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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第5章 災いは、忘れてなくてもやってくる?
16/42

(1)

 心を占めるのは、言い知れぬ悲哀と深い喪失感。同時に噴き上がる、おなじ強さ――否、それ以上に激しい、とてつもない怒り。

 怒りの感情は、ただひたすら己自身に向けられていた。


 無力であることへの不甲斐なさ。

 大切な者たちを守り抜くことができなかったことへの自己嫌悪。


 悔しい。情けない。差し出せるものならば、この生命であがないたい。


 心を占めるのは、深い後悔と絶望。ただ、それだけ――




 ハッと目を覚ました遙飛は跳び起きた。

 あたりを薄闇が覆う。手を伸ばして枕もとのスマホを確認すれば、時刻は午前4時をまわったところだった。手にしたスマホもそのままに、遙飛は空いている右手で自分の胸を掻き毟るようにシャツを握りしめた。心臓がバクバクと激しく拍動し、口から漏れる息も耳障りなほど荒かった。


 ――いまのは……。


 たったいま味わった生々しい感覚が、遙飛を不安の底へと突き落とす。自分のものではないはずなのに、その感情は遙飛の心を支配して、絶望と後悔の淵へと追いやった。

 己のなかに、自分ではない別のだれかの感情が存在している。そんな奇妙な感覚に襲われる。


 これはいったいなんだ。自分のなかで、なにが起こっている。


 不安は焦燥になり、ほどなく恐慌へと変貌を遂げた。遙飛はスマホとシャツを握りしめたまま、まえのめりに深く躰を折り曲げた。少しでも緊張をゆるめれば、口から絶叫が溢れ出そうだった。


 落ち着け落ち着け落ち着けっ。


 ベッドの上で、遙飛は躰をまるめて小さくうずくまり、必死に己に言い聞かせる。あれは夢だ、ただの夢だったのだと、簡単に流すことができない現実に、押し潰されそうな恐怖を味わっていた。

 まもなく夜が明ける。また憂鬱な1日が、はじまろうとしていた。






 遙飛が教室に足を踏み入れると、なごやかにざわめいていたクラス内に微妙な空気が流れた。

 気まずいような、倦厭けんえんするような雰囲気。だれも遙飛に声をかけてくる者はいない。目を合わせることもない。湯川に掴みかかってから3日。遙飛はクラスで孤立していた。

 遙飛はそれらの空気を無視して、無言で自分の席に着いた。


「ハルちゃん、おはよう」


 すでに登校していた湯川が、隣の席から挨拶してくる。遙飛はその声も、傲然と聞き流した。


 遙飛の不安定な精神状態が影響してか、ここしばらく、例の物語であらたに思い出せる内容が増えることはなくなっていた。否、思考がそちらに向かいそうになると、あえて別のことに意識を向け、深く考えまいと注意を逸らすことが増えていた。


 こんな気持ちのままで、現状と向き合う気には到底なれなかった。


 当然、漣に言われた『王の務め』とやらも、このぶんでは当分果たせそうにない。だが、だからなんだというのだろう。あれ以来、遙飛の周辺では、なんの異変も起こっていない。奇妙な物体を見ることもなければ、なにかに襲われる気配もなかった。湯川自身も、遙飛になにかを仕掛けてくるそぶりすら見せることはなかった。


 隣の席が湯川のままというのは落ち着かないが、あやふやな部分が多いにせよ、その存在はいまのところ、他のクラスメイトたちとなんら変わることはないように思われた。2時間目に体育の授業が設けられていないことも相変わらずで、奇妙なことは、すべて漣と千草、ふたりと関わったときのみに起こっていた。ならば、そちらのほうが変だったと見做すことはできないか。


 湯川が男だったとか存在しないクラスメイトだったとか、なんらかの原因によって混乱しているのが遙飛の記憶のほうなのだとすれば、あんな騒ぎを起こした遙飛に級友たちが遠巻きになるのも頷ける。このままなんとなくズルズルと引き延ばしていけば、そのうちいつのまにか、受験生としての日常にどっぷり浸かって、余計な煩わしさからも解放されるかもしれない。そんなふうに思いはじめていた。


 なんだかすっきりとしない、モヤモヤとした思いだけは胸のなかにわだかまっている。だが、過剰なストレスと寝不足のせいで、うまく頭を整理することができなかった。


 変なのは周りなのか自分なのか。怪しいのは湯川なのか、それとも漣と千草なのか。


 思いを巡らせようとすると、頭のどこかで警報が鳴る。大切ななにかを見落としている気がして、うまく物事が考えられない。そんな現状に、落ち着かない気分だけが遙飛の精神を重く満たしていった。


 時折目が合うと、湯川は物言いたげな、なにかを訴えたそうな様子を見せた。しかし遙飛は、そのすべてをそしらぬふりで撥ねつけた。視界の端に映る肩が、頑なな拒絶に無念さを滲ませ、落胆したように小さく落ちる。遙飛の良心は、その度にチクリと痛んだ。でもきっと、こんなのは一時的なものにすぎない。なんの根拠もなく、遙飛は自分に言い聞かせた。希望的観測といってもいいかもしれない。


 クラスメイトたちとの関係が気まずいせいで、学校での居心地は最悪だった。だが、残りの高校生活は1年を切っている。3学期になれば殆ど登校することもなくなるのだから、あとは漣たちをのらりくらりと躱していれば、なんとなくうまく乗りきれる気がした。


 大丈夫、化け物なんて実在するわけがない。前世だの異世界だの異能だの、そんなのはフィクションの世界だけで充分だ。それどころか、むしろそういったジャンルでさえすでに飽和状態の、使い古されたネタではないか。そんな娯楽に、頼みもしないのに強制参加させられるなんて、冗談ではなかった。

 そんなものに(うつつ)を抜かしている余裕など遙飛にはない。きっとこのまま普通に過ごしていれば、いままでどおりの平凡な、退屈すぎるくらい刺激のない毎日が戻ってくる。級友たちの態度だって、そのうち多少は軟化してくるだろう。


 一昨日も昨日もなにもなかった。今日も明日も、きっとこのままなにもなく過ぎていく。これといって取り柄のないただの凡庸な高校生に、非凡な力も非現実的境遇も必要はない。あたりまえの日常をあたりまえに過ごせるなら、それだけで充分だった。漣も千草も湯川も関係ない。わけのわからない夢物語など忘れてしまえ。所詮ただの、絵空事にすぎないのだから。


 遙飛は己に言い聞かせ、実際、時間が経つにつれ、どうにかなるような気がしてきていた。その瞬間までは――




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