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フィリアを抱えていたときと違い急いで飛ぶ。
自分で結界を張って窓から入った。
「フィリア」
エヴィに無事に家まで送られたが、疲れてソファで眠っていた。
『マスター』
「エヴィ、どうした?」
『フィリア様、明日、種族学のテストのはずです』
エヴィは良くフィリアに引っ付いて授業を受けている。
精霊であることから普段から傍にいても怪しまれなかった。
「起こすか」
『フィリア様、起きてください。種族学は範囲が広かったはずですよ』
提出物や時間割を把握していないフィリアに代わってエヴィは面倒を見ていた。
エヴィの声は普通の人には聞こえないためテストでもカンニングし放題だが、それはエヴィの矜持が許さないらしくテスト中は傍にすら近づかない。
「うん」
「ほら、教科書を持って来い」
「追試受けるから良い」
ソファに寝転んだまま動こうとしないフィリアを抱き起すと抱えたまま歩く。
鞄から教科書を出すと範囲の内容を音読する。
「フィリア、とりあえず試験は本試験を受けろ。追試ばかり受けてると留年するぞ」
「それでも良い」
勉強に関してはルーモンドが教えていたため今のアカデミーの内容はすでに知っていることも多い。
アカデミーに通っているのはフィリアという存在をアカデミーが認識していれば、協会によって闇に葬られることを防げる意味合いが強い。
「フィリア?」
いつもならルーモンドが読む内容に耳を傾けているが、それも無い。
「アカデミーで何かあったか?」
「ハンターに会った。俺の家を知っている奴で何故、吸血鬼に滅ぼされたのに吸血鬼に復讐しないんだ?って言われた」
アカデミーは全ての者に入学資格があり、そこには敵対する者同士がいたりもする。
ハンターの子供が居ても不思議ではない。
「名前は?」
「シェヴェキアの次男だったと思う」
「シェヴェキア家か。所詮、小物だ。相手にするな」
シーズベルト家と比べれば、ハンターとしての力量だけでなく、家の権力としても天と地の差がある。
「だが、フィリアのことを知っているのも気に掛かるな」
「シェヴェキアに情報を流した奴が居るってこと?」
「あぁ、それもシーズベルト家の生き残りがフィリアだと知っているクラスの家の者が、な」
試験勉強をしていなくてもフィリアには解ける問題ばかりのため続きを読むのを諦める。
シェヴェキア家の背後に居る者を探す段取りを考える。
「シェヴェキアの次男坊の交友関係分かるか?」
「クラス違うから知らない」
「なるほどねぇ。なら直接探るか」
「どうやって?」
「それはお楽しみだ。明日も早いだろ。もう寝ろ」
試験については心配もしていない。
テスト中に面倒になって眠ってしまうことの方が心配だった。
『マスター』
「どうした?」
『私は何をしたらいいですか』
エヴィにとってフィリアの方が優先すべき主だと思っているためルーモンドだけが動くのを気に食わなく思っている。
「フィリアに対して害がある奴を探してくれ」
『それではフィリア様の傍に居れないではないですか』
「・・・姿を見られずに探れるのはエヴィしかいない」
『仕方ありませんね。今回だけです』
貸しだと言わんばかりに踏ん反り返るとエヴィは姿を消した。
学校の中に網と呼べる精霊の目を張り巡らすためだ。
精霊の力は個体差が大きいが、エヴィは中級レベルに位置する。
「エヴィとももうすぐお別れになりそうだな」
「ルゥ?」
「懐かしい呼び名だな」
優しく髪を撫でるとルゥと日常的に呼ばれていたときのことを思い出す。
あれから十五年が過ぎた。
「フィリア、もう少しでフィリアの家族を殺した奴を断罪できる。死んで終わりにはさせないさ」
