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《主、完成しました故、これで契約は完了します》

 

「助かった」

 

《主のためになるのでしたら翻訳など朝飯前でありますぞ》

 

「・・・ユグリフ」

 

《多少、歪みがありましたところは手を入れさせて頂きました故にご容赦を》

 

「また何かあったら頼む」

 

《有り難き言葉、しからば我は失礼す》

 

契約陣の複雑さは解除する前の比ではなく、多分にユグリフの趣味が加味されている。

 

精霊言語にも時代にあった変化というものがあり、古いものになればなるほど複雑さと難解さが増す。

 

部分的にではあるが、複雑な陣になっていることからユグリフの趣味と判断しただけだ。

 

「フィリアを迎えに行って、契約を終わらせるか」

 

「この時間ですと、そろそろ試験が終わるくらいかと思います」

 

《さっさと契約をしろ》

 

「まだだ。フィリアが来たら開始する」

 

どこで聞き耳を立てていたのかと疑問に思うが監視していただけのことだろう。

 

姿は相変わらず見えないが二柱いると気配だけが伝わる。

 

「・・・ルゥ?」

 

「契約をするか。フィリア、この陣を持っておけ」

 

魔力で作り出した陣をフィリアに握らせる。

 

ガラス細工のように繊細で光り輝く契約陣は魔力の質に比例する。

 

「フィリア、名前を決めたか?」

 

「うん、メディリアとリシェンダ」

 

二つの契約陣が溶けるように消えて二柱が顕現した。

 

《無事、契約解除と締結がなされた》

 

《よろしくね、フィリア様》

 

「うん、よろしく」

 

《ひとつ、確認だが、我らはフィリアの命にのみ従う。問題ないか?》

 

「構わない。契約陣にも組み込んでいるからな」

 

《フィリア様、お話したいわ。散歩しましょ?》

 

《まて、俺も行く》

 

完全に懐いている精霊を連れてフィリアは保健室を出る。

 

「・・・ルーモンド様から文句も言わずに離れるのは珍しいですわね」

 

「新しい精霊が手に入ったからだろう。そうでなければ離れない」

 

ルーモンドとしてもフィリアに内緒で暗躍したいところもあり、都合が良い。

 

護衛としても属長クラスの精霊が付いていることから掠り傷ひとつ負うことがない。

 

何だか草臥れたエヴィが保健室に来た。

 

《マスター》

 

「エヴィ、どうした?」

 

《シェヴェキアの次男ですけど、フィリア様を害そうと裏の方を雇ったみたいですよ》

 

「さすが風の精霊だな。情報が早いな」

 

《裏の方には幻を追いかけてもらいましたけど、いたちごっこになりますよ》

 

「安心しろ。すべての罪は枢機卿がかぶってくれるさ」

 

《それなら安心ですわね。もう少し網を張ってからフィリア様のところに向かいます》

 

フィリアの元には今、二柱新しいのがいる。

 

フィリアの元にいるのがエヴィの方が先だが、能力には天と地ほどの違いがある。

 

このややこしさから問題が起きない訳がなかった。

 

「アイリーン、今日はもう良いぞ」

 

「分かりました」

 

アイリーンにも先の展開が想像できていた。

 

ルーモンドの苦労も。

 

 

※※※

 

 

《フィリア様、ただいま戻りました》

 

「お帰り、エヴィ」

 

《む、何奴!》

 

《フィリア様の従精霊よ》

 

《フィリア様、エヴィのこと要らなくなりました?》

 

「違うよ。エヴィは僕が一番先に契約したからずっと一緒だよ」

 

複数柱と契約している主を持つ精霊の共通の悩みだ。

 

自分だけの主ではないということ。

 

《フィリア様、エヴィとの出会いを教えてくださいな》

 

「僕がね、三才のときに会ったの」

 

修羅場にはならなかった。

 

メディリアとリシェンダが精霊として成熟しているということもあるが、契約順というものを大切にする精霊であったことが大きい。

 

「問題はなかったようだな」

 

