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墜落の途中  作者: 香月鐘二郎
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序章 供述調書より抜粋




 あの日屋上に居たのは僕と津崎君です。

 はい。

 時間は午後5時半すぎ、6時にはなっていなかったと思います。

 そうです。

 高木君は屋上の縁に立っていました。校舎の北側です。

 南側には校庭があって、まだ部活の生徒が残っていたと思いますが、北側には室外機などの機械室や物入れなどがあるだけで、普段生徒は近づきません。はい、自転車置き場はもう少し校門寄りで、現場からは見えないと思います。

 そうですね。何人かの生徒たちが、そこで煙草を吸っていたという噂は耳にしたことがあります。何しろ滅多に人が寄り付かないので。

 はい。

 高木君は悩んでいたと思います。何しろ試験問題盗難事件の犯人に疑われていたのですから。

 僕ですか? 僕は信じていました。

 はい。彼は気のやさしいいいやつでしたから、そんなことはしないと思います。だいたい、僕も彼も2年生ですから、3年生の問題を盗んでも意味はないと思います。

 津崎君ですか? 彼も同じ意見だと思います。彼は学級委員だったので、よく高木君のことを気にかけていました。

 はい。

 いじめはあったと思います。

 首謀者は3年の須藤という先輩です。彼とその仲間たち4~5人で、高木君を囲んで何やら話しているのを目にしたことがあります。学校では高木君も彼らの仲間ということになっているようですが、そんなことはないと思います。

 何度か殴られて目を張らしている姿を見たことがあります。また、金品も脅し取られているようで、一度などはコンビニで万引きをさせられているのを見かけたこともあります。

 そうです。

 津崎君もそれは知っていて、何度か先生に相談したようですが、対処するというだけで何もしてくれないと言っていました。

 そうですね。

 僕らとしてもそれ以上は何もできません。下手に手を出せばこちらに被害が及びますから。

 すみません。そういう事です。

 そう言ってもらえれば助かります。

 だから、僕らは例の試験問題盗難事件も、須藤たちが高木君を脅してやらせたものだと考えたのです。


 はい。

 僕と津崎君です。

 もしも彼からその事実が聞き出せれば、彼を救ってやることができるのではないか。そう思って屋上に呼び出したのです。

 まさか、あんな事になるなんて。・・・

 いえ、最初は屋上の出入り口の所で、彼を説得していたんです。絶対に君のためになるからって。

 高木君はひどく怯えていました。連中の報復を恐れてのことでしょう。無理もないとは思います。でも、何時かは抜け出さないと、連中が卒業するまでこの状況は続きますからね。

 はい。僕もそう思います。

 そしたら高木君は急に北側のほうに駆け出したのです。まるで僕らから逃げるようでした。

 僕と津崎君は慌てて彼の後を追ったんです。

 高木君は北側の屋上の縁まで来ました。見ての通り屋上の縁には2メートル程の金網が設置されているんです。

 はい。生徒が誤って落ちたりしないためですね。

 僕たちがそこにたどり着いたとき、高木君はすでに金網を乗り越えていました。

 それで僕らは何も出来なくなったんです。

 何故って、解るでしょ。僕らが金網を乗り越えようとすると、彼はそこから飛び降りてしまうかも知れないって思ったからです。だから僕たちは金網を挟んで、彼を説得するより他になかったんです。

 ええ、それはもう必死でした。

 近くに大人は居なかったし、僕らが説得して思い留まらせるしかなかったんです。

 でも、彼は頑なでした。

 下を見つめながら一言も発しませんでした。

 10分くらい説得して、このままじゃ埒があかないと思ったんです。それに直ぐに飛び降りる気配もなかったんで、津崎君が先生を呼びに行くことにして出入り口のほうに向かったんです。

