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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第1章 アナタハ、前世ヲ、信ジマスカ?
2/42

(1)

「……はっ!? 前世!?」


 予備校の帰り、新宿駅付近の路上で、篠生(しのい)遙飛(はると)は裏返った叫声を発した。

 目の前には、見知らぬ男がふたり立っていた。どちらも20代後半あたり。日本人男性の平均身長を軽く上回る見事なモデル体型。そしてその貌立かおだちもまた、ふたりそろってずば抜けていた。


 艶やかな黒髪に切れ上がった涼しげな目もと。上質のスーツを身につけた、見るからにハイソな雰囲気の知的タイプ。その対極に位置するように、金に近い明るい色合いの髪と色素の薄いライトブラウンの瞳。そこにいるだけでだれもが注目せずにはいられない、華やいだ雰囲気のスタイリッシュなイケメン。黒髪の人物とは異なり、ピアスにシルバーのリング、ペンダントやネックレスといったアクセサリー類が目立つ服装はラフだが、カジュアルななかにも、相応のデザイン性が窺えた。おそらくはいずれも、それなりに名の知れたブランド物かセレクトショップのひと揃えといったところだろう。


 陰と陽。ふたり並んだ姿は見事なまでに対照的だが、だからこそ不思議な魅力となって、完璧な一対を成して見えた。そのふたりのうち、遙飛に声をかけてきたのは黒髪の男のほうだった。「君は、前世や生まれ変わりというものを信じますか?」と。


 目の覚めるような美形ふたりに行く手を遮られた挙げ句の意味不明の問いかけ。必要以上に声が裏返ったとしてもやむを得まい。思わず半歩後退った遙飛の様子を見て、茶髪の男のほうが面倒くさそうにガリガリと頭を掻いた。


「ほれ見ろ、ドン引きしてんじゃねえか。おまえ唐突すぎんだよ、千草(ちぐさ)

「だったら、はい」


 千草と呼ばれた黒髪の男は、そう言ってポンと茶髪の男の肩を軽く叩いた。


「あ? なんだよ、はいって?」

「バトンタッチ。おまえに任せるよ。僕じゃ役者不足だったようなのでね」

「ああっ? おまっ、なんだよそれ! きったねー。無責任すぎんだろ」

「なんとでも。ほら、いいから早く。すっかり怪しまれちゃってるよ」

「おまえのせいだろっ」


 強い口調で言い返しながらも、今度は茶髪の男のほうが遙飛に向きなおる。華やかな美貌に見据えられて、思わずビクッとした。そんな遙飛を見て、男はぶっきらぼうに口を開いた。


「いや、だからつまりさ、おまえ最近、身辺でなんか変わったこととか、あったりしねえ?」


 いままさに、目の前で起こってます。内心で思ったものの、到底口に出して言えるような雰囲気ではなかった。そんな茶髪の男を、黒髪の男がキツイ口調で窘めた。


(れん)! その口の利きかたはないだろう」


 漣と呼ばれた茶髪の男は、煩わしそうに眉間に皺を寄せて傍らを顧みた。


「はあ? んなこと言ったって、どっから見たって俺らのほうが目上だろうがよ」

「そういう問題じゃない! 立場を弁えろ」


 涼やかな目もとに、思いのほか強い怒気を閃かせて黒髪の男は諫めた。その様子を見て、茶髪の男はやれやれといった具合に肩を竦めた。


「相変わらずクソ真面目だねえ、おまえは。融通が利かねえってかさ。ま、いいけど」


 気のない様子でぼやきつつも、男はほんのわずか、傲岸さの滲む気配を軟化させた。


「で? 質問の答えとしてはどんなもんですかね? ってかさ、俺らに見覚えある?」


 訊かれて、遙飛は即座にかぶりを振った。


「え、マジで? この顔見て、なんかピンとくるものとか、あったりしねえ?」

「あ、ありませんっ。っていうか、これ、なんの勧誘ですかっ!?」


 勇気を振り絞って尋ねた遙飛を見て、薄茶の瞳がしばたたかれた。


「あり?」


 意外そうに呟いて、首をかしげる。そして、ふたたび傍らの黒髪の男に視線を投げた。


「俺の知名度って、ひょっとして、自分で思ってるよか全然低い?」

「僕に訊かないでくれるかな」

「なんだよ、つめてぇな。相棒のくせによ」


 不本意そうに口を尖らせるその顔を見て、遙飛はどことなくひっかかりをおぼえた。

 見知っている――すなわち過去に対面したことがあるか否かで知らないと即答はしたものの、知り合い云々とは別のところで、どこかで見た顔のような気がしなくもなかった。

 遙飛が最初に素っ頓狂な声をあげたことと、長身ふたりの男の容姿がいずれも飛び抜けていたことをもって、いつしか周囲には、ギャラリーが集まりはじめていた。そのなかから、若い女性たちを中心に、「ねえ、あれってレンじゃない?」「ウソッ、本物!?」という複数の声が聞こえてきた。