「お帰り、ルゥ」

 

《主殿》

 

「どうした?メディリア」

 

《話がある》

 

深刻な話をしたいのが分かり、部屋を移動する。

 

「何か契約に不備でもあったか?」

 

《それはない。ただ、あのエヴィという風の精霊だ。長くないぞ》

 

「知っている。契約がかろうじて命を繋いでいる状況だ」

 

《なら何故、力を使わせる!死が早まるだけだぞ》

 

「エヴィは本来なら十五年前に消えている。持てる力を使ってフィリアを隠した。あと数舜で消えるというときに俺が契約をした」

 

《そうか》

 

精霊なら精霊の状態を見るだけで判断できる。

 

最初は、メディリアもリシェンダも中級に譲るつもりはなかった。

 

同じ立場として尊重はするが自分だけの主にしたい思いは変わらなかった。

 

それをエヴィがすでに消えゆくことが分かり、残りの時間はエヴィに譲ることにした。

 

「エヴィも気づいている。だが、最期までフィリアには知られたくないとの願いだ」

 

《我らは主の意思を汲み取る存在だ。問われぬ限りは答えない》

 

「フィリアは精霊が善意しか持たぬ存在だと思っている。それを忘れるなよ」

 

《心得ておこう。リシェンダにも伝えておく》

 

「助かる」

 

上級精霊は死を迎えることが少ない。

 

世界が生まれたときから生きているものが多い。

 

だから中級以下の死を哀れみ、そして、限られた時間を大切にする。

 

《一体、何を企んでいるのだ》

 

「企むとは言葉が悪いな。だが全ては俺の手中にある」

 

《それを企むというのだ》

 

「邪魔をするなよ」

 

《フィリアのためになるのなら邪魔はせん》

 

 

※※※

 

 

《話は終わったのかしら?エヴィは凄いのよ》

 

《何がだ》

 

《フィリア様が受けた試験の点数を全部覚えているのよ》

 

授業や試験の内容をあまり重視しないフィリアとルーモンドの代わりにエヴィは今まで管理していた。

 

それこそフィリアが初めてアカデミーに通った日から今日に至るまでの全てを語ることが出来る。

 

《エヴィ、もっと教えて》

 

《良いわよ》

 

《ほどほどにしろよ》

 

メディリアの忠告も空しく、エヴィが知りうる全てのフィリアが語られていく。

 

本人は蚊帳の外だったのだろう。

 

ソファですっかり眠っている。

 

なかなか眠りにつけないフィリアにしては珍しい姿だった。

 

「リシェンダの力か」

 

《おそらくは》

 

「精神干渉に長けた精霊だな」

 

《だから我らの契約に力を貸したのであろう》

 

「間違いないな。それで頼みだ」

 

《断る》

 

「フィリアのためだ」

 

《嫌な男だ》

 

「分かっていただろ?シェヴェキア家当主夫人の亡き恋人の幻を創り出せ」

 

《会話をするのは苦手なんだ。記憶を読ませてもらうぞ》

 

メディリアはルーモンドの額に手を当てると記憶を探った。

 

傍から見ると熱を測っているようにしかみえない。

 

《・・・主殿》

 

「余計なことは言うなよ。言われたことだけしていれば良い」

 

《幻影を具現化し、動かすくらいは問題ない。だが、次男の方はどうする?》

 

「ハンターであり続けるのなら、いつか死ぬ。こちらからは何もしないさ」

 

《リシェンダには黙っておく。アレは黙っていられる性質をしていない》

 

「フィリアの命しか聞かないのじゃなかったか?」

 

《・・・義理だ》

 

「精霊らしくないな。いや、フィリアの周りには精霊らしくないものだけが寄ってくるのか?」

 

精霊は気ままな存在だ。

 

だが、フィリアの周りには精霊らしくないのが集まる。

 

エヴィもフィリアの母代わりであったし、今回の二柱は友人のような姉のような兄のような立ち位置だ。

 

命令は聞くが、頼みごとは聞かないのが常だ。

 