「ルゥ」
「任せておけ。今は眠れ」
十五年前から同じ夢を見ては飛び起きて、魘される日々が続いていた。
薬もほとんど効かないくらいで僅かな睡眠で何とか乗り越えているような感じだった。
「さて、準備をするか」
※※※
「・・・そこまで、やめ」
試験監督が号令をかけると試験用紙を回収していく。
範囲が広く、最後まで問題を解けている者はいなかった。
そんな中、フィリアだけは全ての解答欄を埋めていた。
「フィリア=シーズベルト、あとで教員室に来るように、では、以上だ。解散」
遅刻、欠席の常習犯ではあるが、試験成績だけは常に学年トップであるフィリアを目の敵にしている教員は多い。
種族学の教員、ジバラもその一人だ。
呼び出されることも多いため慣れた様子で教員室へ向かう。
「それで言いたいことは分かるな。時間内に全ての問題を解いているのはお前一人だ。カンニングをしたんだろ。そこまでして点数が欲しいのか。そんなことせずに真面目に授業を受けろ。大体だな」
この調子で延々と説教が続く。
「ジバラ先生、そろそろ教員会議が始まりますよ」
「そうか、すぐ行く。良いか、分かったか?」
返事を待たずにジバラは会議に出るために席を立った。
残ったフィリアは時間を潰すために医務室に向かう。
「失礼します」
「どうしましたか?フィリア君」
白衣を着て事務作業をしていたのはルーモンドだった。
「ルゥ、なんで?」
「シェヴェキアの次男坊を探るために決まってるだろ。直接探るなら教員であるのが一番良いからな」
「でも資格なんて持ってるの?」
家で居るようにルーモンドの膝に乗ると体の力を抜いた。
「医療教員の資格なら持ってるからな。あとはアカデミーで働きたいと言えば、即雇用だ」
「なら此処で寝ても良い?」
「体調の悪い人だけな」
空いているベッドに寝かせると仕切りのカーテンを引く。
これで外からは見えなくなった。
「驚いたか?」
「驚いた、昨日なんで言ってくれなかった?」
「驚かせてみたかったからな。それでフィリア、俺はアカデミーではルゥ先生で通ってるからな。呼んでみろ」
「ルゥ先生」
「職員室に呼ばれたって聞いたが、何があったんだ?」
「テストで全部解答したことでカンニングだって言われた」
「・・・種族学のジバラ、か。気にするな。まぁちょっとおしおきが必要かな?」
ルーモンドが使役しているのはエヴィだけではない。
上級精霊や上位魔獣など多岐に渡る。
むしろ始祖であるルーモンドが中級を使役していることが珍しかった。
種族学を専門にしている者は研究のために召喚術を会得していることが多い。
そんな者が召喚できなくなれば、焦るだけではすまないことになる。
使役しているエヴィでも良いが、フィリアの味方をし過ぎることから違う使役精霊を使うことにした。
「・・・せいぜい嫌味を言うくらいが関の山だが、授業中に召喚できなくなれば、大変なことになると思わないか?」
「ルゥ」
「精霊が善意の塊だと思っているのなら間違いだからな。腹を立てることもあるさ」
《主》
「どうした?」
《厄介な精霊と契約をしているようだ》
「厄介?」
《・・・幻隷属と妖枝属》
精霊にも属というものが存在し、細かく分類すれば族になり、性質が異なってくる。
人に対して友好的な族もあれば、好戦的な族もある。
幻隷属と妖枝属は、個体数が圧倒的に少なく、ほとんどが上級精霊に位置づけられている。
「・・・面倒な属と契約を結んでくれたものだ」
人だけでなく、全ての種族に対して好戦的、敵対心を持っている種族も居る。
「・・・精霊の中でも最も戦いにくい種族の二大巨頭じゃねぇか」
純粋な力比べなら勝てるが、二属とも精神侵略を得意とする戦い方だ。
精神に直接攻撃を仕掛けられれば物理的距離など意味をなさない。
