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「枢機卿、ねぇ」


調べることはすでにしている。


吸血鬼を狩る存在であるハンターを育成している協会のトップだからだ。


代替わりするたびに調査している。


「善良な枢機卿なんて居なかったけど、ここまでゲズな男も珍しかったわね」


自分の欲を満たすためだけに枢機卿を務めている男だ。


人を守るつもりもなければ、害がなければ吸血鬼を放置する考えだ。


害とは、自分自身に対してだ。


だから遠くの村が吸血鬼に襲われて滅んでも寄付金が減るなとくらいしか考えない。


「本当に、自分のためだけにしか行動しないんだから」


こっそりと枢機卿の部屋に忍び込む。


夜になれば無人になるし、協会に忍び込んで金目の物を盗る者もいない。


転移陣を使えば簡単だ。


「まさか自分の悪事を事細かに残しているとは思わなかったけど」


フィリアの生家、シーズベルト家の抹殺計画の一部始終が記載された書類が見つかった。


十五年前には無かった書類だ。


「・・・無かった書類が今さらになって見つかるのはおかしいわね」


書類もインクの色褪せ方も新しい。


十五年が経過しているはずの書類としては不自然だった。


「誰かが仕込んだ?なんのために?」


書かれている内容は実際に計画書を見た者か、実行に移した者くらいしか知らないような内容だ。


だが、実行に移した者はすべて枢機卿によって殺害されている。


天涯孤独のハンターを実行犯に選んでいることから身内に話が伝わっている可能性も低い。


「天涯孤独じゃなかったとしたら?」


誰か伝え聞いたり、書類を見ることができていたとしたら。


フィリアがシーズベルト家の生き残りであることは事実だ。


それはアカデミーでも周知されている。


でも、吸血鬼に襲われて滅んだという話は表向きにはなっていない。


協会内の幹部だけ伝わり、外聞を恐れた協会が強盗に襲われたということにした。


世間では、そう伝わっている。


なのに、シェヴェキア家の次男は、吸血鬼に襲われたとはっきり言った。


シェヴェキア家クラスの者が知っているはずのないことをだ。


枢機卿を探るにあたりルーモンドから一通りの話は聞いている。


「シェヴェキア家と幹部に繋がりがあった?」


それで話が伝わったのなら簡単だ。


十五年経ち、当時を知っている者が少なくなり、フィリアのことも忘れ去られつつある今なら箝口令も忘れられている。


引き出しから幹部の名簿を探し、名前を覚える。


利益を細分化したくない者の集まりであるから覚える人数は多くない。


「こういうときに爵位って便利よね」


爵位を使えば、簡単に他家の家系図が手に入る。


平民に対してなら尚更のことだ。



※※※



「・・・色々、分かりましたわ」


「ご苦労、で?」


「はい、まずシェヴェキア家ですが、シーズベルト家を滅ぼした犯人が吸血鬼と知っている幹部との繋がりはありませんでした」


「そうか」


「ただ、最近になって作られたシーズベルト家抹殺計画書が枢機卿の部屋で見つかりました」


「ほう」


「その計画書には実行犯の名前も載っていました。全員が天涯孤独だと思っていましたが、一人だけ結婚の約束をした男がいました」


それが今のシェヴェキア家の当主夫人だ。


調べていくうちに分かった。


平民でどちらも孤児院育ちだったため記録が少なかった。


まずは、二人の男女が恋に落ち、そして結婚の約束をした。


男はこれからのためにハンターとして働き、あるところで辞めるつもりだった。


そしてシーズベルト家の抹殺計画の実行犯に選ばれる。


吸血鬼に味方して裏切っている一家なら制裁を受けても仕方がない。


その事実を信じて、男は計画を実行した。


この仕事を最後にするつもりで動き、計画の内容を結婚の約束をした女性に話して。


誤算だったのは枢機卿により帰らぬ人となったことだ。


女は帰らない男を待ち続けた。


やがて噂になった。


ハンターの男を待ち続ける女がいると。


それを知ったシェヴェキア家当主はハンターという職業に理解を示すだろうと勝手に思い、妻にと迎えた。


当主は気にしなかった。


女が帰らぬ人を思い続けることも。


自分を愛さないことも。


子供を産まないことも。


ただ当主夫人として家を管理してくれるだけを望んだ。


「ちょっと待て」


「はい」


「子供を産んでいないのに、どうして跡取りがいる?」


「正確には当主の子ではありません。当主が妻に迎えたときには身籠っていましたから、双子を」


おそらくは待ち続けている男の血を引く子だ。


当主も分かった上で、子供を自分の子として認め、跡取りとして扱っている。


ただ、女は未だに待ち続け、思いを変質させ、シーズベルト家の生き残りのフィリアに対して恨みを持っている。


吸血鬼と手を組んでいなければ、処罰として殺されることも無かった。


自分の愛する男が任務に組み込まれて命を落とすことも無かった。


その思いを次男に聞かせただけだ。


それもかなり都合の良いところだけ。


【本当のお父様は、人を守るハンターなのよ。


でもハンターの中にいた裏切り者を処罰する任務について命を落としたの。


生き残った子供が手を組んでいる吸血鬼に頼んで、殺させたのよ。


協会内では吸血鬼に襲われたことにしているみたいだけど、違うのよ。


それに庶民の間では賊に襲われたことになっているけど、それも違う。


だってあの人は私に計画書を見せてくれたのよ。


そこには一緒に任務に当たる方の名前もあったわ。


だけど、誰一人帰って来なかった。


なのに、あの子供はアカデミーで保護されている。


なぜ、私だけが失わなければいけないのかしら】


そんな内容を語っていたらしい。


おしゃべり好きの女中に話してもらった。


それを鵜呑みにした次男は、吸血鬼と手を組んでいると思って、フィリアに嫌味を言ったのだ。


吸血鬼に復讐をしないのか?


