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異空の盟約 うつし世の誓い  作者: ZAKI
プロローグ
1/42

追憶

 頭上にひろがるのは、どこまでも深く澄みわたった蒼天。

 視線を巡らせば、見慣れた街並みが眼下に臨む。石造りの家々が大小さまざまに建ち並ぶそのさまは、無骨ながらも、そこで住まう人々の堅実な暮らしが窺えた。整備された道路。整えられた区画に密集する建物。熱気漂う、にぎやかな街並み。行き交う人々の活気やざわめきが、遠く離れたこの場所にまで、いまにも聞こえてくるようだった。

 一望して看て取れるその景観は、豊かな人々の営みを想起させた。

 わずかに目線を上げた彼方で煌めくのは、穏やかな陽光を受けて黄金を弾く目映い大海。


 束の間訪れたこの平穏を、永劫、約束することができたなら、どんなにいいだろう……。


「こちらにおいででしたか」


 しずかにかけられた声に顧みれば、回廊の片隅に並んで佇む、ふたりの友の姿があった。

 穏やかな口調同様、ものやわらかな佇まいを見せる優美な青年と、鍛え上げられた体躯に自信をみなぎらせた長身の美丈夫。

 ゆったりとした歩調で近づいてきたふたりは、城門塔の上部に設けられた見張り窓から臨む景色をともに眺めた。


「姿が見当たらないときは、大抵ここにいるな」


 黒髪の美丈夫の口から、張りのある美声が発せられた。諧謔を含ませたその言葉に、思わず苦笑が漏れる。口うるさい大人たちの目を盗んで、隠れひそんでいるところを見つかった子供のような面映ゆさを感じた。

 最初に声をかけてきた人物が、途端に生真面目な表情をつくって嘆息を漏らした。


「一国を担う地位に就かれる御方が、こうもたびたび物見の兵の真似事をなさるのでは配下(した)の者たちに示しがつきません」


 耳に痛い叱言も、やわらかな音律のもとでは涼やかに響く楽の音のような心地よさがあった。


「すまんな。兵たちの仕事を奪うつもりは毛頭ないのだが、しばしの憩いには、もってこいの場なのだ」

「いいじゃねえか。王様がみずから張り番を買って出てくれるってんなら、当番兵も存分に羽を伸ばして昼寝ができるってもんだ」


 磊落らいらくを通り越した無礼極まりない不遜な物言いに、傍らに立つ青年のほうが眉を吊り上げた。


「おまえはまたっ! 少しは口を慎まぬかっ。主君に対して無礼にもほどがあろう!」

「あ~、はいはい。ったく、こうるせぇな。いちいち目くじら立てんなって。べつにいまは俺らだけだし、そんな堅苦しく人間・・の流儀に従わなくたっていいんじゃねえのか?」

「そのような油断が、いざというときにボロを出す結果となるのだ」

「ボロもなにも、だれも俺らに礼節なんざ期待しちゃいねえよ。期待されてるのは、少しでも早くこの城から追い出されることだからな。大事な国王様の周りに、俺たちのような野卑な輩がウロチョロすることをおもしろく思わない連中がつねに目を光らせてる」

「だからこそなおのこと、日頃の言動には細心の注意を払わねばならないのだ」

「俺は別段、他者の目があるところででも、おまえたちには気楽に接してもらってかまわんのだがなあ」


 うっかり漏れた横合いからの本音にも、金髪の美青年はさらに目を吊り上げた。


「我が君も、そのようなお心構えでは困ります。我らに対する寛容なお心遣いには感謝申し上げますが、あまりにおおらかすぎるのも考えものというもの。それでは他者への示しがつきますまい」


 ピシャリと叱られ、思わぬとばっちりをくらった側はといえば、悪戯めいた表情を浮かべて首を竦めた。ともに悪びれる様子のないふたりの男たちを見やって、美貌の青年は小さくかぶりを振る。そして、諦め交じりの吐息を漏らした。


「ところで、不穏な動きなどはございませんでしたか?」

「大丈夫だ。いまのところ気になる気配はない」


 従容と頷く視線がふたたび窓外に向く。彼方には、先程までと変わらぬ穏やかな景色がひろがっていた。

 この平穏を、永劫、守りつづけたい――

 思いはただ、ひとつだけ。






 両腕に伝わる強い衝撃。感じたくはなかった、たしかな手応え。

 肉体を貫く寸前、彼はまるで、みずから進んで生命を差し出すように、覚悟の窺える構えをとった。いっさいの躊躇ためらいもなく振るった渾身の一撃。相手もまた、怯むことなくそれを受け止めた。

 屈めた体勢に覆いかぶさった上体が、一度、大きく痙攣する。握りしめた剣のにかかる重みが急激に増し、視線の先に映る相手の膝がガクリと折れた。体重の移動によってバランスが崩れ、胸部を貫いていた切っ先から屈強な肉体が抜き取られて離れていく。

 重い音を立てて地に沈んだ逞しい体躯。光を失った黒い瞳。その双瞳が、ただじっと蒼天を視つめていた。口許に浮かぶのは、満足げな微笑。


 ――なぜ……。


 血塗れた剣をなおも握りしめたまま、苦い絶望を抱えて王は立ち尽くす。静謐な微笑を湛える友の遺骸を、凝然と眺めやりながら―――――

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