも、直前で振り下ろされた長い尾は、あっという間にその足首を捕らえて絡めとっていた。

 振り下ろされた勢いとおなじ威力で太い尾が大きくしなる。足もとを掬われた漣は、躰ごと持っていかれて振りまわされ、そのまますぐわきの建物の壁に叩きつけられた。


「漣さんっ!」


 咄嗟に叫んで身を乗り出そうとした遙飛を、千草が押さえる。そうするまにも、床に沈んで苦しげに悶え、呻く漣の脇腹を、ドラゴンの脚が容赦なく蹴り上げた。

 成人男性のなかでも、長身の部類に入る漣の躰が軽々と吹っ飛び、胃液と鮮血を撒き散らしてコンクリに叩きつけられる。

 戦いなどと言えるものではない。一方的ななぶり殺し。そのひと言に尽きた。


 やはり、勝敗云々以前に、まともに太刀打ちできる相手ですらなかったのだ。


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