《精霊は環境に影響を受けやすい生き物だ。性格も性質も簡単に変わる。だから人に関わらないようにしている精霊が多い》

 

「昔に関わって変化したということか」

 

《変化ではないな。変質という方が近い。我もリシェンダも強制的ではあったがな》

 

寡黙な精霊である風貌だが、話好きであるようだ。

 

フィリアに過去を聞かせる気は無いが、近しい者に知っておいてもらいたいのだろう。

 

《我とリシェンダは、強制契約の陣に呼び込まれた。あの種族学を教えている男だ》

 

「強制契約?」

 

《本来、契約とは精霊と他の者が主従関係を結ぶための手段であった。両者の合意の元の契約だ》

 

精霊は気ままな存在であるが故に、気に入れば付き従う。

 

それを目に見える形にしたのが契約だ。

 

《だが、あの男は己が欲求を満たすために()()()使()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待て、精霊を使ったって」

 

《禁忌だ。いや、禁忌ですらない。今まで誰もしなかったことだ。ある意味で天才なのであろう》

 

「精霊が簡単に契約陣になるのか?」

 

《普通はならない。だが、下級精霊を一定の空間に押し込めれば可能だ。・・・違うな。精霊を集めて押し込めたあと、どうなるか知りたいという好奇心だな》

 

知的好奇心を満たしたいが為だけの行動であり、そのあとの強制契約陣はおまけなのだろう。

 

《押し込められた精霊は形を保てなくなり溶けた。液体のような状態になった精霊にインクを混ぜて、人の言葉で契約陣を書く。それは精霊言語の契約陣と同等以上の効力を持っていた》

 

「そこに強制的に主従関係を結ぶ内容が書かれていた」

 

《そうだ。人との契約が少ない幻隷属と妖枝属が選ばれたのも好奇心だけのことだろう。そして、我とリシェンダは強制契約を結ばされた》

 

「だから契約解除が出来なかった訳か」

 

《契約締結したあとは、陣は精霊言語に代わり我らは縛られた。あとは契約解除ができるほどの力を持つ者を待つしかなかった》

 

リシェンダも会話には参加していないが、こちらの話に頷いていた。

 

強制的に契約を結ばされたことや契約陣に精霊を使われたことに憤りを感じているのは見て取れた。

 

「契約が解除されたことには気づいているだろうな。もう一度、強制契約の陣を創られると面倒だな」

 

《精霊たちには近づくなと伝えたが、どこまで効力があるかは不明だ》

 

「精霊が召喚できなくなる程度ではぬるいな。地獄に送ってやるか」

 

《どういうことだ?》

 

「アカデミーの門を守っているケルベロスは、本来は魔界の門の番犬だ。死者を管理する魔獣なら地獄に送ることは簡単だ。魂が消えるまで苦しむだけだ」

 

《我は、主殿が敵でなくて心底安堵している》

 

「本来、吸血属は総じて残忍で残酷な生き物だぞ?」

 

《わたし、主様が悪役に見えたわ》

 

いくら気ままな精霊でも主を貶す言葉は言わない。

 

これはルーモンドが言葉ごときで目くじらを立てないと分かっていることとフィリアに仕えているという意識のせいに近い。

 

《あの男は、わたし達に雑用を押し付けていたのよ。試験問題を作ったり、採点をしたり、あとは他属の精霊を教材として捕まえたり拒否したくても出来ないから困っていたのよね》

 

「ほぅ」

 

《我は無かったぞ?》

 

《メディリアは気に食わない学生への精神攻撃を命令されていたでしょ?》

 

《うむ、悪夢を見せる程度で済んでいたがな》

 

「精霊を子供じみた嫌がらせに使っていたのだな」

 

《それ故に我らは姿を見せなかったのだ。幸い精霊の気配を感じ取れる男では無かったのでな》

 

《精霊に名前を付けるという考えも無かったみたいだし、属名で呼ばれていたわ》

 

かなり粗雑な扱いを受けていたのが分かる。

 

