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《さて、フィリアは止めたが我は優しくないのでな》
「何が言いたい」
《謝罪をしたところで死者は戻らぬ。なら死が貴様を食らうまで死者の声を聞いてもらおうと思ってな》
「何を、」
【痛いよ】
【帰して】
【暗いよ】
【死にたくないよ】
【助けて】
《聞こえて来たであろう。貴様が今まで屠った者たちの恨み辛みの声が》
「やめろ。くるな。エサであろうが、うるさい」
《もうしばし苦しんでおけ》
※※※
《アイリーン》
「メディリア、何かあったのかしら?」
《最終段階に移行したようだ》
「そう、ありがとう」
声だけで姿を見せずに告げた。
生まれてから姿を消しておくことの方が多く今のように顕現している方が珍しい。
フィリアの前では姿を見せておくことが当たり前の気がしていた。
《あら遅かったのね》
《やつは最後まで喚いておっての。伝言を忘れた》
《ちょっと、仕方ないわね。わたしが行ってくるわ》
《うむ》
一緒にいるエヴィの性質が移ったのだろう。
すっかりお節介になっていた。
《大丈夫か?フィリア》
「メディリアは、・・・何もない」
《我はフィリアの意思に従う。フィリアの望み通り命は奪っておらぬ》
「そっか」
安堵の笑みを浮かべた。
何故、家族が殺されたのか分かり、前を向く決心がついたのだろう。
そうしているうちにリシェンダが帰って来た。
《戻ったわよ。さ、家に帰って主様を待ちましょ》
《そうだな》
「・・・・・・」
※※※
《フィリア様、そろそろ眠りませんか?》
「もう少し待つ」
《と言って、一時間が経ちましたよ》
「まだ帰って来ない」
《無事ですからね。もし怪我をしたら契約精霊には伝わりますから無事ですよ》
「でも帰って来ない」
こんな押し問答がずっと続いている。
精神に干渉して眠らせることが出来るが感情が揺れていて定まらない。
リシェンダはメディリアに協力を求めたが断られた。
無理に眠らせると自分たち精霊のことも信じられなくなるからだ。
《我ら契約精霊は主の危機に馳せ参じることを至上の命題としている。そんな我らがここに留まっていることが主殿、ルーモンドの無事を証明することにはならんか?》
「・・・帰って来たらすぐに起こしてくれる?」
《約束しますよ。フィリア様》
それでもソファだが眠りについた。
気を張っていたのかすぐに眠りにつき、リシェンダが力を使うまでも無かった。
《メディリア》
《何だ?》
《主様は戻るに決まっている》
《だけど、・・・・・・っ》
《始まったか》
ルーモンドの目論見が成功すれば、一度契約が解除されると伝えられていた。
無理矢理、書き換えられる不快感を体の中から湧き上がる。
強制契約を結ばされたときに良く似ている。
《あとは我らは待つのみ》
《もう一度、契約してもらうんだから》
《あぁ》
何を言っても主としてのルーモンドを気に入っていた。
ジバラに魔力が無かった以上、契約者からの魔力はなく自分たちの中の魔力を削るしか無かった。
元々の保有量が多いから生命に危機は無かったが徐々に弱っていたのは事実だ。
精霊として形を保つことも難しい状態から脱したのは偏にルーモンドからの魔力供給だ。
恐ろしいほどに供給され、本来の力を取り戻すことができた。
《空が、戻ったな》
※※※
《フィリア様、フィリア様、起きてください》
「・・・っ」
「おはよう、フィリア」
「ルゥ」
思い切りルーモンドに飛びつき泣き出した。
「今まで良く頑張ったな」
《フィリア様、良かったですね》
朝を迎えて、ひとつの闇が消えた瞬間だった。
《フィリア様、着替えましょうね》
