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悠久を手にしたあとに  作者: 都森 のぉ
王妃にならなかった者の苦悩
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主人公が変わります

「そんな低級な雑魚に何梃子摺ってるのよ」


全てを隠す黒のローブを着た人影からは聞き惚れるような美声が響いた。


「貴様、いきなり出て来て俺を雑魚呼ばわりとは死にてえのか」


「はっ、この私を誰だかも分からないような低級吸血鬼に殺されるような間抜けじゃないわよ」


嘲笑を混ぜた声に今から人間を嬲り殺しにしようとしていた吸血鬼は標的を変更した。


「後悔させてやるぜ、女」


「馬鹿ね、本当に馬鹿」


ローブの袖を振っただけで息巻いていた吸血鬼が吹っ飛んだ。


幹に激突し、ミシリと嫌な音が鳴った。


「これだから馬鹿は嫌いなのよ。ちょっと手を加えただけですぐにダメになるんだから」


「・・・お前、誰だ」


吸血鬼と対峙しながら成り行きを見ていたハンターが警戒をしながらローブの女に声をかける。


そんな警戒など気にすることもなく、女はフードを取りながら明るい声を出した。


「ちょっと私の声を忘れるなんて酷いじゃない」


「アイリーン、何故ここに?」


「貴方が持ったままのルーモンド様の短剣を確認しに来たんじゃない。フィリア様が不貞腐れて嫉妬して大変なんだから」


アイリーン。


ルーモンド配下の一人で、上流貴族の一員でもある。


「あぁ、これか」


「無くしたりしないでよ」


「無くすかよ」


明るく談笑しているが、アイリーンが吹き飛ばした吸血鬼が復活しだしていた。


「メインは貴方に会うことよ」


「俺に?何の用だ」


「それは低級な雑魚で遊んでから話すわ」


傷が回復し、起き上がった吸血鬼を再び吹き飛ばした。


絶対的強者の戯れだ。


「遊ぶって」


「自分より上の者に噛み付いたんだもの。躾けるのが当然でしょ」


「躾?」


「吸血鬼の世界では上の者に逆らうこと歯向かうことはご法度よ。上の者を殺すなりして下剋上を成立させれば良いけど、そうじゃなければ目障りなだけよ」


自分より下の者が噛みついて来るのを楽しむこともあるが、それは自分が気に入っている者だけだ。


人の世界でもあるが、それよりも顕著だ。


「それで貴方に会いに来た理由なんだけどね。お茶でもしようかと思って」


「お茶?」


「えぇ、協会の近くに新しいカフェが出来たのよ。一人で行くのは詰まらないから誘いに来たのよ」


「・・・断る」


断りを入れた瞬間、アイリーンの眉間に皺が寄り、吹き飛んだ吸血鬼が燃やされ灰になった。


「この私の誘いを断るつもり?」


「誰が好き好んで吸血鬼とお茶をしなければならない。どこにそんなハンターがいる」


「その反論は尤もだけど、貴方は私に命を救われたんじゃない?人が上級と位置付けた吸血鬼から。ねぇ、中級ハンターさん?」


それを持ち出されれば断ることは出来なかった。


アイリーンの機嫌がさらに悪くなれば、灰になった吸血鬼よりも簡単に殺される。


「・・・わかった」


「最初から受ければ良いのよ。そうすれば、これだって手に入るんだから」


灰の中からアイリーンは赤い結晶を拾い上げた。


「残っていたのか」


「加減したに決まってるでしょ。これが無いと協会から報酬が出ないこと知ってるもの」


「加減・・・」


一瞬で燃えたというより風化したと表現するのが正しい状況で結晶まで灰にならないように加減したということだ。


「不思議そうな顔しないでちょうだい。協会のことは貴方より知ってるのよ。何年争ってきたと思ってんの。昨日今日の話じゃないわよ」


「100年に一度しか来ないのに何でそんなに詳しいんだ?」


「協会の設立に関わったことがあるからよ」


「設立?協会ができてから何年経ってると思ってるんだ。昨日今日の話じゃないんだぞ」


「なら、枢機卿に確認すれば良いわ。私のこと知ってるはずだもの」


アイリーンが嘘を言っているようには見えないが、それでも信じられないのも事実だ。


一般的に吸血鬼の寿命は1000年ほどと言われている。


協会ができてから数千年は経過している。


アイリーンが生きているとは考えにくかった。