この分だと何もしなくても堕ちていくような気もする。

 

《あと、アカデミーの門の番犬にも命令してたわ。服従しろって》

 

「それは無理だろう。ケルベロスは趣味であの門を守っているからな」

 

《あら、そうなの?》

 

「魔界の門に来るのが悪人ばかりで嫌気が差したからアカデミーの門を守ると言って居座った。アカデミーも扱いに困ったが、不審者は入れない結果を張ってくれるから黙認して今に至る」

 

ケルベロスが居座ったころになるが、貴族の子供を誘拐しようとした連中を撃退したことから始まった。

 

それからはアカデミーに害をなすと、問答無用で魔界の門へ案内されるという噂が広がり最も安全な場所になった。

 

ケルベロスも学生と仲良くなれるから良いこと尽くめだった。

 

時々、学生から差し入れられるお菓子が目当てではないことは信じたい。

 

「ケルベロスも根に持つ性格だからな。快く協力してくれるだろ」

 

《それで、わたし達は何をしたら良いの?》

 

「今度の食事を邪魔したいから狩りを頼む」

 

《嫌よ》

 

《断る》

 

「・・・」

 

《フィリア様の傍に居られないじゃない》

 

《その通りだ》

 

意思疎通がかなり可能になったと言っても精霊は気ままだ。

 

命令という形にすれば従わせることが出来るがルーモンドはしない。

 

「なら、伝達係をしてもらおう。フィリアには枢機卿のところに行ってもらうからな」

 

《伝達係?なら良いわよ》

 

《そこが妥協すべきところか》

 

「必要なのは、フィリアの傍にいて護衛し、()()()()()()()ら俺に知らせろ。それだけだ」

 

《簡単ね?それだけ?》

 

《子供のお使いではあるまいに》

 

「簡単でいいだろが、使いにくい精霊に重要なこと任せるほど馬鹿じゃないからな」

 

リシェンダは怒りを表したが、メディリアは言葉の真意に気づいた。

 

ルーモンドの記憶を覗いたからだ。

 

言葉にする気はないが自分たちの立ち位置に気づいたのだろう。

 

《だが、仕方あるまい。契約解除の礼もある。今回は頼みを聞いてやろう》

 

《・・・そうね。仕方ないわね。本当に仕方なくだけど、聞いてあげるわ》

 

「仕方なくでも何でもいい。とりあえず動け」

 

メディリアが真意に気づいての言葉であることにはルーモンドは気づいている。

 

だが、尊大に返されると腹が立つのは仕方がない。

 

もともとが吸血属の王として君臨していたため上から発言されることを受け流せない性格なだけだ。

 

「リシェンダ、フィリアが風邪をひく。ベッドに運べ」

 

《そうね。人間は風邪をひいて死ぬこともあるって聞いたわ。添い寝してあげるからベッドに行きましょうね》

 

すっかり母親の立ち位置を確立したリシェンダは言葉通りに添い寝した。

 

《リシェンダには聞かせられぬことか?》

 

「分かってるじゃないか」

 

《リシェンダには表でフィリアを守る役を、我には裏でフィリアを守る役を与えているのだろ?》

 

「あぁ、フィリアには人の世界で生きて欲しいからな」

 

《真実を偽ってでもか?》

 

「真実を真実と知ったところでフィリアは救われない。望みは死者を甦らせることだ。俺たちと居れば、いつかその方法があることに気づく。なら人として生を終える方が幸せだ」

 

精霊には死者を甦らせるという概念がない。

 

死んでも力の元素に戻り、時が立てば新しい命として生まれる。

 

他者との繋がりが希薄なため死んだ者を再度望む心境というのも理解できない。

 

《だから我らを傍に置いたのか》

 

「人の中に死者を甦らせる力はない。精霊もまたしかり。ただ吸血属の中にはある。それを知らせたくないからな」

 

《この話は胸に秘めておこう》

 

「俺の記憶を読んだのなら裏切るなよ?」

 

《主殿のお心のままに》



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