 はい。僕は残りました。ふたりとも居なくなったら危険ですからね。

 その時でした。

 急に高木君が顔を上げたんです。泣いていました。涙に濡れた顔を上げて、

「ごめん」

 と、一言いったんです。

 そして、消えたんです。

 そうとしか思えません。飛び降りたとか、そんなんじゃないんです。

 一歩足を宙に踏み出して、そのまま消えた。・・・僕にはそうとしか思えませんでした。

「落ちた!!」

 津崎君のその声で、ハッと我に帰ったんです。

 津崎君がもの凄い勢いで駆けてきて、金網にしがみついたんです。

「落ちた、落ちた」

 彼は何度もそう叫んでいました。

 それで僕は高木君が飛び降りたことを知ったんです。

 僕は慌てて金網にすがり着きました。でもそこからは、死角になって下が見えないんです。

 隣では津崎君が、もう半分ほど金網をよじ登っていました。それで僕も金網を登ったんです。

 金網の上から下を覗くと、裏庭の地面が良く見えました。

 機械棟の建物屋根も、物置の天井もです。でも、飛び降りたはずの高木君の姿はどこにもありませんでした。

 地面にも屋根の上にも、どこにもです。

 消えてしまったのです。

 嘘じゃありません。

 何度も確認しました。津崎君もそう言っていたでしょう。

 はい。

 はい。

 間違いありません。

 僕は先生を呼びに行こうと言ったんです。

 でも津崎君は真っ青な顔で、

「よしたほうがいい」

 と言ったんです。

 そんな事、誰も信じないよ、と。

 それはそうですよね。

 僕だって信じられません。今だってそうです。

 ねえ、刑事さん。

 そんな事ってあるんですかね?

 屋上から飛び降りた人間が、6時間以上も経って地面に激突するなんて。



 はい。そうです。

 あの日私は音楽室にいました。音楽室はその生徒が飛び降りたという屋上の真下にあたります。

 1階が私たちの居た音楽室で、2階が理科実験室。3階と4階は空き部屋で、使用していない机や椅子、移動式の黒板などが放置されています。

 はい。

 窓は北側にあります。生徒が飛び降りた側にです。

 だから、誰かがそこを落ちてきたら、必ず私の目に止まったはずなんです。

 もちろん誰も落ちませんでしたよ。その日は部活のブラスバンドの練習があって、顧問の私は窓のほうを向いて指揮をしていたので、見損なうはずはありません。

 はい。

 そうですね。教頭先生たちが現れたのはそのすぐ後です。


 生徒が屋上から落ちたと仰しゃってました。部屋の中は騒然となって、すぐに窓の外を確認したのですが、もちろん誰も倒れてはいません。

 時間ですか? 多分6時くらいだったと思います。

 はい。

 はい。

 部屋に来たのは教頭先生とふたりの生徒。この生徒たちが落ちるのを目撃したのですよね。

 はい、はい。

 私たちはすぐに上の部屋に向かいました。

 音楽室の真上は理科の実験室になってまして、放課後だったあの日は使っておりません。鍵も掛かっておりまして、鍵は教頭先生がもっておられました。

 はい、そうです。

 理科室の中には誰もいませんでした。ま、当たり前のことなんですがね。

 それから3階、4階の部屋もそれぞれ調べました。3階と4階はそれぞれ空き室になっていて、特に4階は備品置き場みたいになっているんです。

 机とか椅子とか移動式の黒板とか、様々な教材が雑多に積み重ねられています。机ひとつ取っても生徒たちが使う一人掛けの机の他、折りたたみ式の長テーブルや教壇の机とか応接につかうようなテーブルまで色々です。

 はい。特別な教室以外は鍵は掛かりませんから。ああ、窓の方は確認しましたが、鍵は掛かっていましたよ。

 はあ、間違いないです。

 ブラスバンド部ですか? 部員は10人程で、あの日はほとんどが参加してましたね。

 音が大きいので、窓は開けないことになっているんです。

 そうです、それ以上のことは何もわからないのです。

 はい。

 いじめですか? さあ、あったかどうかに関しては、ちょっと私の口からは言えません。そういう問題が職員会議で議論されたことはあるのですが、はっきりとした事実が確認された訳ではないので、事実確認の最中ということではないのですか。それ以上はなんとも答えようがありません。

 え? 試験問題の盗難ですか? そういう問題もあったようですが、試験問題は3年のものだと伺っています。彼は2年生ですから、直接は関係しないのではないですか。

 はあ、いじめていたのが、3年生のグループ? それと今回の事件とが何か関係があるのですか?

