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「時を戻すことは本来、他者のための願いであったが、いつやらか己が願いのために使われるようになった。そなたらは、努々忘れるでないぞ」
「黒の魔女よ」
「何ぞ?」
「時が戻ったが、何故、俺たちは死んでいない?」
本来の寿命を超えて生きてきた。
死の代償として作った吸血鬼だけの世界が消えたのなら、死も還ってくるはずだ。
「簡単なこと、死ぬことが出来なかっただけで、死そのものを奪われていたわけではないからの。云わば権利の剥奪というところ。時が戻り、そなたら吸血鬼の時間が一万年前に戻っただけのこと。吸血鬼だけの世界を作る前に」
「なら、一万年のあいだに生きた者が甦るということか?」
「甦りはせぬよ。一度、死したモノは理から外れ、戻ることはない。おそらくは別の生き物として何処かの世界に生まれ落ちておる。時を戻すことの影響を受けるのは、時を戻したいと願った者の中にいる生者のみ」
「人に影響がないのは?」
「彼の者が願ったのは吸血族の世界に対してのみ。人の世のことは何も思っておらぬ」
「俺たちは、どうなる?」
「最後の二体は、時が定めし日まで生きるだけのこと」
「一万年前に戻ったのなら何故、人の記憶から消えていない?」
「それは妾からの贈り物。一万年の間、王と王妃の責を負ったものに千年くらい自由に生きても文句は出まい」
「黒の魔女は慈悲を持たないと聞いていたがな」
「慈悲を持たぬわけではないぞ。理を歪めぬ程度の慈悲しか施せぬから理解されないだけのこと。魔女とて意思ある者。して、喋りすぎた。妾は去ることにしよう」
来たときと同じように突如消えた。
長いときを生きる者でしか出会うことができない存在だ。
「・・・これで終わりとはあっけないものだな」
「ルーモンド様」
「人に問う。我らは人に害なす存在を滅ぼした。それでも敵として見做すか?」
「我らはハンターだ。吸血鬼を狩る者だ」
「そうか」
「だが、協会に依頼がなければ動けないのもハンターだ」
ハンターの中の隊長の任を持つ男は巨大すぎる力を持つ吸血鬼と敵対するのを避けることを選んだ。
目の前で敵として戦ってきた吸血鬼が消え、人の敵と思っていた者が人を守るために同族に手をかけたのを知っているからだ。
「そうか、では次は戦場でないところで会おう」
ルーモンドは羽を広げると空に飛びあがった。
それを見送ってアイリーンは、倒れた。
「アイリーンっ」
「大丈夫よ、魔力を使いすぎただけ」
「魔力?」
「上級魔法を無詠唱で使うなんて普段はしないわ」
「どうすれば治る?」
「休めば治るわ。それよりも一つ良いかしら?ハンターさん」
「何だ」
「名前、聞かないままだったわ」
「今さらか?」
「えぇ、今さらよ」
「カイルだ」
「カイル、良い名前ね」
気丈に会話をしているが、アイリーンの顔色は悪い。
体温も下がっている。
「アイリーン、どうすれば治る?」
「・・・私は吸血鬼よ。そんなの一つしかないじゃない」
「なら、俺の血を飲め」
「何を血迷ったことを言っているの?」
「血迷ってなんかない」
躊躇うことなくナイフで掌を切り流れ出る血をアイリーンに見せつける。
アイリーンは溜め息を吐くと流れ出る血を舐め取った。
「本当にバカね。吸血鬼に血を与える行為がどんな意味を持つかも知らないでするなんて」
「どういうことだ」
「吸血鬼に血を与える行為は求婚よ。貴方、私と結婚するつもり?」
「なっ、そういうことは先に言え」
「今回は助かったわ。ルーモンド様は頼んでも血を分けてくれる方じゃないし、かと言って人を襲えば、後ろの隊長さんに殺されそうになるだろうし、困っていたのよ」
アイリーンの顔色に赤みが戻り、体温も戻りつつある。
効果覿面だ。
「あの男は王なのだろう?」
「それでもよ。ルーモンド様はかつて愛した方だけに捧げることを誓っている。分けるわけないわ」
「そういうものか」
「昔話なら時間のあるときにいくらでもしてあげるわ。それより仲間の愚行を止めなさい」
「愚行?」
「灰になった吸血鬼から結晶を回収するのを、よ。あれを協会に持って行ったら協会が潰れるわよ」
今回の灰になった吸血鬼は万の単位だ。
確実に協会が潰れるし、世界的な恐慌を引き起こしかねない。
アイリーンの忠告を聞いたハンターたちは結晶を回収することに専念した。