《召喚に応じないという報復には同意してくれた。普段から扱いに不満があったそうだ》
「には・・ってことは条件があるんだな」
《契約破棄と契約締結を条件にされた》
「破棄は分かるが、締結は誰とだ」
《フィリア殿だ》
「フィリアには召喚士の力は無いぞ」
《契約は主でも良いそうだ。だが、命令を聞くのはフィリア殿だけだと言っていた》
エヴィを始め、ルーモンドが契約をしている精霊の中にはフィリアを気に入っている者も多い。
フィリアが望めば大抵のこととは叶う。
「良いだろう。契約は三日後と伝えておけ」
「ルゥ?幻隷属と妖枝属ってどんな精霊?」
「そうだな。見た方が早いが、簡単に言えば、姿を隠すのが得意な精霊だな」
「見えない?」
「精霊自身が相手に見えることを意識すれば見えるが、そうでなければ俺でも見えない」
姿が見えないことから軍事利用されやすいが、姿が見えないため召喚士でも契約が難しく文献も少ない。
そんな状況で、教員が契約していることが不思議だった。
《三日後とは悠長な考えだな》
「こちらにも準備があるのだが?」
《なら、今すぐに契約を締結させたくなるようにするだけだ》
「チッ」
ルーモンドが動きたくなるようにフィリアを攻撃すると脅しをかけている。
フィリアとの契約を最初に望んでいることから攻撃することは考えにくいが危険を冒したくはない。
「契約解除したくても幻隷属と妖枝属の契約陣を知らねぇんだよ。だから三日後と言ったんだ」
《フム、それならば仕方ない。妖枝属にも伝えておこう》
「とにかく契約陣が分からなければ解除できないからな」
《あとで顔を出すように言っておこう》
姿は相変わらず見えなかったが、気配だけは感じた。
話をするために気配だけは伝わるようにしていたのだろう。
「精霊って自分勝手なの?」
「個体による。それより二柱の名前、考えてやれよ」
「僕が?」
「フィリアの従精霊になりたいと言っているからな。おそらくは名前一つで縛ることが出来る」
名前だけで縛るのは余程の使い手か、精霊側が受け入れる態勢か、それくらいしかない。
《主》
「どうした?ユグリフ」
《先の二柱から契約陣のイメージを送ってきた》
「顔出すんじゃねぇのかよ」
《精霊とは得てして、そんなものだ》
ユグリフは、ルーモンドに忠誠を誓い、付き従う精霊だ。
精霊らしくない考え方をするせいで、群れに馴染めず、放浪しているところに出会った。
何でも騎士に憧れを持ち、そんな主人を得たいと思っていたが蹄狼属という人嫌いで有名な属のため召喚もされず、ふてくされていた。
「これでアカデミーでの護衛は確保できたな」
《大人しく護衛をするとは思えんが》
「なら、ユグリフ、お前がするか?」
《ごめんだ、我が剣は主と定めた者のためにぞ存在する》
ユグリフはルーモンド至上主義だ。
フィリアも分かっているからユグリフに何か願ったことはない。
せいぜい、棚の上の本を取って貰ったくらいだ。
保健室を訪ねる学生もいないまま下校時刻を迎えようとしたときだ。
『旦那』
「ケルベロス、門はどうした?」
『旦那に客人っす』
後ろにはローブを目深に被った女性がいた。
「お呼びでしょうか?ルーモンド様」
「呼んでいないぞ、アイリーン」
「あら?亡儡属が伝えに来たのですけど、間違いでした?」
「あぁ、何も伝達していないぞ」
「それは失礼いたしました。御前をこれで」
「ついでだ、枢機卿を探って来い」
「かしこまりました」
アイリーン。
ルーモンドの配下だ。
つまりは始祖族だ。
アイリーンを間違いとは言え、呼びに行ったのは下級精霊で漂うくらいしか能がない精霊。
亡儡属。
丸い形で、知能も低い。
亡霊と間違われて、属名が付けられた。
「さて、帰るか」