※※※



「うむ、討伐ご苦労だった。まさか一人で上級を倒してしまうとは将来が楽しみだ」


回収した結晶を確認し、枢機卿は太鼓腹を揺らしながら笑った。


如何にも私腹を肥やしていますという小物感がたっぷりな風貌だった。


「それで、上級昇進試験は何時受ける?このまま中級で居るには勿体無いだろう」


「いえ、自分は中級のままで構いません」


「そう言うな。実力のある者は須らく上に行くのが協会の信念でもある。一般市民のためにも試験を受けてくれ」


枢機卿にまで登りつめた男だ。


口が達者だった。


後ろでローブを目深に被って傍観していたアイリーンが口を開いた。


「ずいぶんと高尚な信念をお持ちね」


「誰だね、君は」


「私に向かって、そんな口の聞き方、死にたいのかしら」


目深に被ったローブを脱いだ。


枢機卿の顔色が瞬時に変わった。


「あ、アイリーン様」


名前を言っただけでなく、敬称までついていた。


「枢機卿、彼女をご存知なのでしょうか」


「君、この方、アイリーン様は教会設立の時から支援援助をしてくださる家の方だ。口の聞き方に気をつけなさい」


協会も慈善事業ではない。


先立つ物が必要だ。


それを貴族階級の者が寄付という形で援助をするのだが、その中でもアイリーンの家は特別な位置付けだった。


協会設立からずっと変わらずに援助をしているのだ。


「それよりも彼をしばらく借りても良いかしら?」


「どうぞ、お連れください。アイリーン様」


「ありがとう」


枢機卿の態度の変化について行けてないが、アイリーンに腕を取られて引っ張られ部屋を出る。


納得がいかないまま気づくと、アイリーンが言っていたカフェに入ってお茶をする形になっていた。


「どういうことだ。説明しろ」


「どうもこうも協会設立から関わってるって枢機卿様が説明していたでしょ」


「俺が言いたいのは何で枢機卿があそこまでお前に遜ってるんだって聞いてんだ」


「私の人の世界での階級は子爵家よ。家名はウェイバー。本来なら女は爵位を持てないけど、協会に支援をしていることから特別に拝命しているのよ」


吸血鬼でも見た目は人と変わらない。


外見の変化が人と違うだけで、短時間ならハンターでもない限り気づかない。


上手く人の世界に溶け込んで商売をしたり、地位を確立させたりする。


「当主の名前は適当に変えているけど、全部私よ。協会に顔を出すことはほとんどしないけど」


「それで怪しまれないのかよ」


「協会は黙って金を出す貴族が好きなのよ。多少怪しくても自分たちの私腹を肥やすのを黙認してくれるのなら向こうも口を出さないわ」


アイリーン以外にも黙って金を出している吸血鬼は多い。


自分たちに不都合なことが起きれば、援助を打ち切れば良いだけの話だ。


「なら、お前、いくつなんだよ。吸血鬼の寿命は大体1000年くらいだろうが」


「始祖族には色々とあるのよ。まぁ気になるなら話してあげても良いけど、人の往来が無い所が良いわ。協会に知られたくない話だから」


珈琲にミルクを垂らし掻き混ぜる。


そのまま飲むことはせずに眺める。


「・・・飲まないのか?」


「カフェは好きだけど、珈琲は苦手なの」


「それでよくカフェに誘ったな」


「一人で入って何も飲まずに居るのは怪しまれるでしょ。その点、誰かと一緒なら話に興じているから飲んでなくても不思議ではないわ。もし貴方が真実を知りたいと思うのなら此処に来て頂戴。私の屋敷よ。鍵は開いているから入れるわ。付き合ってくれてありがとう」


伝票を持つとレジに向かう。


精算をするために店員を呼ぶとアイリーンの美貌に目を付けたのか声を掛けた。


「どうですか?この後、食事でも。連れの男性を振ったのでしょう」


「彼は私のことを常套句で誘わなかったわ。出直して来なさい、坊や」


にべもなく断ると颯爽と歩き出す。


アイリーンが町を歩けば振り返らない男はいない。


そんな中、ハンターの彼だけはアイリーンを口説く所か敵として警戒までして見せたのだ。


アイリーンの美貌に惑わされないところを多大に評価していた。


「・・・戦争が始まるわね」


アイリーンの呟きは誰にも聞かれることなく消えた。



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