ルーモンドの腕の中からフィリアを奪うとあっという間に寝室に連れ込んだ。
完全にエヴィの行動そのものだった。
呆然とするルーモンドだが、いつもの朝が戻ったと苦笑した。
「完全にエヴィだな」
《感動しているところ申し訳ないが再契約を済ませてくれないか?》
「こっちも完全にエヴィだな」
穏やかな風が吹いた。
※※※
「エヴィ?」
《そう言えば、エヴィがいませんね。わたしと一緒に服を選んでくれるのに》
《エヴィなら風に乗って飛んで行ったぞ》
「さよならも言わずに?」
《散歩だと思うぞ。風は時々とてつもなく気まぐれだからな》
「そっか」
※※※
《エヴィ、フィリア様にもう長くないって言わないの?》
《フィリア様には心配をかけたくないんです。十五年間ずっと成長を見て来ました。フィリア様こそが生きがいなんです》
《そう。ならエヴィがいなくなったあと散歩にでも行ったって言っとくわ》
《はい、フィリア様のこと宜しくお願いしますね。寂しがりやですから》
《うん、女同士の約束よ》
《精霊に純然たる性別などなかろうよ》
《おだまり》
《黙っててください》
※※※
「で、あるからして、この種属は他種族の性質を模写することが可能だ」
チャイムが鳴った。
「今日はここまで、来週は前試験をする。勉強してこいよ」
ブーイングだ。
「単位なしでもいいならな」
さらにブーイングだ。
あれから種族学のジバラはアカデミーを首になった。
採点が間に合わず、さらに授業もまともなものにならなかったからだ。
代わりに教鞭を取るのは
「ルゥ先生」
保険医だったルーモンドだ。
「精霊と仲良くなるにはどうしたら良いですか?」
「簡単だ。話しかけてみることだ。言葉が通じる相手だ。難しいことではないぞ」
なかなか様になっていた。
フィリアはというとアカデミーで習う内容はすべて修めているということで研究科に進んだ。
メディリアとリシェンダを従えて精霊を研究する道に進んだ。
また問題が発生するが、それはまた別の話。
※※※
「それで話とは?」
「えっと」
「ルーモンドで構わない」
あまり見ない組み合わせで向かい合っていた。
「シーズベルト家が何故、共存していたころを知っている最後の人になる?」
「そのことか」
「個人的に疑問に思っていた」
「一万年前より少し前か」
ルーモンドが次期王とされ若造と言われていた頃のことだ。
※※※
【あまりはしゃぐなよ。結婚するんだろ?】
【あら、ルーモンドは気にしているの?女が傷物になるのを?】
【気にするのはお前の旦那だろう】
【私は別にいいわよ。傷のひとつやふたつで結婚を取りやめる男なんてこっちから願い下げだわ】
【シーズベルト家の唯一の跡取りだろ。婿を取らなくてどうする】
【親戚から養子でも取れば良いもの】
【簡単に言うなよ。吸血鬼を殺せる一族の当主になりたい奴なんていないだろう】
【いるわよ。だって利権が漁り放題だもの。それよりも私が結婚してルーモンドは嬉しい?それとも残念?】
【嬉しいに決まってるだろ。じゃじゃ馬娘がようやっと身を固めるんだからな】
【なんだ。俺と駆け落ちしてくれって言ってくれるのを期待したのに】
【残念だな。俺は年下は好みじゃないんだ】
【えっ、じゃぁ王妃様になるアイリーンはルーモンドより年上?】
【同い年だな。まぁ吸血鬼は長命な分、百歳は同い年扱いだ】
【じゃぁ年下じゃん】
【厳密に言えば、俺より先に生まれてるぞ】
【嘘!】
【そろそろ家に戻れ。体を冷やすぞ】
【はぁい、そうだ。ルーモンド】
【何だ?】
【私、狙った獲物は逃さない主義だからね】
【そうかそうか、戻るぞ】
※※※
【・・・生まれたか】
【血の王、お嬢様がお呼びでございます】
