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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
第3章 すぐそこに迫る危機
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(5)

「大丈夫? 少し落ち着いた?」


 千草に庇われるようにして車内に導かれた遙飛は、うながされるまま、リムジンの後部シートに向かい合わせで座った。学校から全力疾走してきたその口からは、いまだ乱れた呼吸が荒く繰り返されている。そんな遙飛を、黒髪の美青年が気遣わしげに見やった。


 なぜこの場所に。


 タイミングよく現れた千草に疑問を抱きつつ、言葉を発するまでには至らない。頭のなかの混乱が、全力疾走したことでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられていた。


「ごめんね。かえって驚かせちゃったかな」


 やわらかな口調で穏やかに話しかけられて、遙飛はいくぶん、落ち着きを取り戻した。


「あのっ…、あの、なんで……」


 途切れがちになる呼吸の合間から、やっとのことでそれだけを口にする。そんな遙飛を見て、千草宗幸はゆったりと笑んだ。


「まだ、イヤな感じはつづいてる?」


 訊かれて、そういえばと遙飛は我に返った。

 たったいままで感じていた、追い立てられるような危機感と焦燥が、いつの間に消えていた。


「……え? あれっ!? なんでっ」


 今度は自分の感覚に驚いて、自然に疑問が口から漏れていた。遙飛を見つめていた黒瞳が、途端に満足げに細められた。


「今回の件は漣が対応したから、とりあえずもう大丈夫だよ」

「漣さん、が?」

「うん、そう」


 穏やかに答えて、学校まで送ろうか?と訊かれる。遙飛は、それに対して無言でかぶりを振った。あんな飛び出しかたをしたのだから、明日登校すれば、また周囲の反応が面倒になることは間違いないだろう。だが、だからといって、いますぐ戻る気にもなれなかった。


「じゃあ、このまま少し、話せる?」


 重ねて訊かれ、遙飛は「はい」と頷いた。その返事が聞こえたかのように、静止していた車が動き出した。あまり長くは駐めておけないから。千草の説明で、遙飛はその事情を理解した。


 さすが高級車の頂点に君臨するだけのことはある。スプリングの効いたシートは走行中の振動を見事に吸収し、少しの揺れも感じさせなかった。具体的な価値の見当はまるでつかないものの、その内装も、所有者の社会的地位と生活水準に見合ったランクのものであることは、遙飛でも充分想像はついた。おそらく、いま座っているシートの革だけでも、篠生家のリビングにある安物のソファーがいくつも買えてしまうのだろう。


「学校は、早退して来ちゃったのかな?」

「あ、はい」

「たぶん、大正解」


 言われて、逆に遙飛のほうが「え?」と目を瞠った。


「急に胸騒ぎがして、いてもたってもいられなくなって衝動的に飛び出してきてしまった。でしょ?」

「……そうです」

「覚醒しきれてなくても、やっぱりさすがだね」


 言われた意味がわからず、無言で見返した遙飛に千草は告げた。


「あのままあそこにいたらね、たぶん、とんでもない被害が出てた」


 あまりに静かに言われたため、理解がすぐには及ばなかった。


「昨日は漣に同行できなくて、ごめんね?」


 固まる遙飛を余所に、千草は意図的にか、別の角度から話題を振った。


「話、理解できた? あいつ、大雑把な性格だから、説明もかなり雑だったんじゃない?」

「あ、大丈夫……たぶん、大体のことは……」

「内容を把握するのと、事実として受け容れるのはまったく別の話だよね」


 言ったあとで、ふたたびごめんね、と謝った。


「見ず知らずの人間にいきなりこんな奇想天外な夢物語聞かされて、事実だから受け止めろ、自覚を持て、なんて言われても、戸惑うだけだよね。君も受験生だっていうし、できればこんなことに巻きこまずに僕と漣だけで内々(ないない)にカタをつけられたらよかったんだけど、どうしてもそういうわけにいかなくて」