 はい。

 はい。そうですね。そうかも知れません。

 ええ。

 生徒は皆ショックを受けていましたよ。

 でも、その生徒が亡くなったのは、それから6時間も後のことなんでしょ?

 こう言ってはなんですが、その生徒たちは夢をみたのか、嘘を言っているんじゃないですか。だってその時は確かに、その子の遺体なんてなかったんですから。


 

 はい、その通りです。

 私が生徒たちの報告を受けました。

 生徒が屋上から飛び降りた、と言うのです。職員室にはまだ多くの教員が残っていましたから、室内は騒然としましたよ。

 とはいえ最初から信じた訳ではありません。

 何だそれは?

 という感じですかね。と言うのも生徒のうちひとり、津崎というのがあまり気が進まないというかなんか消極的で、もうひとりの主張するのを押しとどめようとしているのですよね。

 はい。津崎という生徒は学級委員を務めている子で、生徒会活動にも積極的に参加しているので、私もよく知っているのです。ちなみに生徒会の会長を務めているのは、ほらご存じでしょう、代議士の向川大造氏のご子息で、彼は日頃からその子の手伝いなどをよくやっていたのです。

 その日も放課後生徒会があったのですが、その準備もほとんど津崎が行ったという話で・・・ああ、すみません。余計なことでした。

 えっ、もうひとりの方ですか? すみません何分私は受け持ちを持っていないので、生徒全部を把握しているわけではないんです。

 その津崎が言うには、飛び降りたのは確かだが地面には落ちていない。僕たちの見間違いかも知れない。とそんな風なのです。

 一方のもうひとりの生徒は、絶対見間違いなんかじゃない、よく調べてほしい。と食い下がるので、とりあえず私が見に行くことにしたんです。


 はい。

 申し訳ありません。

 その時点で連絡しなかったのは、生徒たちの話が荒唐無稽なので、取りあえず事実関係を確認してからと思ったのです。あまり事態を大げさにしたくなかったのも事実です。もしなんでもなければ笑い話ですからね。

 それで一緒に行こうとする他の教員たちを抑えて、私ひとりが彼らと同行することにしたのです。

 はい、はい。そうです。

 もちろん現場には何もありません。

 その時点で私はほっとしたと同時に、津崎の言う通り彼らの見間違いだろうと思ったのです。

 ええ、そうです。そこには若干の希望的観測がなかったわけではありません。しかし、事実としてその時はそこに死体はなかったわけですから。

 そうなんです。津崎はともかく、もうひとりの生徒はそれで納得したわけではありません。

 もっとよく調べてほしいと言うので、取りあえず部活で残っていたブラスバンド部の顧問に問い合わせたんです。

 はい。顧問の先生も何も見てはいないと言いました。ブラスバンド部の生徒も、誰ひとりそれを見た者はいなかったのです。

 それでも彼は納得しないので、我々別の階の部屋も見て回ることにしたんです。

 ええ、2階は理科実験室です。鍵はいつもマスターキーを持ち歩いています。

 その他の部屋は空き部屋で、まあ倉庫がわりとでもいった所でしょうか。もちろん誰ひとり居ませんでした。

 はい。全ての窓には鍵が掛かってました。

 はい?

 それは無理でしょう。屋上は外にせり出していますからね、屋上から下の階に飛び移るなんて出来る訳ありません。ましてや全ての窓に鍵が掛かっていたのですから。

 それで様子見ということで何とか彼を説得して、その日は御開きにしました。


 はい。

 はい。

 連絡を受けたのは翌日の午前1時過ぎでしょうか、当直の先生から電話がありました。それまで調べものをしていて、そろそろ寝ようかという時だったので正直驚きました。

 そうです。生徒が裏庭で死んでいると言うのです。それでピンと来たのが昼間の一件です。

 私は取るものも取りあえず学校に駆け付ました。

 その生徒は確かに昼間、彼らが言った場所に死んでいたのです。

 え、いじめですか? そんな報告は受けていませんけど。

 はい。

 確かに須藤という生徒を中心としたグル-プの素行には問題がありましたが、生活指導の先生の指導のお陰で大分収まっていると聞いています。このままなら無事に卒業できるだろうという話なので、いじめなんてとんでもないと思っています。