 レンという呼び名。どこかでたしかに見かけたことがあるような貌立ち。そこで、唐突にバラバラだった要素が一気に繋がり、遙飛のなかにあった疑念が瞬く間に溶解した。


「一条漣っ!?」


 またしてもひっくり返った叫声を発した遙飛だったが、遙飛のその反応を見ても、相手は動じる気配もなくニヤリとした。不敵な面構えと呼ぶに相応しい、悠然とした態度だった。


「お~、なんだ。やっぱ知ってんじゃん」


 その横で、黒髪の男のほうが「よかったね」と関心が薄そうな口調と態度でコメントする。遙飛はといえば、己の発した単語によってみずから金縛りにかかり、その場に硬直するはめになった。

 遙飛が口にしたのは、いま、日本でもっとも有名な男性モデルのフルネームだった。最近では、男性ファッション誌のモデルから活躍の場をひろげて俳優業なども手がけており、ドラマや映画、CM、バラエティ番組など、まさに引っ張りだこ状態の売れっ子モデル。さまざまなメディアを通じて日々目にすることが多い、超有名人であった。


 どおりで目立つはずである。持っているオーラが、自分のような一般人とは根本的に次元が違っているのだから。印象が強烈なのは、当然といえば当然の話だろう。しかしその有名人が、なぜよりによって自分を選んで話しかけてきたのかが、さっぱりわからなかった。

 そもそも質問の内容そのものからしてまったく理解できない。


 前世を信じるか。ここ最近、身辺で変わったことはないか。自分たちを見て、なにかピンとくるものはないか。


 まるでなんらかの関わりを互いに持ったことがあるかのような言いまわしであり、それを前提とした問いかけに感じるのは気のせいだろうか。


「あ、あのっ」

「あ、ちなみにこっちのクソ真面目なお堅いほうは千草宗幸(むねゆき)。ゲーノージンじゃねえけど、この見てくれだし、こいつもわりかし、巷では有名なほうだから」

「余計なこと言わなくていいよ」


 一条漣の言葉に、紹介を受けた黒髪の男はきれいに整えられた眉を優美に顰めた。カチッとしたスーツ姿ではあるものの、質の高い素材は完全にその身に馴染んでいる。何気ない挙措からも、育ちがいいことは充分窺えた。遙飛の混乱は、ますます深まるばかりだった。

 最初は新手の宗教の勧誘か、はたまた怪しいキャッチの一種かとも思ったが、どうもそういう雰囲気でもない。かといって、こんな有名人が、これだけの注目を浴びながら往来でナンパということもないだろう。そもそも遙飛は、どこからどう見てもただの男子高生である。女子に見まがいようもなければ、その辺にいくらでも転がっている、自分で言うのもなんだが十人並みの容姿の一般人にすぎなかった。その遙飛を中心に、人だかりはあっという間に大きくなりはじめていた。


「で、さっきの質問なんだけど――」

「知りませんっ! なにもありませんからっ!」


 いたたまれなくなった遙飛は、大声で叫ぶと身を翻した。


「あ、おい!」


 背後から呼び止められたものの、振り返る余裕さえない。人混みを掻き分け、輪の中心から逃れた。そのまま、駅に向かって猛然とダッシュした。


 逃げるが勝ち。あんな有名人がせっかく向こうから声をかけてきてくれたのだから、せめてサインのひとつでも頼めばよかった。そんな打算が掠めないでもなかった。だが、あんなふうに注目を浴びたのでは、いたたまれないにもほどがあった。ネット上に写真でもアップされたら、それこそシャレにならない。ごくごく平凡な一般人の遙飛からすれば、たまったものではなかった。

 最近身辺で起こった変わったことの筆頭は、いまのこの出来事であることは間違いなかった。もしかすると、一般人を相手に悪戯を仕掛けて反応を見る、バラエティ番組の企画モノかなにかだったのかもしれない。思いつつ、遙飛は階段を駆け上がって、ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗った。

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