 千草は遙飛の顔をまっすぐに見つめた。


「君の生命にかかわることだったから」


 静かな口調で断言されて、遙飛の背筋を冷たいものが流れ落ちた。


「――もしかして、さっきのもやっぱり……」


 掠れる声で尋ねた遙飛に、千草は頷いた。


「昨日、漣に追いかけられてる途中で妙なのに遭遇したでしょ? ああいうのがまた、遙飛くんを狙ってた」

「それじゃ、被害っていうのは……」

「おなじ学校の子、とくにおなじクラスの子たちが巻きこまれて、かなりの犠牲になってたと思う。今回遙飛くんを狙ってたのは、昨日遭遇したのとはランクが全然違ってたから」


 真顔でこんなことを話しているのが、運転手付きのリムジンに乗る、貴公子然とした社会的地位のある人物なのだ。本当ならすべてを笑い飛ばし、あるいはバカにしているのかと怒って否定してしまいたいところだった。だが、茶番だと決めつけて、なかったことにしてしまうには、あの感覚はあまりにも異様で生々しく、あっさり流せる類いのものではなかった。なにより、遙飛自身がそのことを明確に感じとっていた。あらためてそう認めざるを得なかった。


「漣さん、は」


 遙飛の口から、押し殺すような声が漏れた。


「漣さんはそれを、どうやって『処理』、とかしたんですか?」


 ひと言零れ落ちると、止まらなくなった。


「漣さんは――それから千草さんも、ふたりとも生身の人間なんですよね? 対応って、どうすればできるんですか? 昨日俺が見た気持ち悪いヤツ。あんなの素手でどうこうできるとは思えないし、武器使うにしたって、人目がある場所でなんて漣さんみたいに有名で目立つ人、とても簡単に撃退できるとは思えない。最初に俺にふたりして声をかけてきたときでさえあんなだったんだから、すぐに注目集めて大騒ぎになるに決まってる。そもそもおふたりは、どうやって気づけたんですか? 俺が狙われるとこだったって言ってたけど、なんか変だと思って学校飛び出してからそんな時間も経ってないし、それに、それぞれ社会人で仕事だってあるはずなのに、なんでそんな都合よくっ」

「遙飛くん、ちょっと待って」

「なんかタイミングよすぎてむしろ意味不明っていうか、逆に怪しいっていうかっ。あとランクとか言ってたけど、なんでそんなのがわかるのかとかも俺には全然わかんないし、俺が知ってる物語はフィクションじゃなくて現実のことだとか、前世とか異世界の話だとか、もうわけわかんないのに責任取れとか、ふたりのほうが俺より格下だとか下僕だとか。そんなわけ絶対ないのに! 俺、ただの高校生じゃないですか。ホントあり得ないってのっ。それに学校も含めて、俺のせいで周りに迷惑がかかっちゃう、みたいなっ。俺、なんにも悪いことなんてしてないのに! なんでそういうことになるんだかまるっきり理解不能って感じで、じゃあどうしろっていうんだよみたいな。そんで、それからっ」

「遙飛くん……遙飛くん!」


 両肩を掴んで揺さぶられ、強い口調で名を呼ばれて遙飛はハッとした。


「落ち着いて。大丈夫なわけないと思うけど、少しでも不安が取り除けるように説明するから、だからちょっとだけ、気を静めてもらえる?」


 懇願するように言われて、唇を噛みしめた遙飛は溢れ出る感情と言葉をなんとか呑みこんだ。


「いきなりこんなことになった以上、混乱するなっていうほうが無理だよね。それは僕のほうでも充分わかってるつもりなんだけど」

「千草さんは……」

「ん?」

「漣さんもだけど、ふたりはなんでそんな落ち着いてるんですか? っていうか、俺はただの――こんな言いかた正しいのかわかんないけど、普通の人間として生きてきてて、いまだに聞いた話の半分も理解できてないし、信じてもいない状態で、どうすりゃいいんだって感じなんだけど。でもふたりは全部、とっくにわかってたみたいに見える」

「そうだね。僕も漣も、最初から昔の記憶は持ってたかな」


 なんでもなさそうに告げられて、遙飛は愕然と千草の顔を見返した。


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