 試験問題の流失ですか? そんな報告も聞いていませんね。

 はい。

 それは、あくまでも噂ではないですか。そういう話は会議にあがったこともないですし、直接私に報告があがったという事実もありませんから。

 はい、はい。もちろん大至急、事実確認は取ります。しかし、それと今回の事件とがなにか関係があるのですかね。

 ねえ、刑事さん。

 私は間違ってはいませんよね。

 だってあの時は間違いなく、死体はそこにはなかったんですから。


 

 ええ、そうです。私が発見しました。

 そこの植え込みのすぐ横です。

 こう俯せに倒れていたのです。

 ひと目で死んでいることは分かりました。頭の後ろが真新しい血で真っ赤だったんですから。地面にも血が流れていました。

 それで慌てて110番したのです。

 はい。

 最初からですね、すみません。

 私はその日夜勤で夜になってから出勤しました。だから、夕方に起こった事件についてはあまり良くは知りません。そういう申し送りはありましたが、死体が見つかったわけではないですからね。それ程の事とは思っていなかったです。

 夜勤は3時間おきの見回りが主な仕事ですね。

 あれは2回目の見回りですから、午前0時30分を回ったくらいでしょうか、校内を見回って裏の非常口から外にでました。その時非常口の鍵が開いていたので、おかしいなとは思ったんですが、前回見回ったとき掛け忘れたのだろうと思ってあまり気にはしなかったんです。

 はい。開いてましたね。

 え、掛け忘れること? よくあります。自分だけでなく、みんなそうなんじゃないですか。そうじゃないのですか?

 はあ、そうなんですね。

 まあ、それはともかく、外に出てあの自転車置き場あたりに来たときです。

 ドサリ。

 という何か大きな重いものが落ちる音がしたのです。

 はい。現場のあたりからです。自転車置き場からは校舎の陰になってよく見えないので、何が落ちたのかは咄嗟にはわかりませんでした。

 それでこちらの方にやって来て、それを発見したって訳です。

 はい。

 最初、それが人の死体だなんて思いもしませんでしたから。大きな布切れの塊か、ズックに包んだ荷物を投げ捨てたんだろうくらいに思っていたんです。

 街頭の明かりもあのあたりまでは届きませんからね。

 誰だ、と思って、おもわず上を振り仰ぎました。

 ええ、そうです。

 誰かが上の階から、物を投げ落としたと思ったからです。

 でもどの部屋も窓は閉まっていて、そんな気配はありませんでしたね。

 はい。

 確かです。電気も消えてました。

 それで改めて落ちたものを確認し、そこで初めてそれが人間の死体だってことに気が付いたんです。

 ええ、腰を抜かしましたね。死体を見るのは初めてですから。

 それで慌てて宿直室に戻り110番に連絡を入れたのです。

 それからは駆け付けた宿直の先生と、あなた達が来るまでの間ずっとここに居ました。

 はい。

 はい。

 もちろん、何も手を付けてはいませんよ。手なんか付けられるわけはないじゃないですか。

 それにしても何ですかね。

 宿直の先生の話によると、あの死体は夕方屋上から飛び降りた生徒のものだというじゃないですか。それってどういうことなんですかね。

 屋上から飛び降りてここに落ちるまで、どれだけ時間が掛かったというのです?



 以上の結果から当事件は「自殺」ということで処理された。

 動機は被害者の少年が上級生の恒久的ないじめを受けていたこと、また彼らに試験問題を盗むよう強要されたことなどが、心情的には十分な理由と考えられる。

 そのことは自宅に残された遺書からもはっきりしている。

 関係者の前後の証言からはやや食い違いがみられるが、いずれにしても自殺という結果を覆す根拠にはなりえない、と当裁判所は判断する所存である。

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