【俺よりも旦那が先だろう】
【いいえ、間違いなく血の王が先でございます】
【どういうことだ】
【まずは、お子にお目通りをお願い申し上げまする】
【行こう】
【お嬢様は寂しきお方でございます。最後にお慈悲を賜ればこれ幸いにと存じ上げます】
【ルーモンド】
【どういうことだ】
【私はね、子供を産めるほど体が強くなかったんだ。産んだら長くはないって】
【知ってて産んだのか】
【あと、狙った獲物は逃さないって言ったでしょ】
【血の呪縛か】
【私の血が途絶えると同時にルーモンドもまた途絶えることになる】
【俺は年下は好みではないと言ったはずだが?】
【でも生きるためには手を出すしかないでしょ?一緒にね悠久の時を生きてみたいと思ったの】
【俺は人は人のまま生を終えるべきだと思っている】
【だから私は人のまま死ぬ。でも願いは叶えたいから】
【それで、か】
【これで永遠に一緒に生きることができる】
【最期だからな。愛していたよ。人として】
【もっと早くに聞きたかった】
※※※
【血の王、お嬢様の最期の願いお聞き届けていただきますよう重ねてお願い奉ります】
【悪いが無理だな。血の呪縛は吸血鬼と人が再び出会うための呪いだ】
【お嬢様は、自分の血が途絶えると血の王の命が潰える。それを免れるためには自分の血と血の王との子供が必須と申されておりました】
【違うな。吸血鬼が生きている間に死した人の魂が巡り合うためのものだ】
【お嬢様の願いは叶わぬのですね】
【俺が生きている間は何度でも魂に寄り添うと我が名に誓おう】
【血の王の心のままに、この老いぼれお嬢様の魂がこの世に巡り合えますよう血を途絶えさせぬように言い伝えましょう】
※※※
「それからシーズベルト家の当主には子供を生すことを言い含められ、吸血鬼と人の悲恋を伝えられる唯一の一族だったわけだ」
「それで魂と巡り合ったのか?」
「あぁ何度かな。血に引き寄せられるのか全員シーズベルト家に生まれた」
「まさか、フィリアが生まれ変わりなのか?」
「あぁ察しが良いな」
「生まれ変わりの中には女もいたんだろ」
「あぁいたな」
「何故、子供を作らなかった?」
「そのことか。人として愛していたが、子供を作る気はなかった」
「どうして」
「吸血鬼と人の子供は、人より短命で生まれることが多い。子に先立たれた親の苦悩は嫌と言うほど見てきたからな」
※※※
「ルーモンド様、何故、嘘を吐かれたのです?」
「吸血鬼と人の子が短命であるということか?」
「はい」
「本当は、吸血鬼と変わらぬ時を持つことか?」
「はい」
「何故、だろうな。羨ましいのかもしれないな。儚くも刹那のときで命を終えるが悠久に生き続けることのできる人の子が」
「そうですね」
本当はアイリーンには分かっている。
何故、嘘を吐いたのか。
ルーモンドが愛した女性はルーモンドと自分の血を引く子供が生きることを望んだ。
でもルーモンドは刹那のときであっても互いだけを思う世界であることを望んだ。
アイリーンが愛した男にはアイリーンだけを思う最期であって欲しいという希望だ。
「そう言えば、ルーモンド様」
「何だ?」
「フィリア様を付け回す精霊がいるのはご存知で?」
「どういうことだ?詳しく話せ」
「ご自身でご確認くださいませ」
舌打ちと共にルーモンドが消えた。
残されたアイリーンは、両想いなのに結ばれなかった二人は別の形で一緒にいる。
いろいろと言い訳しているが、ルーモンドは好きな人に面と向かって好きだと言えないただのヘタレだ。
「まさか何度でも会いたいがために、一万年もの間、死を代償にしたわけじゃないわよね」
その独り言に対する答えはないが、間違ってもいないような気がする。