その言葉の裏に、手を組んでいる吸血鬼を殺すなんてできないものな、という意味を込めて。


真相としては、そんなところだろう。


「面倒なうえに、厄介だな。大体、何で今頃なんだ」


「おそらくは、次男がアカデミーに入学し、学年の違うフィリア様を見つけたのが先日のことだったのではないかと推測されます」


「長男はどうした」


「長男は、母親の言葉を妄言だと思い、義父の仕事を手伝うために神殿に所属しています」


「魔術師を目指しているのか?」


「のようですね。魔術が使えれば、ハンターとして上位になれますから」


シェヴェキア家は特に血を重視してきた一族ではない。


その時々で養子で跡を継いでいたこともある。


ハンターという職業を生業にしているため跡継ぎは亡くなることも多かった。


その気質を受け継ぎ、当主も子供との血に拘らなかった。


ただ、妻となった女が子供に恨みを語っているとは思っていなかった。


「つまりは、言いがかりというやつか」


「どうしますか?真実を知っているだけで何か出来るとは思えませんが」


「何も出来なくてもシーズベルト家を裏切り者だと言われるのは面倒だな」


「あの計画書も当主夫人が作成して枢機卿に送ったのだと思います」


筆跡で男性か女性かくらいは見分けが付くし、字を習うときに性別特有の癖を教えられる。


枢機卿としては関係者を全員始末しているのに詳細が書かれた紙は脅威だろう。


こちらが動かなくても手を下してくれそうだが、再び誰かに知られても困る。


「女の憂いを晴らしてやれば問題ないな」


「どうされるおつもりですか?」


「もうすぐ精神干渉に長けた精霊が手に入る」


幻隷属と妖枝属なら幻影を実体化させるくらいは問題ない。


あとは動くかどうかが問題なだけだが、フィリアのためになら簡単に動くだろう。


《主よ》


「ユグリフ、どうした?」


《右腕殿、乱入して申し訳ない》


アイリーンのことを右腕殿と呼び、自分は配下の二番目という立場だと言い張るユグリフは本当に変わった精霊なのだろう。


《幻隷属と妖枝属の契約陣を書き起こした故に渡しに来た》


「助かるな。陣の構築なんて何年ぶりかも忘れたからな」


《ふむ、おそらくは千九百五十四年ぶりではあるな。日付は》


「計算しなくても良いぞ」


《我の要件は終了にて失礼する。右腕殿もお手を止めてしまい申し訳ない》


「良いわよ」


今の王家に使える騎士ですらここまで忠誠を誓っていない。


本当に好きでここまでしているのだろう。


「自主的に仕えているのだと分かっていても大丈夫か心配だな」


「えぇ、ユグリフみたいな精霊は見たことないもの」


「それでは書き換えるとするか」


「複雑ですね」


精霊ごとに特徴があると言っても個体差はある。


上級精霊になればなるほど、精霊言語で書かれた陣は複雑さを増す。


精霊言語は精霊にしか読めず、解読はされていない。


無限にあると言われている精霊言語の一部だけは翻訳されているが、あまり役には立たない。


「精霊言語をわざわざ翻訳したものを用意するあたり本当に精霊か疑いたくなるな」


「緻密な精霊言語を半日で二柱分の翻訳は頼まれても動く精霊は少ないでしょうね」


契約は精霊側からしか解除できないとされている理由がここにある。


精霊言語を理解する人がいないため解除するための陣も書けないからだ。


そんな中でルーモンドに依頼をしてきた理由は契約陣の種類にあった。


「なるほどな。期間が召喚士が死ぬまでとなっているからか」


「人として早く死ぬと思っていたのでしょうね」


「二柱も契約しているからな」


ただし、期間が定められている場合は精霊側から解除できない。


そのために依頼をした。


「アイリーン、こちらの精霊の陣を書いてくれ」


「分かりました」


精霊言語は二人とも読めないため自分たちの言語で書く。


完成すればユグリフが精霊言語に書き直してくれる。


一度、精霊言語を覚えようとしたが、生まれ持っての感覚的な部分に頼る言語のため諦めた。


「・・・完成した、か」


「・・・・・・こちらも終わりました」


「まさか徹夜になるとはな」


「上級精霊の中でも属長クラスの精霊ですからね。これでますます人間が契約できた理由が不明です」


「そうだな、ユグリフ」


《お呼びですかな?主》


「悪いが、明日までに翻訳を頼めるか?」


《お安い御用です。明日一番にお持ちいたします故に暫し御前を失礼致す。御免》


「・・・ユグリフの口調はどこで覚えたんだろうな」


「今は亡き国の生まれだと言っていましたけど」


「まぁ細かいことは置いておくか。とりあえず契約陣待ちだ」



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