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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第6章 なにがホントで嘘なのか
20/42

(1)

 遙飛と湯川、ふたりしかいなかったはずの屋上で、不意に割りこんできた3人目の声に遙飛は仰天して飛び上がった。

 聞きおぼえのある声に顧みれば、屋上への出入り口わきの壁に身を預けるようにして、長身の男が佇んでいた。


「漣さんっ!」


 湯川の傍らに膝をついたまま叫声を発した遙飛を見やって、漣は薄い口唇くちびるに皮肉を載せて、うっすらと吊り上げた。


「な、なんで…っ」

「なんだってこんなところにいるのか。あるいはいつのまに、どうやって入りこんで、どこから聞いていたのか、か?」


 意地の悪い口調で呑みこんだ言葉を代弁され、遙飛は気まずく口を噤んだ。

 どこから聞かれていたにせよ、いまの湯川とのやりとりのなかでの遙飛の思考はまるわかりだっただろう。だからこその言葉、そして冷ややかな目つきと侮蔑の滲む態度、口調なのだ。

 遙飛は縮こまった。案の定、漣はそんな遙飛に容赦のない言葉を浴びせた。


「情けねえな、遙飛。ちょっと優しい言葉かけられて、同情してるふりされたら、そのザマか?」

「な……っ」


 図星を指されて思わずカッと頬を紅潮させる。そんな遙飛を見ても、漣の冷ややかな態度に変化はあらわれなかった。


「俺は必要なことは、あらかじめきちんと伝えておいたはずだ。真実から目を背け、過去に蓋して向き合おうとしなかったのは遙飛、おまえだ。そのうえさらに、己の甘さのなかに逃げこむのか?」


 射貫くような眼差しに、厳然とした光が加わる。その凄味に気圧けおされる反面で、遙飛は猛烈な怒りと反撥をおぼえた。こんなふうに一方的に非難される謂われはない。わけのわからない事態に放りこまれて遙飛が混乱していることを承知のうえで、その不安をさらに煽り立てて急かす真似をしたのは漣たちのほうなのだ。


「……んだよ」


 呟いた遙飛は、直後に漣を睨みつけた。


「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないんだよっ!」


 発した声は、自分でも思った以上にヒステリックで言い訳じみていた。


「だれを信じようと信じまいと俺の勝手だろっ!? 有名人でちょっと人気があるからって、だれでも思いどおりにできると思ったら大間違いだからなっ」


 だいたい、いまの化け物の襲撃から遙飛を救ってくれたのだって、漣ではなく、湯川だったではないか。

 言葉を重ねれば重ねるほど、負け犬の遠吠えのようにしか聞こえなくなっていく。それが情けなく、悔しくてならなかった。


 なんで。俺はべつに、悪いことなんてなにもしてないのにっ。


 なぜだか、自分のほうが逆ギレっぽく見えてしまう。惨めさがいや増す。そのことに我慢がならなかった。だが、そんな遙飛を見ても、漣の表情は揺らがなかった。


「勘違いすんな、遙飛。俺ははじめから、俺を信じろなんてひと言も言ってねえよ」

「え?」

「だれを信じるかは本人の勝手。まったくもってそのとおりだ。だからおまえが俺を信じられないというなら、それでもべつにかまわねえ。けどよ」


 漣はそこで、底光りのする目を遙飛に据えた。


「真実だけは見誤んじゃねえよ、馬鹿ガキ!」


 吐き捨てた直後、漣は勢いよくその場から飛び退いた。漣のいた位置に、鞭のようにしなったなにかが打ち下ろされ、足もとのコンクリを粉砕した。

 一撃の後に引き戻されたそれは、遙飛の傍らから伸びたものだった。


 無意識のうちに視線がその動きをたどる。その流れにしたがって顧みた先で、遙飛はギョッとした。鋭く伸びたツメ、ワニを思わせる固い鱗に覆われた長い尾。モスグリーンのその鱗は、尻尾のみならず、ごつごつとした手足、そして耳もとまで口が裂け、すっかり面変おもがわりした顔全体をも覆い尽くしていた。


「ゆ、かわ……?」


 細かく鋭い牙が無数に覗く口から、フーッフーッという生臭い息が漏れ出た。

 遙飛の声で、得体の知れない生き物が振り返る。ワニに酷似した金色の瞳が、じっと遙飛を見据えた。

 ビクッとふるえた遙飛は、わずかにずり下がった。


 これが湯川の本来の姿。いや、ひょっとするとまだ、完全体になる途中の過程なのかもしれない。温度のまるで感じられない眼差しは、その姿同様、得体が知れず、肌が粟立つ不気味さを備えていた。


 だが、外観が変わったとしても湯川は湯川。その内面は、いましがたまで話をしていた相手と、きっと変わらない。そう考えていいのだろうか。人語を解し、互いに解り合えているように見えたとしても、根底にあるのはケダモノの本質。だから自分たちを決して信じてはいけない。そう教えてくれたのは、ほかでもない湯川なのだから。


 ファルダーシュ王の悔悟の理由、そしてラグールとの封印された過去のいきさつをあきらかにしてくれたのも湯川だった。そうだ。うっすらと甦る記憶の断片が、それが真実であったことを認めている。ラグールによって、多くの臣下たちの生命が奪われた。それは、違えようのない事実だった。

 だとすれば、湯川の言うことは正しい。その反対に、あとからのこのこと現れ、一方的な言葉で遙飛を非難し、冷静な判断力を奪おうとする漣のやりかたは、卑怯で、狡猾ですらあった。

 湯川は、そんな漣から遙飛を護ってくれた。そういうことなのではないか。


「湯川、俺……」


 湯川の様相が一変したことをもって一度は逃げ腰になったものの、遙飛は意を決して自分から声をかけ、近づこうとした。その遙飛のウェストを後ろから抱きこんだ漣が、力任せに湯川から引き剥がした。


「ちょっ!? 漣さんっ!」


 無理やり立ち上がらされた挙げ句、後ろ向きのまま強く引っ張られ、遙飛は派手にすっ転びそうになる。

 危ういバランスぎりぎりのところをかろうじて自分の躰で支えながら数メートルを移動した漣は、そのまま反動をつけて遙飛を投げ飛ばした。勢いづいた遙飛の躰は吹っ飛び、思いっきり尻餅をついた挙げ句にゴロゴロと転がった。目から星が飛んだ。悲鳴をあげる余裕さえなかった。

 その遙飛の上に、漣がのしかかった。


「イヤだっ! 放せ!!」


 メチャクチャに手足を振りまわし、暴れ狂う遙飛を、漣は有無を言わさず強引に抱えこんだ。なんとか漣の拘束から逃れて這い出ようともがいた遙飛は、突如、漣越しに伝わった強い衝撃に驚いて動きを止めた。

 ビクッと全身を跳ね上がらせた漣が、それでもかまわず、おとなしくなった遙飛を自分の躰の内側におさまるよう抱きこむ。そして、小さく呻いた。


「……漣さん?」

「……っかやろ。死にたくなきゃ、じっとしてろっ」


 低い声で叱責され、遙飛は思わず口を噤む。それから間近にある漣の顔を覗き見て、息を呑んだ。漣は額に細かな汗を浮かべ、精悍な貌を苦痛に歪めていた。


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