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悠久を手にしたあとに  作者: 都森 のぉ
王妃にならなかった者の苦悩
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「ここか」

 

地図に書かれた屋敷を見つけると躊躇することなく入る。

 

手入れされた庭を通り玄関を潜った。

 

「・・・待っていたわ」

 

「話だけ聞いたら帰る」

 

「好きにすれば良いわ。それと夕飯は食べたのかしら?」

 

「まだだ」

 

アイリーンの後ろに影のように控えていた執事が何も言わずに奥に消えた。

 

「お茶と軽い物を用意させるわ。ゆっくり食事を摂ってる時間も惜しいでしょうから」

 

「っち」

 

ここに来るまでの葛藤と今の精神状態を正確に把握され完全に主導権を握られていた。

 

「まずは本当の始まりから話すわ。質問は話終わってからにしてくれるかしら?私も初めて話すから纏まっていないの」

 

「あぁ」

 

「そうね。今からだと、一万年前くらいになるわ。人と吸血鬼が共存していて穏やかな日々だった。だけど吸血鬼の中に突然変異体が産まれたことがきっかけで均衡が破られた」

 

「・・・・・・」

 

「私たち始祖族は吸血をするとき制御するわ。人が死なないように。でも突然変異体は出来ない。あればあるだけ飲み尽してしまう。勿論、そうならないように監視もしたわ。でも突然変異体が多過ぎて、村がひとつ消えてしまうことになった。そうなれば人は吸血鬼と共存はしない」

 

「・・・・・・」

 

「吸血鬼を滅ぼすべき敵として見做す。だから人を守るために吸血鬼を守るために、始祖族は吸血鬼を人の世界から切り離した世界に隔離することを考えた。吸血鬼の世界を創るための代償として始祖族は生物としての死を代償として差し出した。死を迎えることが出来なくなった始祖族は代償を支払ったその時から一万年の時を過ごした。世界に隔離されてから突然変異体は人の世界に関与することが出来ず、人が吸血鬼によって死ぬことは無くなった。平穏が戻ったと思ったわ。でも、長い時を過ごせば、情が移る。恋に落ちることもある」

 

「・・・・・・」

 

「子供も出来る。そうやって共存している内に綻びが出てきた。突然変異体は能力的には劣るわ。寿命が長いだけの人と変わらなかった。でも始祖族と突然変異体の両方の血を引いた者は違った。能力が格段に上がり、始祖族と争えるだけの力を持った者が現れだした」

 

「・・・・・・」

 

「突然変異体でも始祖族でもない吸血族もいるわ。でも彼らは彼らの中でしか子どもができなかった。能力もあったけど、始祖族と争えるくらいの力は無かった。脅威と呼べるのが始祖族くらいしかなかった突然変異体は完全に人の世界と隔離していた世界を変えてしまった」

 

「・・・・・・」

 

「それが100年に一度、食事に現れることに繋がった。始祖族だけでは抑えきれなかったから人に対抗する手段として協会を設立して戦う術を教えたわ。そうやって一万年という時が流れた。長い時で見れば、人よりも彼らの方が死んでいる数は多い。でも人よりも長く生きるが故に増える数も多い。そろそろ人だけで抑えるのも限界になってきているのよ。だから、始祖族は彼らに宣戦布告をした」

 

「・・・・・・」

 

「100年に一度の食事は人の生存バランスが崩れない程度ならば黙認したわ。ある意味、生きるためだから。それを始祖族は邪魔し、殺した。怒った彼らは始祖族を滅ぼそうと躍起になるでしょう」

 

「・・・・・・」

 

「殺せない相手にどちらかが死ぬまで戦いを挑むの。本当なら吸血鬼の世界で戦えば良いのでしょうけど、戦っている隙に食事をされたら止められないわ。人を喰い、家畜のように支配することが目に見えている。だから戦争をすることにしたの」

 

「・・・・・・」

 

「何時終わるか分からないわ。でも死ぬことがない始祖族なら終わらすことは出来る。それでも協会からすれば、始祖族も彼らも同じ吸血鬼よ。区別はつかないわ」

 

「・・・・・・」

 

「貴方とも戦うことになるわ。始祖族は人に手を出さないけれど協会から見れば死なない吸血鬼なんて脅威以外の何者でも無いわ。始祖族は戦争が終われば、吸血鬼の世界に帰ることになり、こうやって言葉を交わすこともなくなるわ。逢えなくなる前に、貴方と話をしておきたかった。私の我儘よ。付き合わせて悪かったわね。何か知りたいことが有れば答えるわ。何かあるかしら?」

 

アイリーンは飲めないと言っていた珈琲を啜った。

 

「吸血鬼を滅ぼすまで戦うのか?」

 

「そうよ。私たちが本気で戦えば、滅ぼせるもの。それをしなかったのは同族に対しての情が有ったから。でも、それもお仕舞い。人を滅ぼしてまで守るものでも無いわ」

 

「始祖族全員が納得してるのか?」

 

「・・・そうね。していないと思うわ。けれども、彼らがいなくなれば、代償として渡した死を迎えることが出来るわ。同族を殺すことに躊躇いを覚えていても死を迎えられる安堵の方が大きいものよ」

 

軽食として用意されていたクッキーを口に運ぶ。

 

「アイリーンは納得してるのか?」

 

「そうね、私はね、恋人がいたの。人のね。一緒に吸血鬼の世界で生きようと約束をした。でも殺された。彼らに。だから私は納得はしていないけど、思うだけの日々に疲れたのも事実よ。他にはあるかしら?」

 

「いつ戦争が始まる?」

 

「次の満月には始まるわ。月は私たちの力が最も高くなるときだから。それまでには協会も準備をしておいてくれるかしら?人を避難させるとか色々ね」

 

アイリーンは珈琲を飲み干すとソファから立ち上がった。

 

「この屋敷は好きに使って。使用人たちにもハンターに協力するように言ってあるわ。できたら貴方とは戦いたく無いわね。元気で」

 

アイリーンは笑顔を浮かべて部屋を出て、屋敷を出る。

 

敷地から踏み出せば、二度と戻れない修羅の道に進むことになる。

 

「・・・伝えなくて良いのか?」

 

「ルーモンド様」

 

「前の男を忘れて、ようやっと新しい恋をしたと思っていたんだが」

 

「そんなに分かりやすかったでしょうか」

 

屋敷を振り返りまだ中にいるハンターに思いを馳せる。

 

「あぁ、フィリアが俺の短剣を持っていることに嫉妬しながらも、あの短剣がハンターの身を守っていることに安堵しているアイリーンの気持ちを大切にしたいという葛藤に揺れる程度には分かりやすかったぞ」

 

「よく、分かりました」

 

ルーモンド以外にあまり心を開いていないフィリアが気付くくらい分かりやすかったということだ。

 

「次の満月までは思い人のことを考えてやれ。戦争になれば嫌でも考えられなくなる」

 

「はい」

 

ルーモンドは何も言わずに立ち去る。

 

どれだけ長く生きていても気持ちだけは思い通りにならない。

 

「恋などするものではないわね。特に叶わない恋ほど、虚しいだけだわ」

 

一万年もの間、亡き恋人を思い生きてきた。

 

最近、亡き恋人とは似ても似つかない人に恋をした。

 

生きていて欲しいと願い、傍に居たいと願い、それでも叶わない人に。

 

「本当に、ね」



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